円卓の会議 ①
昼の陽光が、やや傾き始めたころだった。
フェレグリード政務庁舎の中央会議室――通称「円卓の間」には、すでに重々しい空気が漂っていた。長く磨かれた石造の円形広間に、十三の州名を記した議席札が円を描くように並ぶ。
椅子はすでに半分以上が埋まりつつあった。
色とりどりの紋章、刺繍の入った外套、軍服の意匠や学術的な法衣。それぞれの代表が、それぞれの背景を背負い、この場に臨んでいる。
アイリーンは、フェレグリード州代表として最奥の席に座りながら、静かにその様子を見渡していた。
資料によれば、これまでに到着が確認されたのは十州。遅れていたヴァルネス州も、先ほど控室入りが報告されていた。残るローエン州とサルベリア州も、間もなく姿を見せるはずだ。
円卓の中心には、まだ蓋の閉じられた記録台が据えられている。議事録係が着席し、議長が一言でも発せば、そこからこの日の記録が始まる。
やがて、会議室の扉が重く開かれた。
足音を響かせて現れたのは、黒と深緑の外套を羽織った男だった。肩口には小ぶりな鹿の刺繍がある。――ローエン州だ。
「遅れて申し訳ありません。道路事情が少々」
その直後、もう一つの扉がわずかに開き、サルベリア州で、重厚な衣をまとった人物が現れた。二人の老従者に支えられながら、ゆっくりと入室してくる。
全十三州、ついに揃った。
空気が静かに揺れる。背筋を正す音、咳払い、椅子が軋む微細な音さえ、いまは開始の合図に聞こえるほどだった。
そして、アイリーンは立ち上がる。
「定刻となりました。フェレグリード州代表、アイリーン・アスナルクです。これより、本大陸会議を開会いたします」
その声は、堂内の石壁に反響し、各代表のもとへと届いていく。
時刻が定刻を迎えると、円卓の奥――フェレグリード州の席に座るアイリーンが、静かに立ち上がった。
「本日の議題は一つ。本国より提示された『印紙税の導入』について、各州としての対応を協議することです」
広間を満たしていた小声や衣擦れの音が止み、空気が一気に緊張を帯びる。各代表の顔が上がり、視線が交錯した。
資料に目を落とす者、無言で隣の州代表に目配せをする者、わざと気のない素振りで椅子に身を預ける者――全員に共通していたのは、様子を伺うという態度だった。
最初に動いたのは、予想通りアシュレイン州だった。
「……既に我が州議会では、当該案に対し反対決議を可決済みです。よって『印紙税の導入』我が州として正式に受け入れがたいものであると判断しました」
アシュレイン州代表――茶色の外套に鉱山印のバッジをつけた中年の男が、あくまで冷静に、それでいて揺るぎない口調で言い切った。
その発言を皮切りに、円卓の空気が微かに変わる。誰かが書類をめくる音が、緊張の中でひどく響いていた。
「ミルヴァン州も、それに準ずる立場を表明します」
続いて立ち上がったのは、明るい色の外套に貴金属の刺繍が光る女性代表だった。都市商人連合出身のその口調は、淡々としていたが、明確な拒絶の意志があった。
「貿易業者は既に悲鳴を上げています。流通に新たな税を課すならば、それに見合う行政的補償か、少なくとも協議の場を先に設けるべきです」
すると、荘厳な銀糸の刺繍が施された法衣をまとった人物が、静かに立ち上がった。
「ソルディアナ州より、ひとつ申し上げます」
教会の高位聖職者を兼ねるその代表は、凛とした声で場を制し、ゆったりと両手を掲げるようにして続けた。
「秩序の維持と、公正な行政運営のためには、一定の財政的基盤が必要です。印紙税の導入は、不要不急の負担ではなく、我らが共同体に平和をもたらすものと理解しております」
円卓の一角に沈黙が戻った。
「もちろん、すべての州に一様な形で適用されるべきとは申しません。ですが、公共に関わる文書類の管理と整備は、むしろ税の導入によってこそ整うものではありませんか?」
説教めいた口調に、数名の代表が眉をひそめた。だが言っている内容そのものは、決して否定しがたい側面もある。ソルディアナ州が“秩序”の名のもとに本国寄りの立場を取るのは、以前からの傾向だった。
「我らは信仰と法を尊びます。だからこそ、法が定める新たな枠組みに、正面から向き合うべきと考えております」
「……この案に異議なし」
ハーヴェル州代表の低い一言が静まり返った円卓に響いた。軍靴のような重みのある発言に、場の空気がわずかに傾く。
そのときだった。
「――異議なら、こちらにございます」
鋭く切り込むような声が響く。立ち上がったのは、浅黒い肌に飾り気のない上衣を纏ったカーベン州代表だった。