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会議を迎える朝

 フェレグリード政務庁舎――中央棟の会議室には、朝からひそやかな緊張が満ちていた。


 上階の窓から差し込む光はまだ弱く、磨かれた石床にうっすらと影を落とす。議場の椅子は既に整えられ、各州からの議席札も並べられていたが、まだそこに人影はない。音もなく書類を並べる職員たちの動きだけが、時を刻んでいた。


 アイリーンは、手にした資料を一つずつ確認しながら、壁際の執務机へと歩を進めた。机には、今回の会議に向けた提案文案、各州の発言予定者リスト、さらに前回会議の議事録が整然と並んでいる。


 国の名を冠するフェレグリード州は、形式上こそ十三州の一つにすぎないが、実質的にはこの大陸会議の議事進行を取り仕切る中心的な存在である。


 とりわけ今回の議題――本国による印紙税強化案への共同対応をめぐっては、他の十二州との緊密な連携と、周到な説得が不可欠だった。


「アイリーン様。失礼します!」


 アイリーンが振り向くと、扉のそばに立っていたのはロウだった。


「各州代表団の到着状況を、現時点まででまとめました。机上に置いて構いませんか?」


「ええ、ありがとう。どうぞ」


 ロウは机に資料を置いた後、口頭報告をする。


「ガラン州、エルトワーズ州、ノルヴァ州の代表団は、昨夜のうちに市内入りしております。ヴァルネス州は未明に港を出発し、本日午前中の到着が見込まれています。その他、ローエン、ソルディアナ、ミルヴァン、カーベン各州は、現在移動中。合流時刻は、おおむね正午前後となる見通しです」


 アイリーンは頷き、彼の手から報告書を受け取った。


「遅延の報は?」


「今のところ、ございません。ただ、アシュレイン州の代表は、議題次第で発言の可否を検討する構えとのことです」


 アシュレイン州――森林資源と鉱山を抱える産業州であり、フェレグリードとは経済上の利害を多く共有している。印紙税強化案に対しても、早い段階から公式に反対を表明していた数少ない州のひとつだった。


 積極的に発言を好む訳ではないが、今回に限っては強気に出ている。何しろ、印紙税で一番被害を被るのは、アシュレイン州なのだから


 紙と鉱石、それに付随する契約文書や流通証明。どれもが日常的に印紙を必要とする品目だ。課税が強化されれば、それだけで州の経済活動は大きく圧迫される。既に州内の商工組合からは、強硬な抗議声明も上がっていると聞く。


「それなら、なおさら力を貸してもらえるでしょう。今回は、表に出る価値のある場です」


 アイリーンが言うと、ロウは軽く頷いた。


「同感です。今回、アシュレイン州は最初の支持州として名を連ねる可能性が高いと見ています」


 アイリーンは資料をめくり、他の支持見込み州の名前に目を通した。


 ――ミルヴァン州、カーベン州、ノルヴァ州。どこも、印紙税による負担が看過できない州ばかりだ。


 それとは対照的に、既に本国寄りの賛成姿勢を明確にしているのが、ソルディアナ州とハーヴェル州だった。


 ソルディアナ州は、教会とその周辺団体が本国とのつながりを重視しており、「税は秩序のために必要」との論調を州議会内で強めている。信仰と規律を重んじる文化が、中央権威への従属と親和的に働いていた。


 一方のハーヴェル州は、元王国軍の拠点を背景に、現在でも本国との軍事的な連携を保っており、事実上の従属関係が続いている。表立った発言は避けているが、実質的に反対には回らないと見てよい。


 そして問題は、残る日和見的な五州だった。


 ローエン州は、独立志向の強さゆえに表では慎重な姿勢を崩さないが、反対にも賛成にも明確な態度を取らない。

 エルトワーズ州は、海洋交易の自由を守ることが最優先であり、印紙税がその妨げにならない限り、中立を保つ可能性が高い。

 イストリア州は、学術都市としての独立性を重視する反面、議論の場に現れる代表者次第で態度が変わりやすい。

 サルベリア州とヴァルネス州もまた、経済的には反対に傾く余地があるが、地方の動きに引きずられやすく、予断は許さない。


「……多数派を形成するには、あと二州は確保したいところですね」


 アイリーンは静かに呟いた。


「必要であれば、個別に交渉の場を設けます。会議初日の序盤で全体の空気を掴めれば、手を打つタイミングも見えるはずです」


 ロウの言葉に、アイリーンは無言で頷いた。


 重ねられた書類の端を指でそっと揃えながら、アイリーンは机の上に視線を落とした。会議の開始まで、あと数時間――だがこの数時間こそが、すべてを決する準備時間だった。


「代表団の控室には、すでに茶と軽食が届けられています。エルトワーズ州には例の“舶来果実”も添えてあります。……わかりやすい好物でしたので」


「ありがとう、ロウ。細やかすぎて、逆に警戒されそうだけれど」


 わずかに笑ったアイリーンに、ロウは表情を崩さず一礼した。


「順調ね。……何か起きるとしたら、むしろ揃ってからか」


 アイリーンは視線を上げ、広間の中央に置かれた円卓を見つめた。


 それは十三州すべての席が均等に並ぶ。この場所は“対等”を象徴する会議の場だった。だが現実は、対等とはほど遠い。政治的な駆け引き、信条の衝突、経済と軍事の利害。州ごとに異なる思惑が、この部屋で交差しようとしている。


 アイリーンは最後の一枚の資料に目を通し、椅子の背に軽く身を預ける。


 会議はもうすぐ始まろうとしていた。

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