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08 カレーライス

「殴ったのはやり過ぎだと言われた」

『奏子を侮辱した。許す訳にいかないじゃないか。それに、ちゃんと向こうが手を出して来るまで我慢した。どこからどうみても正当防衛だ』

「……いつの間にそんなに強くなったんだって言われた。無我夢中だったって誤魔化したけど」

『たぶん筋はいいと思うよ。そのうち鍛えようか。――それよりだ。家の方は?』

「少し……空気が変わった」

『いい傾向だ。君は実は随分と優秀なようだし、俯いていてはもったいない。おいおい相談するとして、それより、ちゃんと腹を空かせて来た? 奏子が君にお礼をしたいと言って、腕によりを掛けてくれたよ』

 匂いで既にネタバレしているが、カレーだ。馨くんの好物がわからないままだったが、佑が迷った時は王道だと言うので、カレーライス唐揚つきだ。

 馨くんの食べっ振りは物凄かった。男子高校生って、こんなに食べるんだ。多めに作ったはずが、あっという間になくなってしまった。作った側としては何よりの賛辞だ。満足してくれたらしい馨くんはベッドに寝転んでいる。場所が無いのでベッドの上に退避していた佑が入れ替わりでわたしの前に腰を下ろしてくれたので、佑の分の皿を差し出す。

「やっぱりダイニングテーブルが置ける部屋がいいわ。椅子も三脚、必要よね」

『……それは確かに、奏子のベッドに馨を寝かせる件については忸怩たるものがあるが』

 引っ越すのか、と、声が聞こえた。わたしは馨くんの皿を片づけながら肯定の返事をする。「馨くんの家に、もう少し近い場所がいいわよね。ここ、来難いでしょう?」

「いや……バスがあったから。てか、何?」

「馨くん、今日はシーフードカレーにしてみたんだけど、どうだった? わたし挽肉でキーマカレー風にするのも好きなのよね。ああ、もっと辛い方が好みかしら? 佑は割と辛いもの好きよね、あまり作らせてくれないけど」

『奏子は苦手じゃないか。でも馨が食べてくれるなら、今度、作って欲しいな』

「タイスキとかどう? 皆で鍋って憧れの一つだわ、馨くんも付き合ってくれたら嬉しいわ」

 馨くんは身を起こした。おかしな顔をしている。気を悪くさせてしまっただろうか。

「勝手に喋ってしまってごめんなさい。無理にとは言わないわ、嫌なら嫌って言って」

「……じゃなくて……そうだよ俺、また食わせてもらって」

「デザートにプリンを作ってあるんだけど、食べる?」

 佑が、御馳走様、と言って皿を示す。「ちゃんと食べた?」『食べたよ。美味しかった。いつもよりスパイス強めだね。馨に気を遣った?』「というか、自分のためだけに作ってると、どうしても味が固定されちゃう。馨くんに食べてもらうの、いい刺戟になるわ」『さすがは奏子だ。――馨、場所交替だ。デザートをいただくといいよ』わたしは佑の皿を引き寄せてから、デザートを用意すべく立ち上がった。


 食器類を洗って戻ると、馨くんが一人だった。

『佑はどうしたの?』

 自分を指し示す。わたしは首を傾げる。

「何のポーズ?」

「……佑は俺に乗り移ってるところだって、思わなかったか?」

「え? そんなの見ればわかるし」

『さすがは奏子だ』

 佑がベランダから戻って来た。「やだ。馨くん、開けてあげて。佑あんまり壁抜けが得意じゃないんだから」

「……得意とか不得意とか、そういう問題か?」

『ごめん奏子。君を試すような真似をして悪かった。謝るよ』

 何の事だろう。

 佑がわたしの定位置に腰を下ろしたので、わたしはベッドに腰掛けた。

「馨くん。改めて、お礼を言わせてください。わたし佑と二人で、あんな風に過ごす事が出来るなんて、思ってもみなかった。馨くんの御陰。本当に、ありがとう」

 位置関係上、見下ろす形になってしまうのが申し訳ない。すべてはこの狭い部屋が悪い。精々、頭を下げた。

「いや……俺、別に何も。むしろ俺、今日また御馳走になっちまったし、ていうか、その……あいつらのしてくれて助かったっていうか」

 馨くんが小さくなってしまった。

『向こうから現れてくれたから、予定外ではあったが結果オーライだ。――それにさっきも言った通り、こんなに可愛い奏子を貶めるなど許し難い所業だからね。殴らせてくれてありがとうと言うべきかな、僕も』

「……そうなのか?」

『最初に言っただろう。君に対して要求したい事があると。ギブアンドテイクだ。……君にはもう、わかっているだろう?』

 佑のもの言いは、どこまでも柔らかだ。けれども相手を逃さない強さがある。

「わかってる……つもりだ。あんたは俺のこの体を利用したい。俺に乗り移って動きたい」

『そう。そのためにも、あんな胡乱な連中に付き纏われている訳にはいかない、僕らのためでもあるのだから君が恩義に感じる必要はあまり無いよ』

「んな訳にいくかよ。俺は……本当に、海に入るしか無いって思ってたんだ。だからあんたたちは俺を、好きに利用していい」

 好きに。とは。わたしは佑を見た。佑は微笑んでくれる。

『奏子は、どうしたい?』

「……わたし……わたし。でも。馨くんが不本意な思いをするのは嫌だわ。ねえ本当に、つらくないの? 最初あんなに苦しそうだったのに。先週、佑と離れた後、本当に大丈夫だったの?」

 目を、逸らされた。

「……具合が悪いっつって追及逃れ出来たから良かったよ」

「それ大丈夫って言わないし!」

「急に長時間だったから疲れが出ただけだ。っつか次の日、筋肉痛だった。そっちの方がきつかった」

 佑が吹き出した。『早急に鍛えた方が良さそうだ。――僕なら君に効率良く体の動かし方を教えられるとは思わないかい? それも君へのお礼、込みにしよう。馨。僕たちはきっと、うまくやれる。でもそのためには忌憚の無い意見を聞かせてくれなければならないよ』

「俺は……。っていうか、あんた。奏子?」呼び捨てか。いいけど。佑もちょっと眉を上げた。「あんたはどうしたいんだ? 佑の要求はわかってる、あんたが望むようにしたいんだ。でもそれって、何だ?」

「わたし」わたしの望み。「……いいの? 言っても」「佑は俺に忌憚無く言えっつった。だったら奏子も言え」偉そうだ。それで却って、言う決心がついた。

「子供っぽい望みだって、笑わないで。……わたし、遊園地に行きたい」

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