06 取引
「あんたは俺に憑依すればいい。そしたら余分な座席は要らない」
『……いいのかい?』
「こんな立派な宿に泊まらせてくれて、美味い飯を食わせてくれた。俺に出来る礼なんて、身体を貸す事くらいだ。ついでに連れ帰ってもらえるなら……いや、帰る必要あるのかどうかわからねえけど、どこ行く当ても無いし」
馨くんが殊勝だ。でも。
「……負担、なんでしょ? 列車の中では座ってるだけとはいえ、それなり長時間よ? チケット代金の事なんか気にしなくていいのよ、お局扱いされる程度には長く働いてる、そのくらいの余裕はある」
佑が嫌な顔をした。何故か、馨くんも。
「大丈夫だ。たぶん抵抗しなければ負担にもならないんだと思う。……ちょっと、やってみてくれよ」
馨くんは目を瞑り……ついでに息を止めている。『いや、それじゃ無理かな。馨くん。もっと力を抜いて、リラックスしてくれないか?』「……ど、どう、やって」わたしは彼の手を取ってみた。「とりあえず、ちゃんと息して。ゆっくりよ。目は閉じたままでいいから」何故か余計に固くなってしまった。
「馨くん。一緒に、列車に乗ろう?」
「……ん」
「お願いがあるの。荷物、持ってくれないかな。足の傷、大した事は無いんだけど、包帯のせいで歩き難くて」
「……ん」
「お昼は列車の中で食べようと思ってた。駅弁って、ちょっと憧れだったの。馨くんは何が好き?」
「何でも……いい。あんたの好きなの選べばいい……きっと、何だって美味い」
『アレルギーとか、無いね? 大丈夫だね?』
そう言った佑が、後ろから覆い被さるようにする。佑の姿が、溶け込むように見えた。ゆっくりと目を開き、わたしを見る。
「奏子」
佑だ。
佑はしばらくの間、体を動かしてみたり、室内を歩き回ってみたりした。「良好だ。こんなにスムーズに動かせるなんて。そして……、馨くんの存在も感じる。昨日は何だか僕と彼が入り交じった感覚だったけど、今日はちゃんと別個に感じられる。意思疎通は……難しいかな。彼は何だか座って目を閉じているみたいだ」
想像してみる。何故か陰陽マークが思い浮かんだ。
「馨くんの感想も聞いてみよう。一旦、離れるよ」
佑は座り直す。それから、ゆらりと離れた。一人が二人になるのは、本当に不思議。でも、凄く自然。
「馨くん? 気分は、どう?」
「……大丈夫だ。最初ちょっと船酔いみたいな感覚があった。でも変に逆らわないで任せてたら気にならなくなった」
『僕が動かしているの、どのくらい伝わる? 触覚や聴覚は?』
「わかるんだけど現実味が無い感じかな。自分の意識じゃ無いからだと思う」
「……道中、耐えられそう?」
「俺はお任せしてりゃいいみたいだ。勝手に動いてくれるんなら、こんな楽な事は無いな」
それは気遣いかも知れない。
『つらいとか無理だとか思ったら、僕に働きかけてみてくれ。馨くん一人に無理をさせるつもりは無いからね』
馨くんは笑い、両手を広げてみせた。
◆ ◆ ◆
「奏子。足は大丈夫?」
「傷の部分が付かないようにすれば問題無いわ。ごめんね、荷物、持ってもらっちゃって」
「それは馨くんに言うべきだね」
わたしたちは並んで歩いている。見た目は馨くんだ、でも中身は佑だ。佑とこんな風にお喋りしながら歩けるなんて。
「佑、佑。お弁当、どれがいい?」
「馨くんは結局、何が好きなのかな。無難に幕の内にしようか。迷った時は王道だ」
「お茶は車内販売で買えばいいかしら」
「デザートもね。アイスを食べよう。奏子、好きだろう?」
楽しい。嬉しい。行きの列車だって佑と並んで乗ってわくわくしたけれども、周囲に気兼ねするのは変わらなかった。それが、こんなに堂々と振舞える。わたしと佑が会話していても、誰も気に留めない。一人で喋る頭のおかしい女だと思われたりしない。
「……奏子が楽しそうで、僕も嬉しいよ」
「……馨くんは、どう?」
「わからない。静かだ。眠っているのかも知れない。もしそうなら、こちらとしても少しは気が楽だが」
見た目は馨くんだ。それで時々、ちょっと我に返る。特に、トンネルに入った列車の窓ガラスに映る姿を見たりすると。
「ねえ佑。帰ったら、馨くんを労ってあげたい。お礼、しなきゃだわ。わたし……わたし、こんな、佑と、まるで普通の恋人同士みたいに」
「奏子」
「嬉しい……、嬉しいの、佑……」
転寝していたらしかった。「やだ。起こしてくれたら良かったのに」ごはんを食べてお腹いっぱいになって寝てしまうなんて、子供か。
「トンネルが続く間は、いいかなと思って。ちょっと馨と意思疎通が図れないか試してたんだ」くん、が取れている。そんなに馴染む程、話し込んだのだろうか?「彼の言いたい事は、なんとなく伝わる。でもそれは奏子の言いたい事が聞かずとも伝わるのと同じ程度だ」それはやっぱり、念じた事がそのまま伝わってた訳じゃないって事か。それにしてもわたしはそんなにわかりやすいのか?「彼が自己を主張すると僕が弾き出されそうになるから加減が難しいんだ。やっぱり身体を貸してもらっている間は任せてもらうのが無難かな……途中で止められても面倒だし」何?
佑は何だか楽しそうだ。幽霊になってしまって、何にも触れないし物も動かせない、わたし以外には意思疎通も出来ない。きっと、もどかしい思いをたくさんしていただろう。佑はわたしに色々なアドバイスをくれるけど、わたしは元々があまり積極的な人間ではないので、上手く活かせない事も多い。
馨くんに協力して欲しいと考えるのは、わたしの我儘だろうか。
おかあさまは何と仰っていたっけ。佑は優秀。何を考えているのか、よくわからない。いかにもだ。




