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幽明境異恋愛譚  作者: 校書掃塵
補遺
21/21

御伽噺の、その先

ブックマーク評価いただいてしまい舞い上がった勢いで書きました

「おはよう奏子。愛してるよ」

「……本当それ止めて」

 おかあさまもおとうさまも聞こえなかった振りをしてくださるが、居た堪れない。


     ◆     ◆     ◆


「佑。一体わたし、どうしたらいいの」

 仏間に籠り、遺影に向かって愚痴る。

「あれは馨くんよ。佑じゃないわよ。なのにそんな……」

 奏子。わたしを呼ぶ、優しい声。佑の声。

 ……馨くんになって、わたしを呼ぶ、佑の声。

 ――佑は俺に乗り移ってるところだって、思わなかったか?

 ――え? そんなの見ればわかるし。

 馨くんと佑。二人になったり一人になったりするのを、当然のように思っていた。馨くんは馨くんで、佑は佑だった。だって全然違う、馨くんと佑は。

 ……今の、馨くんは。

「佑。わたし、佑のお嫁さんよ。そうでしょう?」

 遺影の佑は、ただ微笑んでいる。

 ここに写っている佑は、わたしを知らないのだ。わたしと出会う前の佑。いつも少しだけ寂しい、取り残されたような気持ちになる。

「佑。会いたいよ、佑」


 わたしは佑の夢を見た事が無い。――一緒に居た頃は必要無かった、目覚めればいつも佑が居てくれたから。恥ずかしいから寝顔は見ないで。そう言う癖に、目覚めた時に佑が居ないと飛び起きて探し回った。そんな身勝手なわたしを、佑はいつも笑って許してくれていた。

「たすく」

 今なら、夢で会えるのかな。あの頃みたいに、目覚めたわたしを覗き込んでくれる。優しい眼差しで。


「かなこ」

「たすく……?」

「馨だよ。奏子、どうしたんだ、こんなところで転寝なんかして。風邪引くぞ」

 わたしは身を起こした。卓に突っ伏して居たらしい。やだ、跡とか付いてないでしょうね。ごしごしと顔を擦る。

「佑ならお義父さんとお義母さんが見てくれてるぞ」

 先回りして教えてくれる。……いやちょっと待って。今、なんて?

「役所に行って養子縁組の手続して来たから。正式に戸籍に記載されるのは来週以降と言われたが、そんなのは誤差だろ」

 行動が早過ぎる!

「わたし……わたしは、まだ、」

「だから奏子はゆっくり考えればいいって。昨日の今日だ、整理がつかないのももっともだ」

 そう思うなら、そんな外堀を埋めるような真似、しないで欲しい。

「相変わらず、奏子は生真面目過ぎる。そんなだから同僚にいいように仕事を押し付けられたりするんだ」

 今はそんなことない。いつまでも成長しないみたいな言い方は止めて欲しい。

「ちゃんと断れてるんだな? それならいい」

 頭を撫でられた。九つも歳下の男の子に。

「ずっと傍で助言したり代わりに情報収集したりっていうのは、出来ないからな、こうなっては」

「たすく」

「馨だよ」

 わからない。わからないよ。

「奏子……泣くなよ」

「だって」

 抱き寄せられる。優しい腕。

「奏子。頼むからそんなに思いつめないで。俺は俺だ。今の俺を奏子が受け入れてくれる気になるまで、いくらだって待つから」

 涙を吸い取ってくれる、優しい唇。

「これからは、こうやって触れられる……俺はそれだけで充分なんだ、奏子」

 わたしを呼ぶ、優しい声。

「――ずっと……、傍に居てくれる、約束」

「ああ、そうだ」

 佑がくれたもの。息子の佑。わたしの味方になってくださる、おかあさまとおとうさま。佑のためにと頑張ったから、料理の腕も上がった。佑がアドバイスしてくれたから、理不尽にはきちんと言い返せる強さも持てた。

「誰かに、何かを、言われても?」

 不釣り合いな組み合わせと。不自然な年齢差と。資産家の邸宅に入り込んだ身許不確かな人間と。

「言わせないし、言う奴は俺が殴る」

 わたしは少しだけ身を離した。

「そういう事は、しなくていい。ちゃんとわたし、自分で言い返すの。胸を張って、前を向くの」

 この人が、居てくれるなら。

 まっすぐに見つめ、名を呼ぶ。

「馨」

 彼はゆっくりと目を瞬き、それからそっと、口づけてくれた。

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