御伽噺の、その先
ブックマーク評価いただいてしまい舞い上がった勢いで書きました
「おはよう奏子。愛してるよ」
「……本当それ止めて」
おかあさまもおとうさまも聞こえなかった振りをしてくださるが、居た堪れない。
◆ ◆ ◆
「佑。一体わたし、どうしたらいいの」
仏間に籠り、遺影に向かって愚痴る。
「あれは馨くんよ。佑じゃないわよ。なのにそんな……」
奏子。わたしを呼ぶ、優しい声。佑の声。
……馨くんになって、わたしを呼ぶ、佑の声。
――佑は俺に乗り移ってるところだって、思わなかったか?
――え? そんなの見ればわかるし。
馨くんと佑。二人になったり一人になったりするのを、当然のように思っていた。馨くんは馨くんで、佑は佑だった。だって全然違う、馨くんと佑は。
……今の、馨くんは。
「佑。わたし、佑のお嫁さんよ。そうでしょう?」
遺影の佑は、ただ微笑んでいる。
ここに写っている佑は、わたしを知らないのだ。わたしと出会う前の佑。いつも少しだけ寂しい、取り残されたような気持ちになる。
「佑。会いたいよ、佑」
わたしは佑の夢を見た事が無い。――一緒に居た頃は必要無かった、目覚めればいつも佑が居てくれたから。恥ずかしいから寝顔は見ないで。そう言う癖に、目覚めた時に佑が居ないと飛び起きて探し回った。そんな身勝手なわたしを、佑はいつも笑って許してくれていた。
「たすく」
今なら、夢で会えるのかな。あの頃みたいに、目覚めたわたしを覗き込んでくれる。優しい眼差しで。
「かなこ」
「たすく……?」
「馨だよ。奏子、どうしたんだ、こんなところで転寝なんかして。風邪引くぞ」
わたしは身を起こした。卓に突っ伏して居たらしい。やだ、跡とか付いてないでしょうね。ごしごしと顔を擦る。
「佑ならお義父さんとお義母さんが見てくれてるぞ」
先回りして教えてくれる。……いやちょっと待って。今、なんて?
「役所に行って養子縁組の手続して来たから。正式に戸籍に記載されるのは来週以降と言われたが、そんなのは誤差だろ」
行動が早過ぎる!
「わたし……わたしは、まだ、」
「だから奏子はゆっくり考えればいいって。昨日の今日だ、整理がつかないのももっともだ」
そう思うなら、そんな外堀を埋めるような真似、しないで欲しい。
「相変わらず、奏子は生真面目過ぎる。そんなだから同僚にいいように仕事を押し付けられたりするんだ」
今はそんなことない。いつまでも成長しないみたいな言い方は止めて欲しい。
「ちゃんと断れてるんだな? それならいい」
頭を撫でられた。九つも歳下の男の子に。
「ずっと傍で助言したり代わりに情報収集したりっていうのは、出来ないからな、こうなっては」
「たすく」
「馨だよ」
わからない。わからないよ。
「奏子……泣くなよ」
「だって」
抱き寄せられる。優しい腕。
「奏子。頼むからそんなに思いつめないで。俺は俺だ。今の俺を奏子が受け入れてくれる気になるまで、いくらだって待つから」
涙を吸い取ってくれる、優しい唇。
「これからは、こうやって触れられる……俺はそれだけで充分なんだ、奏子」
わたしを呼ぶ、優しい声。
「――ずっと……、傍に居てくれる、約束」
「ああ、そうだ」
佑がくれたもの。息子の佑。わたしの味方になってくださる、おかあさまとおとうさま。佑のためにと頑張ったから、料理の腕も上がった。佑がアドバイスしてくれたから、理不尽にはきちんと言い返せる強さも持てた。
「誰かに、何かを、言われても?」
不釣り合いな組み合わせと。不自然な年齢差と。資産家の邸宅に入り込んだ身許不確かな人間と。
「言わせないし、言う奴は俺が殴る」
わたしは少しだけ身を離した。
「そういう事は、しなくていい。ちゃんとわたし、自分で言い返すの。胸を張って、前を向くの」
この人が、居てくれるなら。
まっすぐに見つめ、名を呼ぶ。
「馨」
彼はゆっくりと目を瞬き、それからそっと、口づけてくれた。




