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16 プロポーズ

 馨くんはベンチに座って、頭を抱えている。そして佑は、きょとんとしている。

「おじさん、だれ?」

「佑。お兄さんと仰い」

 当時十七歳だった。今は二十一歳か。

「……たすく?」

 馨くんが顔を上げた。

「おまえ、さっき――いや、それよりも奏子」

「馨くん……。わたし、おかえりなさいって言うべきところなのかしら?」

 それだ、と馨くんは声を上げた。

「帰国して真っ先に訪ねたんだ。なのに居なかった、というかアパート自体もう無かった」そうなのか。知らなかった。……帰国?「留学してたんだ。言えなかった、(タスク)が言うなと言った」(タスク)が?「奏子の事が好きなら、守りたいと思うなら、早く一人前の大人になれと。そのための手立ては教えると。ただし、奏子には言うなと、それこそ一人前の大人になるまでは」

「……どういう」

「それよりもだ。その子は……佑?」

 佑はわたしの横で、不思議そうな顔をしている。

「三歳くらいに見える……。奏子、まさか」

 違うわ、と、どうにか声を絞り出した。この子は(タスク)の子よ。わたしが産んだの。

「だって! だっておまえ、あの時、血が……!」

 自分の声が響いたとでもいうように、馨くんは再度、頭を抱えた。


 佑は走り回って遊んでいる。今日公園に来ている子たちの中に知り合いは居ないが、仲良くなったらしい。物怖じしない、いい子だ。

「……あの子、さっき」

 あの瞬間。本当に、(タスク)がそこに居るのかと思った。

「あれは(タスク)だった。そしてもう(タスク)じゃない」

「……どういう?」

奏子(カナコ)

 わたしを呼ぶ声。その声音は、まるで。

「信じてくれるか。俺は(カヲル)だ、見ての通りだ、それは間違い無い。だけど同時に――(タスク)だ。今それがわかった。だからこれで、やっと言える。奏子。愛してる。結婚して欲しい」

 全然ロマンチックなシチュエーションじゃないな。ごめん。でも奏子、そういうのあんまりこだわらないよな。そう言って笑う、その笑顔は、まるで。

「……どうして」

「奏子、(タスク)はどこに行ったのかって、俺に訊いたな。あの時はわからなかった。でも今はわかる。俺の中、奥深くに居た。でも全部じゃ無い。俺は経験を積んで、成長して、まあまあ(タスク)が認めてやってもいいかと思える程度にはなって――最後の欠片が嵌った」

「……かをる、くん、じゃ、なくなった、って、事?」

「馨だよ、間違い無く。思えば最初から、俺と(タスク)は同じ存在だったんだ。奏子を愛する存在。だから同調出来た」

「……さいしょ……」

 わたしは、やっと二十歳を超えたばかりの青年を眺めた。一方わたしはもう三十路だ、子供だって居る。

「初めて会った時を憶えてる? 俺はあの時、何もかも嫌になってた。それで海へ行った。そうしたら奏子が居た。嬉しそうに、楽しそうに、走り回ってた。夕陽が眩しくて、綺麗だった。俺は見惚れてたんだ、奏子に」

 当時十七歳の少年が、二十六歳の女に?

「隣に立つ男が羨ましかった。そう思いながら眺めてた。奏子が急に転んで、びっくりして、心配したのに、隣の男は狼狽えるばかりで何もしない。それで思わず――手を出した。自分でも信じられない事に。今にも死のうとしてた人間の取る行動じゃない」

 馨くんはあの時、まっすぐわたしに向かって来てくれた。

「俺は今は(タスク)でもあるから、わかる。(タスク)は驚いた。そして奏子に手を貸せる俺を羨ましく思った。だから当時の俺がびっくりして奏子の手を離しかけた時、(タスク)は手を伸ばしたんだ――俺を突き飛ばすようにしてね」

 押し退けられた、と、あの時の馨くんは言っていたか。

「奏子。これを言ってしまうと(タスク)は怒るかも知れないが、今の俺は(タスク)であって(タスク)で無いから頓着しない」言葉遊びみたいだ。「(タスク)は執着心を失っていた。精々が後に残された両親の心配くらいだった。唯一の例外が、奏子だった」わたし?「有体に言えば、(タスク)は奏子に触れたかったんだ。三大欲があるのが人間だ、佑はそのどれも失っていた――はずだった。眠らないし食事もしない。だけど奏子に対してだけは」彼はそこでちょっと、言葉を濁した。「……どうして奏子と一定以上離れられなかったかって、理由は明白だ。(タスク)は奏子に執着していたから、それだけだ」

 (タスク)の、ちょっと困ったような表情。今でもありありと思い出せる。

「……どう、して」

「いよいよ(タスク)に怒られるかな。でも奏子、言っただろう、一目惚れだったって」

 それは、馨くんが知っているはずの無い……いや、同調して、伝わった?

「まあ、そうだな。でも今はもっとはっきりわかる。事故に遭って、薄れゆく意識の中、泣き顔が見えた。自分だって怪我してるのに、額から血を流しているのに、他人の心配してる場合じゃないのに。そんな事で大丈夫なのかって、心配になって、泣くよりも笑って欲しいって思って、なのに気を失って、病院でもなかなか目を覚まさない。離れ難くて付き添っているうちに自分の葬式が終わってた」

 ……簡単に言う。おとうさまとおかあさまは嘆き悲しんで居ただろうに?

「逆縁は申し訳ないと思ったよ。だから奏子に頼んで様子見に行ってもらった。奏子と話す母さんは元気に見えた。母さんが元気なら父さんも元気だ。そして母さんは奏子を気に入っている様子だった――だから、欲が出た。このまま奏子を取り込みたいと。奏子は身寄りが無いと言っていた。うちに嫁に来てもらえばいい。奏子は狭いアパートから引越したがっていたけれども、中途半端に良い物件に移ってしまわれると口実がなくなってしまう」

 口実。

「適当に跳梁跋扈して幽霊アパートの噂を立てて取り壊しさせようかとも考えたんだけど」

「はぁ!?」

 思わず声が出てしまった。彼は笑う。その笑い方を、わたしはよく知っていた。

「……(タスク)……本当に、(タスク)なのね?」

(カヲル)だよ」彼は笑いを収めた。「何と言うのかな。俺は(タスク)の想いを受け継いだ。よくわからないが人に魂というものがあるとして、それは佑に受け継がれたのだと思う」元気に遊び回る、わたしの息子。「ずっと傍に居ると約束した。だから生まれ変わった。だけど息子じゃ一緒にはなれない。そんな形でずっと傍に居たって、奏子も喜ばない。あの佑は、柵の無いまっさらな一個人として、新しい人生を生きて行かなければならない。だからさっき、最後の欠片が剥がれた。それは俺に同調した。(タスク)はずっと待っていたんだよ、俺が一人前になって奏子の許へ戻って来るのをね」

「佑は」

「別に何も変わらないよ。あの子は今まで通り、母親が大好きだ」

 佑がお友達に手を振り、こちらへ駆けて来る。「おかあさん!」満面の笑顔。わたしは、わたしの息子を抱き止める。

「それで」

 馨くんが、改めてわたしたち母子を見る。九つも歳下の青年が。

 わたしは立ち上がった。

「帰るわ」

フリガナ付きが恋人の方、無しが子供の方だと思ってください

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