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15 再会

 わたしは育休をたっぷり取ってから、復帰した。上司がわたしを扱い難そうにするので、どうしようかなと考えていたところ、別の部署に引き抜かれた。推薦してくれたのはかつての教え子の一人だ。立派になったと褒め称えたら顔をしかめられてしまった。

 ともかく、無理のない範囲で良いと言ってくれた。それは大変有難かったのだが、気遣ってもらう必要はあまり無かった。おかあさまが全面的に佑の面倒をみてくださるから。恐縮したが、書類上は一応母親だしね、と仰られた。そう、母子ともども養子にしていただいたのだ。当然にクレームが来たが、おとうさまが税金対策だと撥ね退けられた。それから妹たちはあまり顔を出さなくなった。妹たち本人がというよりも配偶者に気兼ねしているのかも知れない。割り込んでしまったようで心苦しいが、おとうさまもおかあさまも、これで良かったのだと仰った。

 いずれにしろ、仕事を再開して以降、佑の世話に関してはおかあさまに頼り切りだ。そのうち実の母親の事など忘れてしまうのではないか。「そんな訳が無いじゃない」わたしが帰宅すると、覚束無い足取りでとことこと、最近は軽やかにぱたぱたと、嬉しそうに走って来てくれる。「おかあさん、おかえりなさい」そして抱きついてくれる。可愛い。可愛過ぎる。その日一日の出来事を、たどたどしい言葉で一生懸命に教えてくれる。

 佑の面影がある。そう思うのは、贔屓目だろうか。わたしに似ているとも言われるが、そうでも無いと思う。真面目な顔をした時の眼差しの強さに、誰か別の人を思い出しそうにもなるが、それはもう過去の話だ。

「日中一緒に過ごせなくてごめんね。明日はおかあさんとお出かけしようね」

「おきもの!」

 佑は着物が好きだ。自分が着るのではなく、わたしが着るのが。おかあさまがいつもお召しだから馴染んでいるのだろうが、それにしても。

「おかあさま、佑に何か仰ってます?」

「まあ恐い顔」

「誤魔化さないでください。箪笥を開けたらまた見覚えの無い着物が」

 あからさまに顔を背けられた。「嫁が恐いわ」「わたしは姑の浪費を憂いております」おかあさまは着道楽だった。そして、自分に着られない柄をわたしに着せたがる。

「訪問着じゃないわ、普段着よ」開き直ったらしい。「ネットで見た洋服との組み合わせ、試してみたいのよ。奏子さん、協力してくれるでしょう?」おかあさまは存外、革新的だ。

「……ええと、おとうさまは」

「書斎に籠ってるわよ」仕事ではない、という事か。「明日は一日、帰って来ないわよ。浪費だって言うのなら、あれこそが浪費よ」「……一応、限度額を決めて、やってらっしゃる分には……」意外過ぎるのだが、おとうさまの趣味は競馬だった。スイッチが入ると、血統がどうとか、飽かず話し続ける。普段の仏頂面はどちらへ? と尋ねたくなるレベルだ。時折、馬主になりたいと言い出しては、おかあさまに怒られている。わたしもさすがに味方はしない。娘が冷たい、と嘆かれるので、佑がもう少し大きくなったら競馬場にご一緒しますから、と言って宥めている。

「佑とも時々、一緒に行ったんだよ。でもあいつは予想に情が無くてだな」

 情のある予想、とは?


     ◆     ◆     ◆


「おかあさん、おきもの、かわいい」

「佑は褒め上手ねえ」

 わたしたちは公園に来ている。ママ友、居ない事も無いのだが、今日は見当たらないな。通りすがりの人に時折、おかしな顔をされる。それはそうだろうな。ロングスカートにサンダル、その上に夏物の絽を、おはしょりを大きく取って巻きつけている。半幅帯を高めの位置で結んで、エンパイアラインっぽいとか、裾がマーメイド風とか、ちょっとよくわからないのだが、おかあさまは満足そうだった。

「おかあさん、かわいい、すき」

「佑は口が巧いわねえ」

 将来有望と言うべきか、心配と言うべきか。佑似の美形に成長する事は疑い無いのだから。親ばか? 結構だ。

「じゃんぐるじむ! すべりだい!」

 男の子だし、活発だ。一人でもどんどん遊びに行ってしまう。

「しーそー!」

「佑、それはさすがに、一人じゃ無理よ。といっておかあさんでは釣り合いが取れないわ」

 一緒に乗ってくれるような子供が居ないだろうか。わたしは周囲を見回した。


 息が止まった。


 公園の入り口。一人の青年が立っている。目を見開いて、こちらを凝視している。

「……あ」

 わたしはたじろぎ、思わず一歩下がった。憶えがある。夕暮れの海。あの時の彼は、(いぶか)しそうな表情をしていた――…

 がたん、と音がした。佑がシーソーに手を掛けたらしい。

「佑! 駄目よ」

 慌てて、そちらへ踏み出そうとした。スカートの気楽さで大きく歩幅を取ろうとして、巻きつけた絽の着物に阻まれた。バランスを崩す。ちょっと、おかあさまに文句を――いや迂闊なのはわたしだけれども――…

「奏子!」

 名を呼ばれる。その声を、知っている。わたしを支えてくれる腕も。

「……馨、くん……」


 佑がこちらを見ている。口を開く。――確かに、そう聞こえた。

「遅かったな」

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