14 ghost marriage
おとうさまとおかあさまは、わたしを実の娘のように可愛がってくださった。本当に、いい人たち。さすがは佑の両親だ。料理の手際が良いと褒められた。狭いキッチンで奮闘した賜物だ。何が得意か訊かれていくつか答えたら、それらは自分たちの好物だと返された。佑が時々作って欲しいと言ったので工夫しているうちに得意になった。佑はどこまで想定していたのだろうか。
佑の妹たちは離れた場所に居を構えたので滅多に顔を出さないそうだ。それでも一度ずつ、訪ねて来たので挨拶した。それなりに両親を心配していて、わたしが居てくれるなら心強いと言ってもらえた。どこまで本心かはわからないが。その配偶者たちは、微妙な表情をしていた。
仕事の整理をつけ、有休消化がてら産休に入る。転居した事は、総務には報告したが、それ以外には特に知らせなかった。中途半端に話しても、勘繰られるか心配されるかだけだ。
押し付けられた新人たちは、問題児も多かったが、それなりに育ってくれた。出産祝いを準備しておくと言うので、わたしは笑って断った。いつ戻って来られるかわからないよ。それよりも、頑張ってね。
おかあさまに着付けを習う。自己流よ、適当よ、楽しければいいのよ。気軽にそう仰る。でも実はそれなりの家格だ、離れのあるような大きな建物、広い庭、着切れない程の大量の着物。妹たちの配偶者たちの懸念も、もっともだ。
「こんな話をしてごめんなさい。でも奏子さんには知っておいてもらった方がいい。佑は恋人も作らず仕事ばかりしていたから、それなりに貯め込んでいた。それは私たちが引き受けた。でも自分たちにも――自分たちの妻子にも分け与えられないのかと彼らは言った」
四十九日も済まないうちに、だそうだ。
「突っ撥ねたから、気を悪くしたようだった。娘たちが選んだ相手だから、私たちは何を言う気も無い。孫たちの事もある。だけど、そういうものかと思ったし、以降そういうものとしか扱えない。奏子さん。もしも彼らが何か言って来たら、包み隠さず報告してちょうだい」
「……でも」
「佑だってきっと、自分の財産は奏子さんに渡したいって思うわよ」
そうだろうか。……そう、思いたい。財産が欲しいという意味ではなく。
「……おかあさま……お腹が」
「奏子さん? 奏子さん!」
陣痛は長く続いた。朦朧とした意識の中で、わたしは佑に会ったような気がした。優しくて、いつでもわたしを心配してくれていた。わたしはいつでも、佑に甘えていた。佑、転んだ。佑、傷が出来た、痛い。奏子が痛いのは嫌だよ。佑はいつもそう、言ってくれていた。
……わたしが痛みに泣き叫んだ時、佑は申し訳なさそうにごめんと謝って――…。
「元気な男の子よ」
わたしはようやく目を開けた。おかあさまが泣き笑いの表情で、顔を背けたおとうさまの袖を引っ張っていらっしゃる。
「よく頑張ったわ、偉いわ、奏子さん」
「……おかあさま……おとうさま……。お願いが、あります……」
名前は決まっていた。それ以外に有り得なかった。
佑。
◆ ◆ ◆
正式に書類を調えよう、と言われた。
「わたし……とんでもなくおこがましい事を、お願いしようとしていました」
わたしは確信していた。この子は佑だ。ずっとわたしの傍に居ると約束してくれた。その約束を、守ってくれたのだ。――そして佑なら、その両親は、おとうさまとおかあさまだ。財産なんか要らない、念書なら何枚だって書く、養育費は何としてでも捻出する、だから。
だけど、お二人の申し出は、わたしの想像を遥かに超えていた。
「今までだって生活費きちんと入れてくれていたじゃない。というか給料ほぼ全額?」
「だって、家賃も、食費も、光熱費も」
「そのうえ家事を分担してくれていたわよね。こっちが払わなければいけないくらいよ」
「こうなってからは、あまりお手伝いも。むしろお手を煩わせてばかりで。それに休暇中は無給で」
「だからそういうのをなくしましょうって提案してるのよ。家族になってしまえば関係ないわ」
「親族なら扶養出来る、税金対策だ」
おとうさまの言い方に、おかあさまが怒っていらっしゃる。
「わたし……わたし。この子を……佑を、養子にして欲しいと、過分なお願いをしようと、」
「それは……世知辛い理由で、そうさせてもらえればと思わないでもないけれども。だけどこの子の母親はあなたよ。私たちは精々、祖父母よ。奏子さん、あなたは私に、この歳で佑を抱いて公園に行ってママ友を探せって言うの?」
おかあさまの言い方に、わたしはちょっと笑ってしまった。
「ですが」
「周囲は何か言うかも知れないわ。娘婿たちとか。でもそんなの関係ない。私たちはあなたを本当の娘のように思っているのよ」
「わたし……わたしは」
佑の遺影が、こちらを見つめてくれている。
「わたし、佑さんの……」
「こんな事を言って、あなたを縛ると思わないでちょうだい。今だけ、言わせて。お嫁に来て欲しいのよ、この家に」
わたしは佑を抱きしめ、頽れた。
「おかあさま、おとうさま。今だけ、信じてくれますか。わたし佑さんが好きでした。お嫁さんに、なりたかったんです。ならせてください。この子は佑さんの子です。そして、佑さんなんです」
初期タイトルは冥婚譚でした




