10 画策
おかあさまは、いつものように出迎えてくださる。
「いらっしゃい、奏子さん。待ってたわ。……あら?」
馨くんが神妙に頭を下げる。
佑の遺影に相対して、馨くんは複雑そうだった。一方の佑は、そんな馨くんの反応を楽しんでいるようだった。
おかあさまに説明する。わたしは思い立って事故現場に行こうとした。だがフラッシュバックを起こして具合が悪くなった。通り掛かった高校生が手を貸してくれた。事情を話すと彼は驚いた。佑とは知り合いだった、時々相談に乗ってもらっていた、亡くなったとは知らなかった、遅ればせながら弔問に行けないだろうか。わたしは来週伺う予定があると答え、同道を許可した――…。
「そうだったのね。そんな話、全然聞いた事が無かったわ」
作り話なのだから当然だ。
「家で……居場所が無くて。公園で時間潰ししていたところに、声を掛けてくれたんです。それから……愚痴を聞いてもらうというか」
馨くんが訥々と作り話をする。
「あの子にしては珍しい、面倒見のいい事」わたしたちは首を竦めた。「自分でも気恥ずかしくて言わなかったのかも知れないわね」
幸いにして、おかあさまは信じてくださったようだった。それからいつものように、佑の思い出話をしてくださった。真剣な表情で聞き入る馨くんを、おかあさまは気に入ったらしい。またいつでもいらっしゃい、と言われて、馨くんは恐縮していた。
そしてこの日、別の来客があった。
「佑の勤め先の方々よ」
同僚と上司だそうだ。月命日に来てくれるなんて、信頼されていたんだな。わたしたちは挨拶し、暇乞いを告げた。
◆ ◆ ◆
「佑は時々、何を考えているのかわからないのよ」
わたしは馨くんに愚痴を言う。最近、気づくと佑が居ない、という事がある。すぐに戻って来るけれども。どこへ行っていたの、と尋ねても、ちょっとね、としか言わない。そりゃあわたしだって佑の姿が見えなければ一時も居られないって訳じゃないけど、でも。
「何の仕事してたか聞いたんだけどさ」
「誰に?」
「当人に決まってんじゃねえかよ」いつの間に、とまでは言わない。三人で会っていて、わたしが場を外す事だって、よくある。「交渉役だ、っつってた」そんな業種だったか?「立ち位置が、って事だろ。いかにもだな。きっと俺らには及びもつかないような先々の事まで色々考えて、ビジョンを立てて、そうなるように動くんだ。頭のいい奴にしか出来ねえ業だよな」
「馨くんは物凄く頭がいいって佑が言ってた」
「嫌味にしか聞こえねえな」
そんな事は無いと思う。二人の会話に、わたしはよく、置いて行かれる。
「奏子は別に、それでいいんだ」
慰められた気がしない。
「佑はかっこいいし、優しいし、頭はいいし喧嘩は強いし、いいところに勤めてて仕事も出来たみたいだから、収入だって多かったはず、きっと物凄く、もてた。なのに今わたしなんかとお付き合いしてくれてるの、どうしてって時々思うの。偶々一緒に事故に遭ったのがわたしだったってだけで」
「何だよ、止めろよ、その考え。佑どう見たっておまえにベタ惚れじゃねえかよ」
「そうかなあ。選択肢が無いだけじゃ?」
もっと恐ろしい考えがある。もしも今後、馨くんみたいに佑が見える通じ合える人が現れたりしたら? それから、それから――…
「むぎゅうっ!」
頬を抓まれ、思い切り引っ張られた。
「何か更に余計な事、考えてやがったな? おまえマジそういうの止せ。佑に失礼だとは思わねえのか?」
「た、たすく」
「逆を考えろ。佑が、おまえが誰か他の男に惚れてんじゃねえかって不安がってるとしたら」
「そんな! そんな事、有り得ない!」
佑、佑。わたしの一番大切な恋人。
『――奏子。どうしたの? 馨に泣かされた?』
「あんたのせいだよ佑! どうにかしろよ!」
佑は馨くんに同調して、手を伸ばしてくれる。わたしはその手に縋る。「佑、佑。大好き」「僕もだよ。可愛い奏子。そんなに泣かないで。楽しい事を考えよう。次はどこへ行こう、何をしようか?」
優しい佑。いつもそうやって、わたしの意見を尋ねてくれる。
「……佑は? 佑は、何したい? どこへ行きたい?」
わたしはいつでも、佑に甘えて。我儘ばかり言って。
「僕は……奏子が望む通りにしてあげたいよ」
欲が無くなったかな、と、佑は冗談めかして言っていた。
疲れない。空腹も感じない。喉も渇かない。眠る必要も無い。何にも触れられないのだし。誰とも話せないのだし。
「……わたしは?」
『君の事は好きだよ、可愛い奏子。そうだね、僕は君の笑顔が見たい。君の声が聞きたい』
「じゃあ、佑。わたしと出掛けよう。遊びに行こう。美味しいものを食べよう。一緒に」
そうしてわたしは、殊更に、能動的に振舞った。
「可愛い奏子。君は僕に、どうして欲しい?」
佑はわたしを抱きしめて、髪を撫でてくれる。涙を拭ってくれる。――馨くんの腕で。馨くんの指で。
「ずっと……、ずっと、そばに、いて」
◆ ◆ ◆
週末ごとに、出掛けた。馨くんには感謝しかない――でも、いいのだろうか?
「俺もあんたらと一緒が楽しい。お互い様だ。それにこうなってから、他の幽霊が一切見えなくなったんだ」
本当だろうか。でも、甘えてしまう。
食事は家でする事が多い、外ではどうしたって気を遣うから。狭いキッチン、狭い部屋、わたしは引越したいと幾度と無く言った。でも佑は、わたしの我儘をいつだって優しく受け入れてくれる佑は、何故か乗り気で無い様子だった。僕はこの部屋も好きだよ、佑はそう言って笑う。それで結局、馨くんと三人、場所を譲り合ったり適宜交替したりして過ごす。
馨くんが体を鍛えたいと言うので、運動公園に行く事が多い。広々として人の少ない公園では三人で会話する事も出来る。わたしはサンドイッチのバリエーションを増やした。
「おかあさまが、佑は硬めのパンで具材たくさんのサンドイッチが好きだったって教えてくださったから」
「俺ライ麦パン好きだな。ローストビーフもしかして奏子の手製か?」
「ソース、二種類作ってみた。佑はどっちが好き?」
『……和風の方が、さっぱりしてていいね。でも、どっちも美味しいよ』
「佑、佑、わたし楽しい。嬉しい。佑と一緒に居られて、幸せよ」
馨くんと佑が話している。
「計算外だ」
『僕は計算通りだ』
「あんた腹黒って言われるだろ」
『誰に何を言われようと無関係だった……奏子に会うまではね』
わたしははしゃぎ疲れて、寝ている。膝枕してもらっている。柔らかな陽射し。心地好い風。優しく髪を撫でてくれるのは、どちらの手か。




