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序章 第七話 聖女だけど♂だから────求めていたもの

 咲夜が改めて私をジロジロ見ながらニヤニヤする。


「……正直に言うとね、いまのあんたは割と好きよ。むしろなりふり構わない必死さやがウケると思うよ」


 なんとなく言いたい事はわかるよ。素の私を身近にいた咲夜が一番良く知っているのだから。


「本当に、咲夜って……いいや。なんでもない」


 咲夜は変わらない。私の事、嫌いだってハッキリ言いつつ、こんな状況になったのを許しちゃうのだから。もう嫌いだった事も忘れてそうだ。


「いったん休憩しよう。聖奈、あんたクサすぎだし」


 私の臭いは自分ではわからないくらい酷いようだ。でも原因となった咲夜に言われるのはおかしい。


「はぁ? 落とし穴に落として、私をじわじわ殺ろうとしたの誰よ」


 殺ろうとした、ではなくてすでに殺られたんだけどね!


「えっ、あれゲームみたいなもんじゃん」


 こいつ、遊びで私を殺ったのか。


「バカじゃないの? 命懸けのゲームとかさ。だいたい話せるのに話しを聞かないし」


「キモゴブだと思ってたから仕方ないじゃない」


「なんであんなのと間違えるのよ。頭だけじゃなく目まで腐ってない?」


 咲夜と喧嘩になった。この世界に来る前も最後は喧嘩ばかりしていた。でも私が嘘を押し通していたので、当時はもやもやする一方だった。いまは言いたい事をハッキリ口にする喧嘩が楽しい。


「そろそろ日が暮れるわ。喧嘩は止めて魔本を隠せる場所を探すよ」


 変な女の人が言っていた本かな。落とし穴付近には小さな岩がなくて、少し歩く事になった。あぁ、身体が重い。回復してもらったはずなんだけどなぁ。


 咲夜がなんだか楽しそう。私はもう立っていられないくらい身体がだるい。薄れゆく意識の中で、私はようやく達成感に浸る事が出来た。急に私の視界は真っ暗になった。


 ────水の流れる音が心地良く耳に響く。急速に視界が明るくなる。いつの間にか私は服を脱ぎ素っ裸だった。


「あれ、なんでお風呂?」


「あれ、じゃないよ。気を失ったんだよ」 


 改めて私の身体を見ると小柄でこうして見ると幼い感じ。それに……やっぱりなんかついてる。 


「動ける? 身体は洗ったから、髪を洗うならそこにシャンプーとか使いなよ」


 咲夜には見えてないのかな。いや、気付かないふりをしている。私は♂の身体になっているのを知っているけど知らないふりをした。いたずら心が働いた。


「ねぇ、私の身体おかしくない?」


「おかしくは……ないよ」


 目をフイッて逸らした。♂の身体に少し照れてる。これってセクハラになるのかな。


「いや、おかしいって。絶対あの変な女のせいだ」


 生理現象を感じる前に殺られていて、自分の身体の機能を私はまったくわかっていなかった。


「おじじ達が言うには、聖霊人形とか言う魂で動く人形なんだって。身体が重たくなったのは魔力切れなんだってさ」


 ────でた、おじじ達。なんでも咲夜に取り憑けられた三人のおじいちゃん達がいるらしい。うるさいけれど、咲夜の為に異世界の知識を教えてくれているそうだ。

 

「魔力か。死なない身体と関係あるのかな」


「確かめるには聖奈を殺るしかないね」


「ちょっ、それだけの理由で死ぬのはもう嫌よ」


 あの変な女の人が、素直に答えてくれるとは限らない。死に損というか私の魂が保たないから止めてよね。


「咲夜は平気なの?」


 あの高さで頭から落ちて無事なはずはないのだけど、いまの咲夜は人形にしては綺麗過ぎる。


「平気って?」


「な、何でもない」


 うっ……咲夜をからかうつもりが、私の方がやられた。なんなのこの動悸は。身体は♂だから心まで変わるの?


 お風呂の後は女物の下着だけど咲夜が私に履かせてくれた。服もなるべく身体に合うものを選ばせてくれた。


「先に装備も探しておこう」


 隠してあるけど、休んでいる間に本が見つかるかもしれないそうだ。本がダメージを受けて魔力がなくなると、私達は放り出されるんだとか。


「なんで替えのパンツが黒ばかりなんだろう……」


「やっぱ、そう思うよね。なんかさ、試着品の余りなんだって。履き心地はいいんだけどね」


 寝ている間に敵が近づいた場合には、咲夜に憑くおじじ達が教えてくれるようだけど、よく咲夜はそんな状態でいられるものだよ。


「おぉ、なんかご飯も二人分あるよ」


 咲夜が驚きの声が上がる。私が咲夜に許されたのをどうやって知ったのか、確かに気になる。


 ────っていうか快適な空間にご飯付きなのか。私……本当に招かざる客だったんだね。それにしても美味しそうね。


「ぶつぶつと、またおじじ達と話してるの?」


 お腹を空かせた私が目をギラギラさせると、咲夜がビクつく。私の身体について相談中なんだろうけど、ごはん用意したってことは食べられるって事なんだよ。


「ちょ……いま用意するから聖奈は飲み物を出して」 


 慣れた咲夜の指示に従って晩御飯の準備をする。ミルクスープのような穀物の入った鍋とサラダのお皿、焼き立てのフランスパンのような固めのパンとチーズの塊。


「ほぉわぁ〜あったかくて美味しそうね」


「ふふ、変な声。今日は疲れたし、ごはん食べたら寝ちゃうと思うんだよね」


 私と咲夜は向かい合ってテーブルを挟んで座り、いただきますと声を揃えた。異世界に来ても今までの習慣は抜けない。

 

 穀物のスープはミルクの味で衰弱状態の私の胃の中を優しく満たしてゆく。少し固めのパンをスープに浸して柔らかくしながら流し込むように食べた。


「……美味しい」


 食べながら涙が溢れそうになる。咲夜とこうしてテーブルを囲んで、一緒にご飯を食べるのはいつ以来だったろうか。


 全面的に受け入れたわけじゃないみたい。咲夜の独り言を聞いていると、私への警戒心はあるから。咲夜に憑いているおじじ達が諭してくれているみたいで、私には見えないけれどありがたいと思った。


 疲弊し過ぎたのか、私は一通り食べて飲んでいる内に眠ってしまった。無防備だけど咲夜はもう私を認識してくれたから、いきなり殺すなんて真似はしないよね?


 夜中に何か柔らかいものが口を塞いだ気がするけど、まさか……ね。



 ────久しぶりに咲夜と二人っきりで食事をして、一緒の部屋で眠っていた。私は眠っているのに意識は近づく気配を感じて起きた。咲夜が、私の髪の毛をサワサワしていた。


 咲夜は私が眠っていると思って、何やら呟いていた。


 ────いつから出来る娘を演じ出したのかな。


 ────あたしがあんまりにも、おバカだから聖奈がしっかりしなくちゃ、駄目だね……そう言ってからか。


 ────聖奈が焦り出したのは、きっと七菜子の存在だよね。


 ────頭の良くないあたしや、努力で学力を身に付けた聖奈と違って、七菜子はいつも冷めていて思慮深い子だったように見えたから。


 ────七菜子は聖奈と同じタイプだから、あなた達は反発しちゃうよね。


 咲夜のささやく言葉に、私もどこで自分が捻くれていったのかを思い出した。


 そうだ、思い出したよ。七菜子が咲夜に構われようと、物静かな才女を装い出してから歯車が狂い出したんだ。


 咲夜絡みに関しては、いい奴何だよね七菜子は。私が惑わされ焦らなければ、咲夜と私と七菜子で親友になれたかもね。……でも、無理か。咲夜が好きすぎてどのみち戦う未来しか見えない。


 ◇


「おはよ、聖奈。疲れは取れたみたいね」


 私はいつの間にかまた深い眠りについていた。咲夜も私を調べている内にそのまま一緒に寝てしまったみたいね。


 それにしても私のこの身体って高性能なロボットみたいなのに、無駄に人間っぽいから役に立たない気がする。魂の力を消費する代わりに不死身になっているのに、普通に毒とか効くんだもの。


「おじじ達の話しでは、あの女の人は狂った錬生術師(マッドアルケミスト)って言うそうよ」


「頭が良い人って、なんかそういう感じだよね」


 朝ご飯は野菜のスープに丸っこい柔らかな白いパンにサラダと、香茶が付いていた。二人でまた一緒にごはんを食べる。


 ずっとこうしていたいけれど、ゴブリンと狼を倒すだけの生活は心が荒みそうだ。 


「咲夜、今日はこのダンジョンの出口を探そうよ」


 ごはんを食べて歯を磨いて、少し食休みしているときに私は咲夜に提案してみた。


 私がまともな事を言ったので咲夜が驚いた顔になった。咲夜にそんな顔されるのは私も心外だよ。


「出口の事なんて、おじじ達一言も言ってなかったよ」


 言わなかったのって訓練重視と言うよりも、咲夜のコミュニケーション能力の問題だよね。憑いているからって、訊ねられてない事に答えなそうだもん。


「咲夜、そのおじじ達って言うのが私にはわからないけど、咲夜の頭が進歩しないと活かせないだけだよ」


 私の言葉で咲夜が悶えた。咲夜に憑いている三人のおじじ達と何やら揉めてるみたい。どうやら咲夜が負けたみたい。


 私は咲夜と同じ服と怪力になる手袋などをもらった。


「なにもそんな大きなハンマーを使わなくてもいいのに」

 

「いいの。私もぶん殴りたいから」


「キモゴブをペシャンコにするとグロいよ?」


「今さらだよ。だいたい私はゴブリンにも殺されたからね。仕返しよ」


 手袋のおかげで、クソ重たいハンマーが片手で持ち上がる。


「念のため魔銃も装備しときなって」


 昨晩私の為に咲夜が用意してくれた魔銃を腰のベルトに付けた。傷薬や携行食、回復する飴も鞄にしまい肩からかける。 


「はぐれた時の為に、一応ひと揃い入ってるけれど、離れないでついて来なよ」


「わかってる。私もスポーツは少しは出来ても、咲夜のように反射神経は高くないから」


 役割分担として、私はあくまで咲夜のフォローするつもりだ。反射神経や運動能力は咲夜は段違い。


 何より無理して、足手まといになりたくない。最強チート能力はないけれど咲夜には会えた。道を切り開く勇者がいるとすれば咲夜のことだ。私はその手助けをしたい。


 召喚されていれば聖女だったかもしれない。ゴブリン扱いされて勇者に五回もぶっ殺されたけれど、私はこれで良かったと思った。

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