序章 第六話 聖女のはずだけど……ゴブリンと思われていたよ!
咲夜が私のいる穴へと小さな岩を落として来た。当たりどころが悪かったのなら、それだけで死ぬやつ。
「そう簡単に何度も何度も死んでたまるかぁ〜〜〜!」
私は吠えてみせた。咲夜が何を考えているのかよくわからないけれど、いきなり魔銃で撃ち殺したり、岩を投げつけたりしないだけマシだ。
咲夜にはいたぶる趣味はなくて、私を攻撃するふりをして手助けしてるみたいだ。私は咲夜の意図に気がついて、小岩を使って足場を作り始めた。
貰った腕輪はハンマーにだけ対応しているのか、岩を持ち上げる役には立たない。魔法って不思議だけど、融通の効かないのは機械と変わらないんだね。
腕が重い。腰が痛む。まだ半分くらいしか積めていないのに体力が限界に近い。咲夜はなんで涼しい顔をして重たい岩を運べるのだろう。私と基礎体力が違うのと、手袋に魔法がかかっているのかもしれない。
変な女の人は咲夜には優しいよね。魔銃なんて持たせて過保護過ぎるよ。
私はノロノロと岩を積む。疲労が激しくて休みたい。でも休んでる間に咲夜がどっか行ってしまうかもしれない。そう思うと怖くて休めなかった。
────積んだ岩が崩れて、私は危うく岩の波に潰れかける。積み直そうにも疲れもピークに達して吐いた。
私が嗚咽しヘタリこむと、咲夜が心配そうに覗きこんだ。岩が崩れた為に、高さは四分の一の所まで下がってしまった。
駄目だ……気力でどうこうなる状態じゃない。手足が震えて力がうまく入らない。
「上等キモゴブ、上を向いて口を開けて」
急に上から咲夜の声がして、私は思わず見る。咲夜は丸い赤い玉を、私に投げつけて来たので────なんとかかわす。
疲労困憊の私に毒でも飲ませて、とどめを刺すつもりなの?
……上等キモゴブって何?
「なんでよけるのよ」
「また私を殺す気でしょ!」
咲夜が怒るとかおかしいでしょ。怪しげなものを口にするわけないっての。
────思ったより声が出ない。でも、ようやく以前のように咲夜と話す
ことに成功した。
目的は半分果たせたので、あとは謝るだけ。でも……ちょっと厳しいかな。膝に力が入らない。このまま崩れて眠ってしまえば、私は落とし穴から逃げる事は叶わず衰弱するのを待つだけ……。
一番孤独で苦しい末路をまた繰り返せば、もう戻れない。最後に咲夜と少し話せて良かった。私を聖奈と認識して欲しかったけれど流石にそれは図々しいだよね。
私がふらつき倒れかけたその時だった────
────咲夜が身を乗り出して、落とし穴へと飛び降りて来た。
「えっ? な、なんで?」
身体は動かないし、声だってかすれてる。汗と嗚咽し口には涎と吐瀉物で臭いし汚いのに……咲夜は構わず私に近づく。
そしてさっきの赤い玉を私の口へと突っ込み、吐き出さないように口を塞いだ。
────甘い。見た目より柔らかくてグミをもう少し固めたような感触だ。凄い力で口を塞がれていて舌も動かしづらい。口の中で味わうのを諦める。毒でも甘い毒ってあるから……このまま咲夜に直接触れられながら死ぬなら本望だ。
「────!?」
……毒じゃない?
疲れが溶けるように抜け落ち、乾いた喉は水気に潤う。魔法……じゃない、魔法の品物かな。栄養ドリンクなんて目じゃないくらい、私の身体に力が戻る。
「元気出たようだね。それじゃ後少しだよ」
咲夜はそう言うと魔法で固めた土壁をヒョイヒョイと登る。
「えっ……?」
何なのよ。やっぱり咲夜はアホだ。何を考えてるのかわからない。普通、ここまで来たら助けるよね。やっぱりまだ怒ってるのかな。
体力が回復したので、私と咲夜は再び落とし穴からの脱出作業を再開する。助けてくれる気はある……みたい。咲夜は、あくまで私が自力で這い上がるのを待ってくれた。
咲夜が待ってくれるなら頑張れる。私がへばりそうになると、咲夜が回復の飴を私にくれた。
私達、なんでこんな事やってるのか途中で意味が分からなくなった。久しぶりに咲夜と二人で童心に返って遊んだ気分だった────
────ゼェゼェ……どれだけの時間が掛かったのかわからない。ようやく落とし穴から這い出て、私は寝転がり呼吸を整えた。私はやったんだ。なんだか嬉しくて、ウフフって微笑ってしまう。
「うわっ、気持ちわるっ」
咲夜が私を見て呟いた。もう殺す気はないみたい。あれだけ良くわからない手助けして、流石にそれはないよね。
でも疲れ切って動けない。このまま放っておかれるかもしれない。
「ほら、これもう一回舐めておきなよ」
咲夜が私の手に疲れを癒やす飴を手渡してくれた。
「私も岩を探すのに草臥れたよ」
咲夜も同じ飴を取り出して頬張った。落とし穴の周りを見渡すと、手頃な岩が見当たらなかった。咲夜は私が運びやすく積みやすい岩をわざわざ探していたみたいだ。
飴の効果で私は起き上がる事が出来た。魔法の品物って、改めて凄い効能あるんだなと思った。
「効果あって良かったね。キモゴブだったら逆に毒かもしれないし」
咲夜はまた何かと話すように一人で納得していた。キモゴブってやっぱりゴブリン……?
「待って、よくない。だいたい上等キモゴブって何よ!」
どうやら良い服を来たキモいゴブリンの事らしいけれど、咲夜は未だに私をゴブリンと見てるようで腹立たしい。
「むっ、やっぱキモゴブじゃない?」
危ない、咲夜は反射で魔銃を抜きかけた。すぐには撃ち殺さないみたいだけど、怖い。
「ち、違うの。キレてないってば。でもゴブリン扱いは酷いから止めてよ」
慌てて私は膝をつき土下座スタイルになる。何度めになるのか、このポーズ。……って言うか、私を何だと思って助けていたの、この娘。
「キモゴブがゴブリンの事なのはわかったけどさ、上等って何よ」
私の勘違いかもしれないから確認してみる。
「殺しても死なないし、身なりいいから主を失ったゴブリンだって、おじじが言うから」
確認するまでもなく、ドンピシャだったよ。私の顔を見て、どうしてあんな顔と同じに見えるのよ。それにおじじっていう人物が、荒野のどこにいるのか謎だ。
「ゴブリンと思われていたのは予想外だよ。咲夜が私を躊躇いなく私を殺すっていうのは言われていたけどね」
咲夜の事を教えてくれた変な女に、生き抜く為に殺意を植え付けられていたのだから仕方ない。何より先に咲夜を死なせたのは私の方だ。
「そりゃ、聖奈に会ったらぶち殺すつもりだったけどさ」
もともと判断と決断は早い咲夜。敵味方の区別のない状態で、見慣れない格好の人とフレンドリーに話す方がおかしいのだ。
「それは仕方ないよ。そう訓練されていたみたいだし」
私はフォローするように言った。私達のいた世界と違う世界で、遅れを取れば簡単に死ぬ。近づく相手を反射的に躊躇わす殺せる咲夜は、咲夜じゃないみたいだ。でも、環境がそうさせているだけで咲夜らしさは変わらない。
「えっ、訓練ってなんのこと?」
ほら、この状況を理解していない顔を見ればわかる。諸島王国とか冒険者とかダンジョン島とか、咲夜は何かブツブツ言い出した。
咲夜は誰かに向かって、騙されたって呟いている。私は何の事かわからないけれど、元の世界での私の行いをきっちり謝った。
「私の謝罪、受け入れてくれたとみて良いのかな」
咲夜は私の謝罪なんか、殆ど聞いてなさそうだった。咲夜がいなくなった後、何があったのかは少し興味があったみたい。いや違うかな、私が聖奈かどうかの確認の意味があるのかもしれない。
「咲夜にしては、ずいぶんと用心深くなったんだね」
いまの咲夜なら信吾になんか騙されないで済みそうだ。
「聖奈も……酷い目にあったのね」
「もともとは、私の自業自得。咲夜に拒否られても、殺されても発端はそもそも私のせいだから」
咲夜がジッと私の目を見る。ようやく私を本物と認識した。なんというか、さっきまでは警戒心が強かったから。
「あたしのせいで、聖奈の頭がおかしくなったのかな」
「なんでよ。心を入れ替えただけよ」
お互い……調子狂うよね。咲夜はもう私の事など割り切っていた。それどころではなかったのもある。私が嫌い、たぶん咲夜はそう思った時点で、親友でもなんでもないと切り捨てたと思う。
「あたしは今までをなかった事にして、聖奈と仲良く楽しく無理だ」
────もう昔のようには戻れない、そう咲夜は告げた。他人行儀に距離を置いて、うわべだけ仲良しならばやっていけるだろう。
「それでいいよ。私だって、咲夜の事が嫌いだったのに仲良くしようとして失敗したし」
私は咲夜を困らせないように、取り繕った。本当は泣いて謝りたかった。やっぱり咲夜を目の前にすると、決意なんて揺らぐよね。甘えながら狡く今まで通りに戻れたのなら……そう思った。
私は咲夜と話しあえた、それで充分だった。咲夜なんて本当に大嫌い、でも大好き。それが天邪鬼な私の、嘘偽りのない本心だと思い知らされたよ。