序章 第四話 聖女というか親友だったはずなのに────容赦ない拒絶のパンチ
変な女に魂を捧げたので、身ひとつで荒野に放り出される事はなくなった。咲夜に殺意を持った攻撃をしようとしたり、変な女を裏切る真似をしたりすると、私は死ぬ。
裏切るもなにも変な女がいないと生きていく事すら叶わない。だから裏切るなんて出来ないのだけど。
「取り巻く状況や環境が変われば、人間なんて心変わりするものでしょう」
完全に私の意思の元に手に入れた魂を見て、ニヤニヤしながら変な女が言った。何となくそうだなって思った。私の母親だって、昔は優しかった。
今は少しだけ母親の不安な気持ちがわかる。頼れるものに裏切られて逃げられて、人が変わってしまったから。
咲夜に八つ当たりせず、私も逃げずに母親ともっと向き合えば良かったと思う。変な女の話しでは、異世界に飛ばされるのは確定だったようだけど、少なくとも咲夜とはいられた。
信吾の下衆な思考は変わらないようなので、私が余計な事をしなければ私と七菜子で信吾の毒牙から咲夜を守る選択肢もあり得た。……まぁ、今さらだよね。
心を入れ替えたおかげか、魂を捧げたおかげか、私は咲夜のいる近くの枯れた茂みにいた。
────再会した咲夜は、めちゃくちゃ綺麗で格好良かった。いきいきとして輝いて見えた。持たされたハンマーが重いせいもあって、私はガックリと膝をついてしばらく見惚れていた。
ブツブツと独り言をいいながら、咲夜の方から近づいて来た。ようやく会えた感動の対面。たった二日ほどの時間のはずなのに、何年も会ってなかった感じだった。
私は立ち上がり、生きててくれて良かったと、感涙し抱きつこうとした。
────ゴッっ!! ……と鈍い骨と骨の当たる音と共に、私は倒れ伏した。咲夜のグーパンチで思いっきり殴られた。
ボクシングの綺麗なカウンターをもらったように、脳が揺さぶられてダウンする私。
こういう時は漫画のようにぶっ飛ばされた方が、意外とダメージ少ないのを身体で知ることになった……。
「このキモゴブ、聖奈にやたらそっくりね」
咲夜……私と知って殴ったんじゃないのか。ゴブリンだと思ったにしても、私の顔にそっくりって認識してるよね?
感動の感涙より、痛みで涙が出る。
「何を言ってるの咲夜。頭が悪いのは知っていたけれど、目まで悪くなったの?」
咲夜にもう一度会えたら、真っ先に謝ろうって思っていたのに。決意虚しく、喧嘩ごしになってしまった。だって、きれいにパンチが入って足に力が入らないから。
しばらく見ないうちに、残念度を磨いたのかしら。私は思わず毒づいてしまう。
「えっ、喋った。なんでこいつあたしの名前知っているの。キモゴブに頭が悪い呼ばわりされるとかムカつくし」
咲夜が腰から銃のようなものを抜いた。異世界なのに拳銃?
それで私を始末する気だ。マジで?
「待って、私は聖奈よ、ほらキモゴブとかいうのじゃないし、人よ人間よ」
足が震えて逃げられない。どうも咲夜はブツブツと、見えない何かと喋ったり怒ったりしてる。
頭が悪いというか、おかしくなってるみたい。危ない薬でも飲んだの?
死んだショックなのかな。妄想の中でも立場ようなのがあって揉めてる。私が話しの通じる人だとわかってくれて、咲夜の事を止めてくれてるみたい。
……なのに、咲夜の方がキレて、キモゴブなんだから退治すると騒ぎ出した。
まずい、咲夜は考えるより先に行動に移す。ぶちキレた瞬間に、私に向けてあの銃を撃つに決まっている。
────────こんな形で死ねない。
私は膝をついて平伏し、額を地面に擦り付けるように土下座した。もうこの体勢に慣れだしている自分が怖い。
咲夜は頭が悪い……
……でもね、反射で反応するから意表を付くと思考が切り替わるの。
そして基本的にはお人好しで、甘っちょろいヤツだと、私は知ってるのだ。
こんな時でも、あんたの心優しさにつけ込んで、助かろうとしている最低な私でごめんなさい。
「キモゴブって、綺麗に土下座するものなの?」
また誰かと話しているみたいだ。揉めて思いとどまってくれたと思ったのに、手に持つ拳銃が火を噴いた。
バンッ────────‼
咲夜は躊躇うことなく、土下座する私の脳天に魔法の弾丸を撃ち込んだ。私は意識を手放した────────
────────気がつくと、またあの変な女の部屋にいた。頭のおかしな錬生術師という女の所。
たとえ死んでも、私の魂を握ってるというこの変な女のおかげで戻れる。実際は、そういう死に際して転移する魔法の道具だそうだけどね。
説明されても、何を言っているのかわからなかった。ただ変な女がヤバい悪魔な認識が高まっただけだ。
私はきっちり脳天と心臓に魔法の弾丸を撃ち込まれて、トドメをさされた。
親友だった咲夜に銃口を向けられて、撃たれた恐怖と痛みは魂に刻まれる。
……咲夜に許してもらうのは無理かもしれない。信吾やゴブリンに襲われた時より心が折れそう。
「もう戻って来たのね。装備あっても関係なかったわね。望み通りあの娘に会えたんでしょう?」
最初は本当に身ひとつで、荒野に放り出しておいて酷い言い草だ。でも、生きて咲夜に会えただけマシだ。
「……てか、咲夜躊躇いなく私に弾丸撃ち込んだんだけど!? あと、話しは聞こえてるのに、頭が前より酷く悪くなってない?」
引き金のようなものを引くのに、まったく躊躇いがなかった。咲夜は、人かどうか認識する前に攻撃して来た。
「だから言ったじゃない。躊躇うくらいなら、始末してから考えるように教えてあるって」
この女本気でやべぇ……絶対こいつが原因だ。頭がどうかしてる。
それとも異世界って、戦乱時代みたいなものだからなのかな。信じたものに寝首をかかれるみたいな。
咲夜に指南役だかなんかを取り憑かせ、この世界で生き抜くために戦えるよう指導しているんだとか。
やっぱりそうだ。なんでこんなハードな世界にあの娘が……。
ブツブツ独りごとを呟いていたのはあの娘の精神状態も、見た目より危険なんだとわかった。
頭がおかしいのは目の前の変な女で、きっと咲夜は咲夜のままだ。
私はそう自分を慰めた。そう信じたかった。
嫌がらせしておいて、仲良しに戻りたいなんて、考えの甘さを咲夜に容赦なく打ち砕かれた。
いまの咲夜は、私という重荷がなくなって自己判断が早い。
素直で真っすぐで、不器用で、少し残念なくらい単純で。
教わった事を懸命に覚えようとしている最中で、他の事が目に入っていない。
何より私は被害者面していた時に、咲夜と同じ気持ちのつもりだったからわかる。
なんで私がこんな所に放り出されないといけないのか、悩んだから。
私は丸腰の素っ裸だったから、速攻でやられたけれど。
私の方がもっと酷い目にあってると、泣きついて咲夜に縋りたかった。言って慰めてもらいたかった。自分から捨ててしまった温もりが、また目の前に現れて……私の心は図々しく揺らいだ。
でも……咲夜からすれば、私自身の不幸など、自業自得で無関係だ。私もわかっている。
むしろ迷惑を被ったのは彼女自身なのだ、と。私がどの面下げてやって来たのと、本能的に思ったかもしれない。
私がいま酷い目に合っているのは、私自身の行いが招いた結果だ。咲夜……ごめんなさい。
……あと、目の前の頭のおかしな女のせい。何か変な女が冷めた目で見てきた。この人の言うとおり、決心が簡単に揺らいで恥ずかしい。
「────あの娘は、本当に貴女の顔が気持ち悪かったんだと思うわよ」
それは言わないでよ。もっとこう、感動的な再会になると思ったんだから。
手鏡を持たされた。腫れた頬に、むにょむにょした生き物が張り付いて治療してくれていた。
腫れた顔は別として、♂にされたけれど、私の顔の造形は変わらない。だからあのキモいゴブリンとかいう奴らと、同じ扱いされると思わなかった。
「それで、まだ行くのかしら?」
死なないとわかっていても、激しい痛みはあるし、身体は治っても心は摩耗している。
「お願いします」
それだけ言うのにも勇気がいる。また殺される恐怖と痛みと戦わなければならない。逃げたい。
それでも咲夜に認識してもらいたい謝りたいと思うから────頼んだ。
あれ、私は仮にも咲夜と親友じゃなかったっけ?