新章 第六話 着いて早々に狙われるのは、聖女の務め
「ふぃ〜〜っ、生き返るね」
咲夜がおっさんのような声を出す。憑いているおっさんたちのせいでおっさん化していたのなら大問題だ。ひと仕事終えてのお風呂だから、まあ気持ちはわかるよ。
ネレイドたちの話では、パニックを起こした魔物達に襲われたものの、本来デカい客船を襲いに来る魔物は少ないそうだ。魔物の種類や性格もあるのだろう。
念のために七菜子とハープとグラルト、スーリヤとホロン、咲夜と私が交代で休憩を取ることになった。ハープとスーリヤは咲夜の戦闘能力を召喚込みで買っているのがわかる。ネレイドたちも自分たちで班を組んで交代で操船を行っているみたい。
この船⋯⋯帆船でもなく、漕ぎ手もない。魔法で動くにしても動力源とか謎だ。そういう船なんだと、納得しておく事にしたよ。
魔物の多い沿岸部を抜けると航海は安定した。海中の生物環境は私たちのいた世界と変わらない。陸地から近い所に餌を求めて食物連鎖が起きている。深海に大物が出るのも、連鎖の順番を考えると分かりやすいよね。
見張りは慣れているネレイドたちに任せる。三つに分けたグループが順番に戦闘待機状態でいる以外は、普通に船旅となった。
「なんで咲夜と聖奈が一緒なのよ」
「そうだそうだ。聖奈と一緒に組むのはボクだ」
七菜子とホロンが私と咲夜にそれぞれ交代しろと煩かった。私とホロンが組んだところに強敵が来たらどうするのよ。
戦力バランスを考えて欲しいものだった。七菜子は私と大して実力が変わらないはずだと納得いかず、スーリヤに挑んでボロ負けしていた。咲夜の実力は認めても、フォローまでは難しい。私は咲夜に戦闘を任せ、回復防御に専念すれば足手まといにはならないからね。
七菜子は諦めが悪い。実力差があり過ぎるからと、休憩の順番で寝込みに魔法をぶちかまそうとしていた。卑怯なの手段に出たにも関わらず、スーリヤには察知された。そして反撃に強烈な殺気を叩き込まれ、魂が凍り、活動停止状態に追い込まれたのだった。
「七菜子は頭はいいけどバカだよね〜〜〜」
咲夜が嬉しそうだ。学校のお勉強の成績は、七菜子が圧倒的に上位だ。でも、バカな事をするというか、理屈で考え過ぎる。スーリヤのように直感と反射に長けた人間の、常軌を逸する行動原理とは相性は良くないと思う。
「懲りてくれると楽なんだけどね」
たぶんまた何かやらかしそうだ。ホロンは病んだ心の持ち主なのに、意外と大人しい。文句は言うが、咲夜に手出しするとどうなるのか身に染みている様子。グラルトは本当に三歳なのかやはり疑わしい。なるべく言動が目立たないようにしている。私たちのいた世界とは別の、異世界転生者じゃないかと思う。
「あたしらが気にしてもしょうがないでしょ。それより明日から小型船だよ。魔物に襲われること考えると憂鬱だよ」
そろそろオケディアン大陸が近いので、船を乗り換える事になっていた。人の殆ど乗っていない大型客船で向うのは、怪しまれるからだ。
「初日はともかく、魔物の巣窟以外はそんなに魔物に襲われることはないって本当だったね」
沿岸の魔物と違って、海の真っ只中の魔物はあまり海面へ出てこないようだった。海面上より海中の方が餌が豊富なのに、わざわざ海上に顔を出すことは少ないのだろう。
無事に級友たちを助け出した後、ロムゥリまで船で戻ることになっている。元気そうなら操船を教える。ネレイドたちだけではなく、私たちも覚えた限りを伝えることになりそうだ。
咲夜の心配はよそに、船を乗り換えた後も航海は順調だった。ハープもスーリヤも船の扱いに慣れていたので、私たちは交代で操舵を習う。
魔力船なので、普通の船とは扱い方は違うみたい。波の動きや高さと、船の速度に気をつけていれば私にも扱えた。船って停まっていても波に揺られて勝手に動いてしまうから、港内へ入ってからの操舵の方が大変だった。
港の見えたあたりで、奪われても構わない商用の船に乗り換えたのが悪かった。大型商船にぶつかりかけて、私たちは肝を冷やした。水先案内人がやって来る前に大破する所だったよ。
私たちはなんとか入港を果たす。外洋の時と違って、風は穏やかで暖かい。冒険者登録していて、こういう時は良かったと思う。オケディアンの港町にも、入港管理局のようなものがあった。銀級冒険者二人、それも剣聖アリルの所属する【星竜の翼】 の名は、遠く離れた大陸にまで届いていたからだ。
本人ではないし、少人数なので騒ぎにはならなかった。それでも銀級冒険者のハープとスーリヤのおかげで、すんなり入港手続きは済ませられた。
「オケディアン大陸は複数の国々が乱立している土地だね。気候は全体的に温暖で作物の実りも多いようだよ」
この大陸について事前に調べて来た情報は、ハープたちが以前隣のパゲディアン大陸に寄港した時のものだった。
「この港はハザディノスという国の最西端になる。あれから何年か経っているから、変わっていないといいんだよね」
悪しきものを倒すためにハープたち【星竜の翼】 はパゲディアン大陸まで乗り込んだ。その大陸の北にあるオケディアン大陸は冒険者よりも、腕に自信のある傭兵稼業を生業とするものに人気があったという。
実り豊かな大地だからこその争いは、私たちも戦いに参加したので知っている。
「滅んだローディス帝国のような国があるのはわかったけどさ、助ける前に捕まらないかな?」
ハープは童顔、グラルトは幼児。このパーティははっきり言って、女子供ばかりに見えて弱そうだ。冒険者でも、傭兵に身を窶すにしても、ろくでもない者達の目を引きそうだった。
「傭兵としてゆくと面倒な戦いに駆り出されそうだよね。冒険者のまま探し人を訪ねる依頼を受けたことにしようと思うの。どうかな?」
「それがいいと思うよ」
咲夜の意見はスーリヤが即決で採用していた。下手に偽装するより、その方が良いと思う。
「エラじいがここの大陸の出身なんだってさ」
咲夜の中のおじじの一人が、オケディアン大陸の出身地だったみたいだ。あまりに故郷自慢がうるさいようで、咲夜が独りでキレていた。
「咲夜は放っておいて、召喚儀式をやっていそうな国を探ろうか」
「あぁ、待って。厄介事が咲夜に⋯⋯」
咲夜の奇行の理由を、私たちは知っている。錬生術師に憑けられた三人の霊のようなものが、絶えず話しかけて来てうるさいからだ。
おっさん三人に話しかけられ続けて、私たちと普通に会話して生活してるだけでタフだと思うよ。ただアドバイスは良いけど、おやじの自慢話を延々聞かされるのは苦痛でしかない。
おじじに浴びせた罵声も、独り言で漏れてしまう。そんな時にお約束のチンピラのような男達が、咲夜に向かって接近して来たのだ。
殺気のないままスーリヤが剣の柄を手にする。すぐ使えるように腰にぶら下げた鞘はギターケースのように、開閉式になっていた。ハープはグラルトと一緒に我関せずを貫いている。
「⋯⋯助けないんだ」
私と同じようにスーリヤたちの様子を見て七菜子が呟く。咲夜にせまる連中はおよそ十人。帯剣しているものと、小道具を持つものが半々だ。
「貴女たちも喧嘩を売るのを待つというのなら、周りに目をやっておきなよ」
スーリヤはスッと、目で合図した。この集団、はじめから私たちを狙って動いているようだった。咲夜の対応で、からかうなり嬲るなりした後に捕らえるつもりなのだ。
「聖奈、咲夜のかわりに指示をしなよ」
挑発的に七菜子がいう。スーリヤもうなずくので、私は指揮を担う。
「スーリヤは咲夜のカバーを。ハープはホロンとグラルトを守って」
「ボクは戦えるよ!」
「ならハープの背中を守って潜んでいる奴らを警戒。七菜子、あんたは私と後ろの連中をやるよ。変な武器の試用はなし」
言い方を変えてホロンには、ハープの側につかせた。誰が敵か味方かわからない中で、普通に魔法で制圧するような場面ではないからね。
ならず者のような連中が来たのは、船を預ける時に値踏みされたからだ。冒険者としての実力や貫禄があっても、ハープやスーリヤは私たちとさほど年齢は変わらない。先輩人形に乗っているグラルトが一番年上に見えたくらいだ。
「人買いや奴隷商人って、やっぱりいるのね」
「私たちのいた地域は奴隷商人はいないんだって。かわりに悪しきものとかの教団が拐っていたから一緒なんだけどね」
どの世界にも、どの時代にもそういう生業のものがいるのかもしれない。級友たちも理由はわからないが呼び出された際に、兵士達がそんな会話をしていた。
私たちは言葉がわかる。でもクラスメイトのあの子たちは、何もわからないままな気がする。
ひとつ言えるのはモブ男たちの異世界観はまやかしだった。現実の厳しさは異世界の方が過酷なくらいだ。モブ男たちに任せて来たようなものだけど、あいつら異世界の現実を知っていたから大丈夫だよね。
悶絶する咲夜に、ニヤニヤする男の一人が声をかけ、肘鉄を食らっていた。予想外の動きに、一瞬ビクっとなった男達。でも、すぐにニヤつき直し咲夜を囲う。
「七菜子、来るよ」
手を出した瞬間に動く決まりでもあったのか、待機していた後ろの連中もやって来る。
「あちゃぁ〜、あの旅人連中終わりだよ」
「ハザンの鬼畜商人に目をつけられたな」
「退散退散。あいつらハザディノスの貴族と繋がっているからな」
何も知らない私たちに、災難の理由を教えるように言葉を残して、街の人たちは逃げ出した。戦おうと思わない方がいいって事?
「着いたばかりの最初の街から、また随分な歓迎ぶりだね」
様子を見ながらグラルトとホロンを守っていたハープからは、余裕そうな言葉が出る。見ただけで実力がわかるくらいの連中なのだろうか。私や七菜子には届かない境地だった。
【星竜の翼】 は、こういった荒事には慣れている。むしろ土地の有力者が自分たちからやって来てくれた、そう考えているように見えるのだから不思議だ。
咲夜に絡んだ男たちは、駆け出したスーリヤによりあっという間に地に叩き伏せられていた。剣を振るうまでもないようだ。ハープも脇から襲って来た連中を簡単に素手で制圧する。
私と七菜子も、後ろから来た連中を二人で協力しあって叩き潰した。




