序章 第十九話 聖女を守るのは────イケメンな勇者(♀)
錬生術師カルミアのやっすい挑発を受けて、咲夜がむくれていた。装備まで新しくしたというのに今さら「敵である帝国側につくならどうぞご自由に」 と、そっけなく言われたからだ。
咲夜に憑くおじじの話しではカルミアが捻くれているせいで、誤解を生むそうだ。フォローするつもりはないけれど、彼女なりの優しさだ。死ぬくらいならば、降伏してでも生きろと言いたかったのだと思う。
私は既にカルミアに魂を握られている。咲夜と向き合うために、悪魔のようなこの少女に自分から差し出した。たとえ裏切っても、カルミアが魂を握り潰せば私は死ぬ。
何度も生き返った事で、私の魂は弱っている。預けた魂が失われた時点で私は死ぬと言われていたからね。存在そのものが消滅するかもしれない。私であったことが何も残らないなんて……そんなの悲し過ぎるよ。
「聖奈、貴女が生き返った時はどんな感じだったの?」
「何よ急に。意識はしっかりしていたよ。ただ寒いというか、凄く神経のすり減ったような疲れがあるよ」
魂がすり減るのは、魔法の力みたいなものを消耗するのかもしれない。それ殺した相手が信吾だと怒りや怨みが湧くし、咲夜なら悲しみが支配する。
「ねぇ、聖奈。あたし、散々あんたをぶち殺したけど、七菜子は助けたいって言ったら────泣く?」
「……イジワルなこと言わないでよぉ」
咲夜は私が七菜子の話しを嫌がるのを知っていながら、意地悪な事を言うから泣いた。私の事は容赦なくぶち殺したのに。
私が悪いの……わかっている。カルミアに言われても平気なのに、咲夜に冷たく言われると無性に悲しくなる。
「悪かったってば。聖奈の気持ちを確認しておきたかったの。あたし、信吾をぶちのめしていいんだよね?」
「咲夜?!」
降伏なんかしない。咲夜は私の為に信吾をぶちのめしたいと言ってくれた。ただ、やるなら七菜子を助けてからにしたい、それを私に納得させようとしたのだ。
咲夜とは仲直りしたわけじゃなかった。でもここで完全に和解して、本来の咲夜と私の関係に戻したい。咲夜が相談して来たのは私をあてにしてくれているって事だよね。七菜子との事は後でいい。私はそう腹を決めた。
咲夜がまた私を見てくれるなら、私は生命を賭ける。咲夜もそれは同じ気持ちみたいだ。私を信用しきれていないのに、背中を撃ち抜かれる覚悟を決めたのがわかった。
決戦の時が近づく。私ははじめ、ゴブリンと戦うのも怖かったし負けて殺された。でも今は違う。アストやカルミア達と一緒にいる間に鍛錬して、実戦だってこなして来たから。
「こんなの現役女子高生のやる事じゃないよね」
新装備に身を固めて、拳をさすりながら咲夜は緊張を解すように言う。古めかしい建物群の中に入っていくと急に視界が開ける。
「【邪竜のねぐら】 とでも言うべきダンジョンね」
外から見た眺めでは、建物が密集して、こんなに広い場所はなかたっと思う。カルミアが魔力の流れを見て、ここがダンジョンであると看破した。
「魔物がまるで魔物の大暴走に湧いて来たわ」
「数が多い。守りを厚くし、君が指示を出したまえ」
言うが早いかアストは小さくなって自分の姿をした戦闘型の器械像に乗り込んだ。ルーネ、それにアマテルも同じように乗り込む。ルーネはアルラウネとして元々小人だ。アマテルは牛人かと思っていたのに、カルミアの造った聖霊人形だったみたいだ。
「ねぇ聖奈、あれって飛ぶみたいよ」
魔法がある世界なので驚きは少ないけれど、アスト達は戦闘型の人形に乗って自由に空を舞う。人が宙を舞うのは異世界……いやSFか。聖霊人形と違って、器械像は兵器みたいだから。
大量発生した魔物は黒い鰐や蛙人、そして蛇頭の将らしきものたちが次々と出現する。さらに眷属の大軍を呼び出した。一つ目多頭蛇により、強化され戦車を中心に防衛陣を築くレガト達に、人海戦術で襲いかかった。
レガトの仲間達と、ローディス帝国の皇帝モートには何か過去に因縁があったみたい。もしカルミア達の言う事が事実で七菜子達が召喚されていたとするなら、咲夜や私には関係ないとは言えない。
大型の魔物はレガト達に任せていた。それでも魔物の数が圧倒的に多くて、私達は苦戦を強いられていた。
「ため込んだ歴史を今ここで吐き出さなくてもいいのに」
私が戦車と呼ぶ浮揚式陸戦車型の操縦席からは、カルミアのぼやく声が聞こえた。仲間として迎えられたので、カルミアの発明品が咲夜と私の装備に組み込まれている。いまはカルミアとアストの指示が聞こえるように設定されていた。
苦戦の原因は魔物だけじゃない。ロブルタの魔法学園に留学生としてやって来たという、傲慢皇子が暴れているせいだ。人格は元々酷かったそう。いまは力を得て、さらに狂悪さが増している。
「あれは異界の勇者の魂が乗り移ったものかね」
空中からアスト達が降りて来て、状況を報告した。傲慢皇子に目をやり険しい表情になる。
「もっと厄介ですよ。性質が合うのか皇子と融合して、力が相乗効果で上がってるもの」
カルミアも確認の為に戦車から出て来て、警戒体制の指示をしていた。
傲慢皇子こと皇太子セティウスは自分の素性や自国と帝国の関係を知らされて、かなり動揺しているはず。それなのに冷静さは失わない。あの傲慢な感じが信吾だと、私はすぐにわかった。
皇子は皇女ネフティスと呪術師ホロンを従えて、味方のはずの魔物ごとレガトの呼んだ召喚兵を倒していた。
「嫌な酷いやつらが、悪いことをするために気が合うとか最悪ね」
カルミアの言葉には同感だ。皇子の事はよく知らない。でも信吾は────私を犯して殺した犯罪者だ。まだこちらには気づいていない。
「聖奈……大丈夫? 顔が真っ青よ」
異世界にやって来て身体を新しく♂にされたのに、殺された事を魂が忘れていない。カルミアが魂を保護して守ってくれなければ、私は恐怖に耐えられなかったかもしれない。
咲夜は私を信吾の視界に入らないように、自分の身体で隠した。ほんと、咲夜は男前だよ。七菜子の事など忘れて、私の為に身体を張ってくれた。
修学旅行で私が落ちた────あの時だってそうだ。喧嘩して、私に沢山嫌がらせを受けたのに、咲夜は迷わず私を助けてくれるんだから。
怖い。けれども信吾との対峙こそ、私が乗り越えなければいけない。咲夜が手助けしてくれるから、私は恐怖に立ち向かう勇気をもらえる。
アストもカルミアも魔物の大群に怯むことなく防衛陣を築く指示を出してゆく。三、四人で小隊を組んで、ファウダーという結界師の張った守りを突破した魔物達へあたってゆく。
戦車の上ではリモニカという魔法の弓使いとフレミールが支援を行っていた。カルミア達は戦闘向きではない仲間を守る為に戦車に戻り戦闘用兵器で迎撃を手伝う。
咲夜と私は取り残された。カルミアは、非戦闘員の仲間と一緒にいてほしいようだった。レガトから無理をさせないように言われているみたい。
「ねぇ、あたし達は?」
咲夜は私のために傲慢皇子をやる気満々だ。安全な所に隠れてやり過ごす気なんかない。
私も震える身体を抑えながら、咲夜に従う。手が足りてないのは明らかで、咲夜の顔を見て仕方なさそうにカルミアが頷いた。