序章 第十七話 今さらだけど聖女の必要性────なくない?
ヤムゥリとエルミィが緊張感あふれるを顔して咲夜と私のいる部屋に来た。そこにアストが気絶から戻ったカルミアを連れてやって来た。
ロブルタ王国のメンバーと【星竜の翼】が一緒に集まった会議室や客室と、私達が使う部屋は別の魔本になっている。学校で学年や教室は別だけど、体育館や音楽室は共用の場所────みたいなものかな。
「カルミアが何度か気絶したふりをしたよね。それで、実際に探ってみてどうみたのよ」
ヤムゥリがせかすように言った。この人も女王様なんだよね。咲夜をレガトに会わせる前に、カルミアが彼についてどう感じているのかは、私も気になった。
「あれはまったく見えなかったわね。フレミールや魔女さんは、化け物ってわかるレベルなの。でも彼はわからないのよ」
カルミアが真面目な顔をして告げた。映像で見たレガトという青年は、どちらかというと幼さを感じる優しい男に見えた。顔の造形はかなり整った美形だ。信吾やモブ男達がゴブリンに見えても仕方ないくらい。
「あんた……いま一応♂なんだからね」
咲夜がモニョモニョ言った。変な目で見られないか心配してくれたようだ。この人達はみんな変人だから、心配しなくても大丈夫だと思うよ。
「強さの底が、君でもわからないのかね」
アストはレガトだけではなく、シャリアーナ達も強さの質の高さが違うと考えているようだった。
「そうね、招霊君が怯えて一列に整列してるくらいよ」
「見えないけど、本当なの?」
「嘘よ」
ムキィーッとヤムゥリがキレてカルミアに踊りかかった。意外と素直でかわいい方なんだよね、ヤムゥリって。ヤムゥリは武器を使った狙撃が上手なので、魔道具を使った飛び道具を教わった。咲夜と私が先生と呼ぶと凄く喜ぶんだよね。
カルミアが招霊君と呼ぶものは、幽霊とか精霊みたいなものだ。咲夜に憑くおじじ達も似たような存在だと思う。咲夜の場合は、どっちかと言うと守護霊かな。
私が♂にされ実験に使われているかどうか今もわからない。咲夜に関しても弱点を補いつつ、実験を兼ねてるんじゃないかとエルミィも明言してた。
「冗談はともかく、あれらからは逃げられないのだろう?」
アストが少し真面目な顔をして話しを戻した。肉親からの裏切りを経験して来ている彼女なりに、戦いになった時の戦力を計算したんだろう。
カルミアがレガトについて、魔王様なんて言うのは冗談かと思っていた。でも間違いではないかも。咲夜について詳しく知っていたみたいだったし、カルミア達が隠していた情報まであっさり暴露していたからね。
────招霊君を使って冗談を言うもんじゃないわよね。軽く三つくらいは大陸を沈めるだのなんだの招霊君達が騒いでるし。招霊君の冗談は笑えないからみんなには黙っていないと。
冒険者は聞こえないふりをするものとかいう謎の矜持があるから、レガトも持っていると思うのよね。魔女さんと違って、彼は聞こえないふりをしてくれるので助かるわ────
カルミアの独り言がだだ漏れで、言っている内容かま怖くてヤバい。エルミィやメネスから、この状態のカルミアの呟きは本音が多いそうだ。
魔王様からは逃げられない。ゲームか何かで聞いたようなセリフ。カルミアに私が魂を差し出したから逃げれないように、レガトから魔法の加護を受けたメンバーは囚われの鳥も同然だった。
「彼はカルミアと別の意味でおかしいってことね」
ヤムゥリがそう結論を出すとカルミアが一緒にするなと、また揉めていた。
「咲夜って娘はレガトに会わせるの? 私たちそれで貴女に話しを聞く事になったんだけど」
キリがないのでメネスが喧嘩を止める。止めないとカルミアが死んじゃうからね。ほんと、なんでこの人は戦闘力皆無に等しいのに、血の気は多いのが不思議だ。
「メネス、咲夜を連れてレガトに会わせてあげていいわ。自分の未来は自分で勝ち取りなさいな」
……絶対にメンドーになっただけだ。何故そこまで咲夜に固執するのか、咲夜もレガト本人から聞きたそうだからいいんだけどさ。
「ああ一つ忠告ね。レガトをおっさんやお父さん扱いするのは駄目みたいよ。だからお兄さんと思ってあげて。なんか妹に対して拗らせた想いを募らせる変態みたいで嫌ね」
カルミアのこの考えは流石に見過ごせなかったらしい。彼女とヤムゥリを巻き込み、頭に金タライが落ちて来た。“ゴワン” といい響きをさせて、二人とも気絶した。あれは痛い。でも知らない所で悪評を広められる怖さは、私もやった身だからわかる。止めて正解だと思った。
咲夜と私はメネスと、新たに護衛に加わったシェリハと一緒にレガトの待つ場所へと移動する。カルミアに付き合っていると時間がいくらあっても足りなくなりそうだ。
◇
「……まったく自由に思考を喋らせると、とんでもない事を言い出す娘だな」
悪意あるものを出し抜く頭の回転こそ最大の武器。レガトはカルミアと言う少女の持つ厄介さを感じ取ったようだ。咲夜と私の顔を見るなりまず弁明し、ぼやいていた。
ロブルタ王国のメンバーと合流して間もない今の時点で、レガトは魔王の如き存在にされている。彼女達を捉えて離さない酷い奴になっている。それに加えて妹至高の変態の兄にしようとするのだから恐ろしいと思う。
「狂気と知恵が混在した人だよね、カルミアはさ」
「聖奈にカルミア並の知恵がなくて良かったよ」
レガトを前に緊張をほぐすために咲夜が話しかけて来た。私によって悪評を広められたと言うのに、咲夜がクスッと笑う。やっぱ咲夜は大物だよね。私はあとでもう一度改めて謝ろうと思った。異世界に来て反面教師に出会い、私は咲夜に対しては誠実に生きようと誓うから。
「あたしに用があるのって、あんたなんでしょ? てか……そもそも誰なのよ」
レガトはカルミアとは別の意味で困った顔をした。咲夜は頭が悪い。カルミアやおじじ達が詳しく説明したのに、興味がなくて忘れてる。咲夜ってば、人に文句つけといてレガトに惚れたんじゃないかな。その人は咲夜の身内なんだよね、たしか。
背の高さは咲夜もレガトも同じくらいだ。レガトは茶髪茶目、咲夜は黒髪青目。
咲夜のお母さんのサンドラさんは、金髪青目。レガトにとってサンドラさんは祖母的な立ち位置になるんだとか。血の繋がりはないのだけど、幼少期にかなり面倒を見てもらって頭が上がらないのだそうだ。
「ややこしいのはガウツおじいちゃんの存在だな。祖父は母レーナを育て家族になった、転生者なんだよ」
そもそもレガトが祖父と呼ぶガウツこと立花健一おじさんと、母レーナは血の繋がりはないんだとか。レガトのお母さんはガウツに拾われ育てられた。
レガトが誕生する前に亡くなっているので、レガトも伝えられたイメージや残された功績でしか祖父の事は知らないそうだ。
ややこしいのは、私の知る咲夜のお父さんと、この世界のガウツという男は同一人物でありながら、それぞれの世界で違う人生を歩んでいた。
「咲夜が頭が悪いんじゃないんだよ。ガウツ……立花健一を巡り、別の人生を歩んだ先の世界の人間が彼に絡んだ事でややこしくなったせいなんだよ」
咲夜のお母さんのサンドラさんが原因といえば原因だろう。この世界で生き抜いたガウツはもういない。サンドラさんも悲しんだ。しかし受け入れ残された者たちを彼に代わり大切にして来た。
その恩人である彼女のために、話しをややこしくさせた人物が二人いる。レガトの母レーナと、女商人リエラだ。
咲夜の家によく遊びに来ていた、少し危ない感じの金髪美女リエラ。女商人と言われて咲夜も私も納得した。
「あの派手な人が咲夜ん家の生活に関わっていたんだね」
私にはお菓子をよくくれたし、悪い人ではない。ただ咲夜を見る目が変質者のようで気持ち悪かった。「愛しい人達のけっしょぉぉぉ〜〜」 などとすぐ興奮する変態だった。
立花家を影でサポートしていたのが彼女で、生活に困らないように月に一度以上はやって来た覚えがある。
「そのリエラも、おじいちゃんに助けられた事があって惚れていたんだよ。リエラにとってサンドラさんは恩人でもありライバルだったようだ」
レガトの掴んでいる情報では、恩人達に報いたい母レーナがリエラの想いに悪ノリして、逆行転生を行った。
「この世界で立花健一は亡くなっているのは事実だからね。生きているおじいちゃんに会うには、時を遡る事になる」
それは立花健一が巻き込まれ転生にならなかった────もう一つの世界の誕生を意味する。
「ややこしいのは、おじいちゃんがすでに亡くなっているこの世界に、生存する世界からやって来た子供がいる事だ」
ピシッっと空気がしまる感じがした。真剣な表情のレガトに対して、咲夜は何故か困惑している。えっ、まさか戦いにはならないよね。私は固唾を呑んで二人のやり取りを見守るしかなかった。