序章 第十五話 聖女より────警備員が人気です
巨大な邪竜の悲しげな咆哮が、魔力で隔たれているはずの魔本の中の異空間にまで響く。
「何をすればあんな悲しい悲鳴をあげるんだろう」
邪竜の巨体が大きく近すぎて、映像はあまり役に立たなかった。外に仕掛けに出たメンバーが戻ってくる。
「……なんか匂うね」
咲夜が鼻をクンクンして嗚咽した。あからさまにヤバいクサい臭いなのに、何してるんだか。
「言ったでしょ? 勝てなくても戦いようはあるものなのよ」
勝ち誇るカルミアが少しうざく思う。なんと言うか、隙だらけの首を仲間達がクキュッとしたくなる気持ちがわかるよ。小憎たらしい可愛さとでも言うのかな。♂にされて変な気持ちになったわけじゃないよね?
「覚えておくといいわ。どんな魔物でも臭いや魔力感知を鈍らせ視界を濁らせてやれば、獲物は追えない。まあ、完全じゃないけれど時間稼ぎは出来るわ」
カルミアの指示で魔物が嫌悪する強い臭気と、超激辛唐辛子をすり潰したような刺激で嗅覚を狂わせる。おまけに酒気で酔うような魔力酔いで、邪竜の魔力感知を鈍らせるものをぶつけたのだ。粘着するので剥がすまでは苦労するだろう。悶え苦しむ巨大な邪竜を後にして、カルミアは私達を戦車ごと魔本の中へと押し込んだ。
「魔本が残っちゃうんじゃないの」
「いま使ったのは一回限定の転移陣みたいなものよ。使用後に残った紙は灰になるの」
魔力の痕跡を辿らせないために使う緊急用の魔法陣。私もわりと知っている、いかにも魔法の呪文書って感じのものだ。異世界っぽいよね、こういう道具って。
「咲夜と違って、私はもう少しなら魔法使えるけどね」
少しだけでも咲夜に勝ってる部分があると自慢して褒めてもらいたくなる、私の悪い癖だ。
「あっ、なんかムカつくんだけど。そんなへなちょこ魔法なんて発動前に潰すからいいもん」
この咲夜とのやり取りは楽しい。巨大な邪竜に追われていたというのに、緊張感のないメンバーに咲夜も私も染まって来た。生き死にのかかる戦いだから、もっと殺伐とした感じを想像していたよ。
「学校にいるのとあんま変わらないね」
咲夜も同じ感想だった。年齢が近いのと、女の子ばかりだからかな。私も♂の身体だけど、心は女の子だもんね。う〜、なんで♂にする必要あったのか、カルミアは教えてくれないんだよね。恥ずかしいさは薄れ、慣れて来たけど。
私達は戦車内に待機している。移動した先は誰かの戦いの場だった。外の様子は映像で見れるから助かるよね。カルミア達が先に戦車から降りて行き、そこにいた男に声をかけていた。
◇
「初めまして、ロブルタのみなさん。僕はレガト。冒険者クラン【星竜の翼】のリーダーをやっている」
カルミアからもらった伝達魔道具のおかげで、待っていた男の声が聞こえた。カルミアやアストとの会話で聞いていた【星竜の翼】と呼ばれる冒険者グループのリーダーだった。
「ギルドとかクランとかよくわからないよね。救急隊員みたいなものなのかな」
「どっちかと言うと、片付け屋さんとか便利屋さんに近いんじゃない?」
冒険者と言うのは、魔物退治が仕事ではないそうだ。だから何でも屋さんが正しい認識だと思う。依頼とか要望を募るお役所的な組織が存在していて、冒険者に登録を行っているものは、そこから自分に合った仕事を探して請け負う。
好まれるのは安全でお給料が良い仕事だ。大半の人は、魔物と戦うより護衛や配達など簡単な仕事を好むそうだ。エルミィから教わった話しでは町の警備兵や貴族の騎士隊など、生活の安定する職業や永久雇用につけるのが一番良いと言うことだった。
「警備員の仕事が人気なのは、私達の世界とは逆だね。溝浚いや煤払いのような、汚れ仕事は不人気なのは私達の世界と一緒みたいだよ」
咲夜に憑いているおじじ達は魔物についてや戦闘に関する知識はあるのに、庶民的な知識はあまりなさそうだった。役に立つ知識か限定しすぎてポンコツなのは、カルミアの便利魔道具と一緒なんだろう。
「でたわね、魔王様────」
カルミアが騒ぐ前に、アストが彼女の首を狩り取り黙らせた。仲間と聞いたけれど会うのは初めてらしい。カルミアは、仲間のリーダーを魔王様呼ばわりしてたのか。
「その娘の奇行は聞いているから、好きにさせてやっていい。敵への警戒は頼むよ」
気を失ったカルミアをそのままに、レガトとアスト達が挨拶を交わす。戦車内に設置された魔本の中にはまだ咲夜と私が会っていない仲間達がいた。何人かは私と同じようにカルミアが錬生した聖霊人形がベースの存在だ。女性が多いのはもともとアストリア女王の親衛隊を兼ねていたからだそうだ。
「ごっつ君という男性型人形もあるんだよ。カルミアは複製を作り出すから気をつけなよ」
エルミィは何体か自分をベースとした、男性型の戦士を造らされたそうだ。見た目で威嚇するためなのだろう。野営中の盗賊避けに男性型も必要なのね。
「邪竜の悶える声が聞こえたけど、何をぶつけたんだい」
話しは突如としてあらわれた邪竜の事になっている。中継役はカルミアが気絶したのでアストの胸にひっつくルーネが代行していた。アルラウネのルーネは小人のようだけど、有能だ。
ノヴェルの魔本で言葉や文字の勉強もしているからだ。薬草について教えてくれたのはルーネ先生だったし、草木を扱う魔法も習った。
「あのルーネって娘、咲夜や私より頭が良いよね」
獣や魔物は言葉が喋れない。だから能力を低く見られがちだけど、私にはあんな複数の人形を同時に扱うのは無理だ。言葉が通じないから低脳とは限らない。魔法のあるこの世界ではとくにそうだった。
「そうね。もともとアルラウネって種族は、マンドラゴラとか植物の眷属を呼んで扱うのに慣れてるんだって」
咲夜が得意気に教えてくれたけど、情報源はおじじ達でしょうに。伝達能力が上がったのは咲夜にとってはプラスになるね。
外では気絶したカルミアに替わり、アストが話し合いを続けていた。なんか牽制しあってるみたいだ。
「腹の探り合いのせいか、二人の笑顔が嘘くさくて怖いよね」
おじじ達のアドバイスかな。咲夜も社交辞令がわかるようになったね。二人の会話からカルミアの素性や【星竜の翼】の情報が流れて来た。こちらの世界に詳しくないので、おじじの憑いている咲夜はともかく私には何の事かわからない話しばかりだった。
「宝魔!?」
「【神謀の竜喚師】の?!」
「金欠病は遺伝か。不憫な」
邪竜が悲鳴を上げながら徘徊しているので、レガトが私達の乗る戦車────浮揚式陸戦車型に乗って来た。咲夜に関わりがある人なんだけど、様子を見るために咲夜と私はカルミアの錬金部屋から自分達の居室へと移動した。
カルミアも起こすと面倒そうだから、寝室で休ませることになったみたいね。レガトの仲間が別の所で合流するために待っているのだと、顔色の悪いメネスという少女が教えてくれた。
アストとカルミアを中心としたロブルタ王国のメンバーと、【星竜の翼】のメンバーが一堂に会するのは初めてらしい。私達と親しくなったエルミィなどは、緊張で顔が固まっていたもの。
しばらく進むとレガトの仲間達が待っていた。みんな戦車内へと乗り込んで来た。魔本の中にはアストが使うための広い応接室も用意されているので、大人数にも対応出来るんだそう。
咲夜と私が退屈しないようにメネスが、会見の様子を見れるようにしてくれた。
一番緊張感の高まったのは、シャリアーナという女性とアストが対峙した場面だった。
「シャリアーナは隣の大陸の女帝だってね。アストといい、この世界は偉い人が現場に出るものなんだ」
「いや、違うよ。王族や貴族が現場に出て指揮を取ることはあるとしても、一介の冒険者として活動するのは有り得ないからね」
咲夜の素朴な疑問をメネスが慌てて否定した。そして補足する。
「今でこそアストも女王だけど、もともとは期待されない立場の第三王子だったの。シャリアーナさんも確か第三公女だったはずだよ」
冒険者としての功績があったり、事件があったりと、状況が変化して当初よりも高い身分になったそうだ。
「もちろん全てではないよ。この世界は広いから、王様が冒険者ギルドを開いて、ダンジョンに挑んでいる地域もあるかもしれない」
偉い人が現場に出て無理をされると周りが困るのは、どの世界でも一緒みたいで安心した。ゴブリンだって、偉いやつは最後だったもんね。
────それにしても映像越しなのに緊張感が伝わる。咲夜とは喧嘩はしたけれど、子供同士の喧嘩に近い。プライドをかけた女の戦いって迫力あるんだなと思った。