序章 第十三話 聖女と────初めて見るドラゴン
アストや彼女の妹分のバスティラ王国ヤムゥリ女王が、なんでアーストラズ山岳地帯を移動中なのかが気になった。
はじめは王族の気まぐれ旅行に見えたから、気づかなかったんだよね。
「言ったでしょう、ローディス帝国と戦うって。わたしも面倒事は嫌なんだけど、国元にいると先輩のお母さん達に襲われるのよ」
「僕が悪いみたいに言うのは止めたまえよ」
カルミアの背後からアストが忍びより首を狩る。英雄女王アストは、もともと男装をしてロブルタ王国第三王子として振る舞っていたそうだ。王国を取り巻く陰謀にカルミアは利用されたのがきっかけで、二人は信念のためや政敵を騙すために殺り合っていた。
いまも逃避行動に見せて、敵対するローディス帝国の帝都を急襲しに向かっているという。なんと言えばいいのか英雄女王と呼ばれるだけあって、行動力が凄い。ただ、そこに咲夜と私を巻き込まないで欲しかった。
「ふぅん、でも元の世界にいたままだと、仲直りどころかあなた達は死ぬ運命から逃げられないわよ?」
私の思いを読んだかのように、首を絞められたままのカルミアが言った。言い方が小馬鹿にした感じでムカつく。アストが私のかわりに首をキュッてしてくれた。
それにしてもカルミアは痛い所を的確に突くし、頭が私より断然良い。駆け引きしても勝てそうにない。でも知っておきたい事がある。
「私の知る常識と異世界の常識が違うのはわかるけど……本当に死が前提にあるなんて正常なの?」
王族に陰謀は付き物だと思うから、王子を騙っていようが、偽物だろうが私は何とも思わない。でも……生命に関わる事は聞いておきたい。
「カルミアがおかしいという認識で間違いないよ。異界の強者も、蘇生の魔法を扱う者はめったに見ないからね」
エルミィが答えてくれた。……良かった、魂を好きに扱うのが普通の世界とか、生命がいくつあっても足りないもんね。
「あなた達だって、何度もわたしを死の淵へ追いやったのを忘れないでよね」
やはりこの集団はカルミアを筆頭におかしかったようだ。私の身体と同じ聖霊人形のヒュエギアとか、私のハンマーの元の持ち主のノヴェルは比較的まともで良かった。
咲夜はノヴェルから魔本で文字を教わっていて、かなり仲良しになっていた。咲夜の場合は読めなくても、おじじ達が教えてくれる。
「……まあ、しばらくは魔物はあなた達を中心にして退治するから」
「また初心者ダンジョンのような場所に放り込まれるかと思ったよ」
戦闘経験を積むためなら、ダンジョンの方が効率は良い。咲夜も私もゲームをやり込んでないからわからないけれど、レベル上げの修行とか訓練ってダンジョンみたいな場所なんだよね。
「そんなにダンジョン行きたいのなら、役割果たした後にでも行くといいわ」
別に行きたいわけじゃないって。でも、異世界を旅してみたい気持ちはある。咲夜はどうかな。
「あたしも興味はあるよ。ほら見て、この指輪。ノヴェルの魔本が収納されてるんだって」
ノヴェルはドヴェルガーと呼ばれる大地の種族で、彼女自身はドヴェルクと呼ばれる特殊な存在らしい。フンスッと小柄な身体で可愛らしく勝ち誇っているけれど、見た目に騙されてはいけない。ノヴェルは魔力も腕力も、魔法を使った状態の私より強いのだ。
ノヴェルは教えるのが大好きな娘だ。私がエルミィ達と魔法の勉強をしている間に、咲夜も小さな妖精のようなルーネやブリオネと一緒に勉強していた。
咲夜は私に習った文字を教えるんだって息巻いていたけれど……ごめん。なんかこの身体は異世界の文字とか言葉とかはわかる仕様になっていたの。
「無駄にハイスペックなんだから。聖奈ばっかりズルい」
咲夜が悔しそうに拗ねたので頭を撫でる。昔の私を見るようで懐かしい。あぁ、こういう時は咲夜が頭を撫でてくれたのは理不尽に向けられる怒りと、どうしようもしてあげられない遣る瀬無い気持ちがナデナデさせるんだね。
────その後も咲夜と一緒に何度か魔物と戦った。戦いの場に向かっているというのに、緊張感のないメンバー達といるせいで怖さは感じないで済んでいる。助かるけど、騒がしくて大丈夫なのか心配になる。
「なんか聖奈、真面目になったよね」
「何を言ってるの。もともと私は真面目よ。咲夜こそ、勉強嫌いだったじゃない」
咲夜も私もお互い以前と違って、慣れぬ環境に適応しようとらしくない姿を見せ合っていた。環境が人を変えると言うけれど、生き死にのかかった状況では変わらざるを得ないのだと実感した。
アーストラズ山岳地帯を通る私達の乗る浮遊する戦車は、ローディス帝国側へと入った。カルミアが赤い髪の長身美人のフレミールに何か頼んでいた。
「ねぇ、あれって……」
咲夜が飛び立つ赤髪の女性を見て、驚きで声を失った。フレミールという冒険者の女性は大きな紅の竜へと変身したからだ。
「あれはドラゴン……?」
思っていた何倍も大きい。巨大ロボットの模型を見た時だって感心したものなのに、ドラゴンを見ると異世界なんだと強く実感した。
ローディス帝国へ攻め入る話しは聞いていたけれど、あんな大きな竜がいるのなら私達は戦う必要なくなるよね。
山林の枝葉の陰に隠れてドラゴンの姿は見えなくなった。魔力を扱う訓練をしていたから少しだけどわかる。凄い魔力の高まる反応と、何かが破壊され崩れ落ちる音が聞こえた。