序章 第十二話 聖女だけど────ハンマーが手放せません
咲夜と私は荒野のダンジョンで使っていた専用の部屋をそのまま使っていた。魔本にされた部屋はいくつもあって、カルミアのいる部屋に繋がっていた。
私達の乗る馬車は戦闘を想定したもので、軍隊の乗る戦車や装甲車みたいな感じだった。モブ男達なら詳しいのかもしれないけれど、咲夜も私も軍用車両なんてわからない。
ただ大きさに対して、搭乗人数がやたらと多い印象だ。この乗り物一つに乗っていると言うよりも、人のいる場所がこの乗り物と繫がっていると認識しないとこの世界ではやっていけない気がした。
「あたし達の世界のものを作って売れば大儲け出来るって、あいつら言っていたよね」
モブ男達が言う事の大半はデマだった。
「しょせん誰かの受け売りだよね。想像した世界と現実は違う事なんて良くある事だしさ」
魔法なのか科学なのかは置いておくとして、人が人を呼び出せる時点でまず私達の世界より凄い事をしている。
乗り物だって馬車って呼ぶけれど、明らかに浮いてるし、飛べるそうだ。面白いのは、昔の本当の馬車も使われている事だと思う。カルミア達の方が異常で少数派のようだけどね。
「資源の豊富さと、生活環境の違いだよ。君たちの世界では、草木一本生えていない道ばかりの所があるそうじゃないか」
多忙なカルミアに代わり、魔法を教えてくれる少女が咲夜と私の話しに割って入った。魔法の眼鏡を掛けたエルフ族のエルミィだ。アスト……そう呼べと脅された……と同じ金の髪。ただエルミィの髪は白味がかった金髪だ。瞳は珍しい美しい碧眼。それとカルミアのよくいる部屋のおしりの魚拓のような飾りは彼女のおしりだ。
「経緯については触れないでほしいね。君たちもカルミアの頭がおかしいのはわかっただろう?」
この人もカルミアに関わって、人生が変わってしまった犠牲者だった。エルフの王族の娘さんらしいのに、カルミアの助手でいる事に満足しているみたいだけどね。
「変な人だよねカルミアって。でも人気はあるようだね」
私が呟くと咲夜も頷く。咲夜は順応性が高いから、すぐに彼女の仲間達と打ち解けている。エルミィも咲夜がカルミアの代わりに呼んでくれた。好かれやすいのは咲夜も同じだな、と思った。カルミアからかなり酷い扱いを受けた私に対して、エルミィは仲間仲間と何故か喜び、凄く同情的だった。
聖霊人形と呼ばれる錬生術師が創り上げた生命体以外は、みんな何かしらカルミアによって酷い目にあっているそうだ。何かこの人達はとんでもない集団な気がして来た。
咲夜と私はアーストラズと言う名前の山岳地帯の中で鹿の魔物と戦っていた。
「黒い鹿の魔物って言うんだって。氷礫を飛ばすから気をつけて」
咲夜が取り憑くおじじ達からの情報を伝えてくれる。咲夜と私の修練のために、眼鏡エルフのエルミィとバニーガール姿の剣士ヘレナが近くで見守る。ヘレナはカルミアの最初の友達で、アストの専属護衛騎士でもある。
とても可愛らしい女性なのになんでバニー姿なのか謎だ。でもとても料理が上手だった。咲夜と私のご飯は彼女の手作りだったので、二人でお礼を言ったら喜んでいたっけ。アストの専属なのに私らといていいのかな。
「聖奈、ボーッとしないの。私が右のをやるから、聖奈は左ね」
鹿の魔物は四対いる。アーストラズ山岳地帯は万年雪があって、足を取られる。背が高く足も長い咲夜と違って、私には結構厳しい。つくづくこの身体、欠陥品だと思った。
「来るよ!」
魔力が湧き上がり、氷の礫というか氷柱のようなトンガリがいくつも襲って来た。
「こんなの、効くかっての!」
私は手にしたハンマーで飛んで来る氷柱をまとめて叩き壊し、跳躍する。咲夜のように身体能力が高くない分、魔法の跳躍補助とハンマーで鹿の魔物を殴りつけた。
「風の魔法をうまく扱えるようになったようだね」
エルミィ直伝の風の魔法を足に纏い跳躍の力に変えた。身体強化と違い外部補助の魔法なので、魔力消費は強化より高いけれど私の身体に負担も少ない。
「あれノヴェルのハンマーでしょ? あの娘、そんなに力はないよね」
エルミィとヘレナの声が聞こえる。聖女なのにハンマーを振り回すのはどうかと思う。でもこのハンマーはぶん殴りたいやつを殴りつけるまでは持たせてほしい。
ダークベナードの一体を叩き潰して、もう一体に突撃されそうになる。風の魔法で少し飛び、交わしざまにぶっ叩く。魔力をこめて軽く素早く角のない脳天へハンマーをぶち込んだので、突撃の勢いがそのままダメージに重なり一撃で倒せた。
「やるじゃない、聖奈」
そういう咲夜も蹴りとパンチでダークベナードを倒していた。ゴブリンキングに比べると、氷柱の魔法にだけ気をつければ問題なかったね。
魔法の行使もスムーズに行えた。詠唱とか杖とかいらないみたい。
「魔法の体系というものがあって、詠唱や杖がないと魔法を使えない人もいるんだよ」
異界から来るものの中には、特にそういう制約があるものが多いらしい。召喚や転移など元の世界の認識が残った形のものは以前の常識に縛られやすいせいだ。
「それならあたしも魔法使えるのかな」
「君の場合は特殊だから、君のイメージする使い方とは違うと思う」
エルミィは咲夜から訊かれるのがわかっていたようだ。魔法が使えないと咲夜は勘違いしてむくれているけれど、やはり既に使えてるのに気付いてないようだ。
それにエルミィは言葉を濁していたので、扱い方が違うのだと思う。思惑はあるようだけど、咲夜のためにやっているようなので黙っておいた。
正直な所……カルミアだけなら、私でも戦えば勝てそうだ。仲間達の話しを聞く限り搦め手さえ注意すれば、彼女は筋力も弱くかよわい少女だからだ。実際戦場では前に出たがるのに足手まといになる事が多くて困っているとか。だから咲夜が力ずくで聞こうと思えば、カルミアから詳しい話しは聞けるはず。
でも咲夜は腑に落ちない表情を浮かべるだけで、それ以上追及はしなかった。いまの戦闘スタイルが咲夜にあっているから、そんなに気にしていないのかもしれない。
「ほら、ボヤッとしてないで急いで解体するよ」
ヘレナが咲夜と私が倒した鹿の魔物を手早く解体していく。ゴブリンから得られる素材は、角や魔晶石しか使い道のなかった。鹿は角や皮、お肉や魔晶石など使える素材が多い。
「なんか慣れていくもんだね」
魚すら捌いた事のない女子高生が、元の世界にどれだけいるのか知らないけれど、最初に人型のゴブリンから素材回収をさせられたおかげで、咲夜は躊躇いがなかった。
私はぶっ殺され自分が横たわる側だったので、回収はまだ苦手だった。しかもここは魔境と呼ばれる山の中なので、血の臭いに引き寄せられて強い魔物が来てもおかしくない。
「聖奈、急がないと次が来るよ」
おじじ達が咲夜に接敵を知らせたらしい。
「聖奈の獲物は囮にするから肉はそのままにしておこう」
エルミィ達も次の魔物が近づく気配に気付いていたようだ。エルミィは眼鏡に、ヘレナはウサ耳にレーダーみたいな機能があるんだって。私もそういうのほしいかも。
「あれはでかい雪蛇だね。仲間を呼ぶし、しつこいんだよ」
エルミィが嫌そうに言った。近づいて来るのは大型で凶暴な蛇らしい。私達は獲物を残しさっさと逃げた。怒らせると雪の中から襲って来るので、倒すのが面倒なんだとか。
「砂漠や湿地のワームなんかと違って麻痺毒を振り撒くから、戦う時は状態異常耐性を高めておくといいよ」
丁寧に蘊蓄を披露してくれるけれど、私はそもそも私は戦いたいわけじゃないってのに。
「今日はお肉たっぷりのシチューが出来そう。咲夜、手伝ってくれる?」
ヘレナは戦果のお肉が手に入ってホクホク顔だ。咲夜が餌付けされそうだけど、彼女の母サンドラさんのご飯はプロ顔負けだったから大丈夫かな。