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序章 第十話 聖女とは────苦しみや悲しみを乗り越えたもの

 咲夜と私は広いダンジョンの出口から出た。二人で予想していた通り、そこはなんだか見覚えある部屋だった


「貴女達には、わたし達と一緒にローディス帝国という国に向かってもらうわ」


 錬生術師と名乗る目の前の変な女の人が、唐突にそう告げた。手元にあるのは咲夜の持つ魔本と同じものだ。部屋に出入りするように、ダンジョンにも出入り出来るのかもしれない。


「前に話したわよね。貴女達は本来ならそのローディス帝国で召喚予定だったって」


 戸惑う私達のことなど構わずに、頭のおかしい錬生術師は一方的に話す。咲夜も私もいきなりこの世界へ転移させられて、何もわからないまま放り出したの忘れてない?


 ……わたし達っていうことは、この人は仲間か友達がいるんだ。研究者や仕事仲間かもしれないけど。帝国って聞くと歴史で習ったような昔の大きな国だよね。行く理由もそうだけど、まずここがどこなのかすら私達知らないってのに。


「人の話しを聞かないというか、仲間にはバレバレらしいよ」


 咲夜に憑いているおじじ達の話しを聞く限り彼女は独り言を呟く癖がある。身につけた魔道具でそれが仲間につたわるらしく、後から説明しなくて済む生活をしているようだった。


 咲夜に憑いているおじじ達も勝手に喋る。私なら一方的に勝手に喋りかけられるの嫌かもしれない。そう考えると咲夜は精神的にタフだよね。


「まあいいわ。簡単に言うと、帝国には四人の皇子と一人の皇女が器として育てられ用意されていたのよ」


 私達が目をきょとんとさせて、反応が悪いのが少し気になった様子だ。それでも何の事だかわからない。これじゃあ出来の悪いゲームの案内役と変わらないよ。どうやら前に話していた咲夜や私や七菜子などが、本来やって来た時に用意されていた人間がいるらしい。


 私達は転移だけど、本来のルートは転生だったみたいね。ただ気になる事がある。


「それって数が合わなくない?」


 咲夜も気付いたみたいだね。人数もそうだし、性別も合わない。


「そうよ。乗り移るのが男か女かはともかくとして、器は五つ。あぶれたものは、召喚による強化を得られないままやってくる事になるから大した力を持てないわけ」


 あたしは聖奈と顔を合わせる。なんとなく私達の構図が見えた。元の世界での延長にも感じる。


「気がついた? この召喚は咲夜があぶれる予定だったの。異界から呼ばれた強者や勇者って、突然の力に酔いしれ制御出来ないものだから、力のないものがどういう扱いになるのかわかるわよね」


 モブ男達がそんな事を言っていたような気がする。すごく傲慢になったり我儘になったりさして、ハーレムを築きたがるって。力を得られなかった者への扱いが想像出来てしまう。信吾だけじゃない、モブ男達だってヤバい。


「実際そこまで好き放題出来る力を持つのは、貴女達の世界でも有名な人物とかよ技能を持っている人達だけよ。庶民が力を得るより、何かを成し遂げたような人物の方が優れているに決まっているものね」


 ただ力が強いほど制御が困難になるようだ。呼んだはいいけれど、それが原因で滅ぶのは本末転倒だよね。 


「それであたしと聖奈が帝国にいたらどうなったと思うの?」


 咲夜がわかりきった質問をした。あの状態で呼ばれたのなら……間違いなく私は咲夜をいじめただろう。信吾とかはもっと酷いかもしれない。七菜子は、保護に回ると思う。彼女は見た目より腹黒いし、咲夜が好きだからね。


 それにしても今更だけど、私はどうしてこんなにも自分勝手なんだと思ってうなだれる。咲夜はそんな私を嫌いだと言いながら、もう許してくれた気がする。


 錬生術師の女の人は私達の様子をジッと見る。何を考えているのかわからなくて怖い。それ以上に酷い奴がいる。


「……現実は貴女の想像するより、もっと残酷だったはずよ。おそらく貴女達は最後の戦場に駆り出されて、魔王様や魔女さんの部隊に討たれただろうから」


 えっ? いまこの人、魔王とか言わなかった? 召喚した側が悪いやつらなの?


 この謎の錬生術師の話しが事実なら、私達は魔王様と言う人に嫌がらせをするためだけに呼ばれる事になる。魔王様を怒らせ、殺される運命にあるのだとか。


 咲夜は魔王様にとって叔母になるらしい。魔王様の母親が魔女さんと言うらしくて、彼女が捨てられていたのを拾って育てたのが、咲夜のお父さんだそうだ。血は繫がっていないし、異世界事情が重なって本人ではあるのに、異世界で彷徨っていた咲夜のお父さんは咲夜にとって本物ではないようだけれどね。


「ややこしいわね。わざわざ自分が不利になる事を言うし」


 咲夜が難解なパズルを前にしたかのように渋面をつくる。咲夜は咲夜で疑っていたんだね。錬生術師の情報からわかるのは関係性はどうあれ咲夜の両親を慕う、家族のような人達がこの世界にいるという事だ。


 そして悪い輩が彼らを絶望させるために咲夜を狙った。私は咲夜を狙う悪い奴に利用され聖女だなんだとおだてられ戦わされる所だった。


 見たわけではないから、この女の人が正しいとは限らない。だいたい呼び出したのは錬生術師の彼女である。仮定の話なんて眉唾ものだ。咲夜はおじじ達によって洗脳されたかもしれないけれど、私はまだ自分を信じたい。


 だいたい♂にされたし、酷い目に合わされまくっているので錬生術師の方が敵かもしれない。魔王様とか言っているので、善人かどうかだって怪しい。それにこの趣味のおかしい部屋────どう考えたって、ヤバいのはこの女の人でしょう。


「なによ。わたしを疑っても貴女達の境遇が変わるわけではないわよ」


 この変な女の人はニヤッと邪悪な微笑みを見せた。私達の足元を見てる感じで悪魔そのものなのに、間抜けなおしりの飾りのせいで頭が混乱するよ。


 ……咲夜は迷ってるみたいね。この女の人が敵か味方かわからないけれど、言っている事が本当っぽいからだ。


 咲夜の母親は確かに異世界人と言われても納得の造形をしていた。同じような姿の人間なのに、美しさが私達の世界の美人の基準を軽く上回っていたもんね。


「あたしは、そんな嫌なやつらに好き勝手されたくないかな。例え異世界でもさ」


 攻め込む魔王様とやらをただ絶望させ、嫌がらせをするためだけに、私達は呼び出され戦わされ殺される予定だった。


 咲夜が無様に死んでゆくのを見て悲しむ人達を嘲笑うために────。


「そんなの、酷すぎるわ」


「そういうやつが貴女達の敵なのよ。現に成功しかけて、ギスギスしてたでしょう」


 実際に咲夜は別として、私や信吾や七菜子の間に不穏な空気は流れていた。だから図星、何も言い返せない。


「まあ……そうさせないために魔女さんが動いているの。その流れでわたしにこんな真似させたのよ? 理不尽よね〜」


 この変な女の人も被害者だったようだ。少しもそう見えないけれど。


「貴女が敵ではないのはわかった。それより私の身体どうなってるのよ」


 私の身体が無駄に高性能な理由は知っておきたい。


「あぁそれは、後で信吾とやらに見せつけるためよ」


 何を言いたいのか、意味がわからない。


「会えばわかるわよ。眼鏡男子君もそうだったのよね。あいつら、自分の性癖が歪めて伝わるの嫌がるのよ」


 だから意味がわからないよ。性癖って、この人も雑に扱われた事があるのかな。よく見ると綺麗だから。


「ああ言う嫌がらせを楽しむ愉快犯にはさ、嫌がらせで返すか、楽しみを奪うのが一番なのよ」


 私の身体を♂にする事で、対決する事になる信吾に心理的ダメージを与える事が出来るらしい。


「……私を犯して悦に入る信吾とか、さっさとハンマーで殴ってやるわ」


 咲夜に会いたくて、謝りたくて忘れていた。なんで咲夜に嫌がらせするからって、あんな奴に身体を許してしまったのか……後悔もした。悔しさと怒りが私の中に湧き上がる。


「魔力制限は、解除しておくわよ」


 私の身体から突然魔力が、溢れ出した。不思議な感覚に包まれ私は魔法の力というものを初めて実感した。


 魔法の道具を使ってハンマーを軽々持ち上げる時は、私が実感する間もなく魔力を消耗していた。


「それで自分の身体を浄化の光で包みなさいな」


 イメージが大事らしい。私は自分自身を包むあたたかな輝きを纏う想像をする。浄化の光は癒やしの光になって、私の荒んだ魂の痛みを和らげてくれた。

 


 ────穢された聖女。



 悲しみや苦しみを知った今だからこそ、宿る光もあるのだそうだ。ほんと、チートとはほど遠い。苦労なく好き勝手に信吾やモブ男達が俺ツエェェェェ〜〜〜なんてやっていたら絶対にアレを叩き潰してやる。


「いい、絶対に貴女達を貶め力づくで来るはずだから、その聖剣を見せつけてこのホ〇野郎とでも言ってやるのよ」


 この女の人……どっちが悪いのか、たまにわからなくなる。この世界にも変な用語が通じるのが可笑しかった。


 こうして咲夜と私はロブルタ王国という国の偉い人達の乗り物に同乗して、ローディス帝国を目指すことになった。


 乗り物は馬車だ。ただし浮揚式陸戦車型(フロート・イェーガー)という乗り物だ。あたし達の世界よりも別な進化をしていて、馬車として馬にも引かせる事もあるのに、車輪がなく浮遊している。


 技術に色々優れているのに何で馬に引かせるのか、ちぐはぐな気もした。魔法に頼り過ぎると、魔力が枯渇した時や、封じられた時に何も出来なくなる。だからこの世界では何でも出来る魔法があっても、遅れた技術も取り入れていた。


「便利過ぎても良くないって事みたい」


 咲夜がおじじ達と話してそう呟いていた。便利が一番とは限らないのは、私にもわかる気がするよ。


 

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