第4話 じゃじゃ馬たち
そうして、レイモンドと別れたミデンは奴隷兵軍を率いて馬を走らせながら、カナリニよりアウレア帝国軍の陣形と戦況の解説を受けていた。
「おいおいおい。まさかとは思ったが、うちも術師隊無しで防衛戦をやっていたのか! 通りでダラダラ長引いてるわけか。軍の司令部は何考えてやがる」
「術師隊はほとんど、対フランベルジュの西部前線に回されているんです。フランベルジュは魔術師大国ですから。それに、近年の術師狩りは過激化する一方ですし……そもそも人材が足りない」
「世も末だな。だが、いくら三国連合相手だからといって、あまりにもなめすぎているってんだ。ったく……で、今回の大将首はどいつがやってる」
「た、大将首……本陣を預かっておられるのは、パールブス将軍です」
「パールブス? デキムス・タラクサクム・パールブス・スペルキリウムか?」
「……はい。そうです」
アウレアの民の人名は、極めて長い。そのため、他人の本名を全て覚えていることなど、滅多にないのだが……すらすらとパールブス将軍の本名を連ねたミデンに、カナリニは密かに感心した。何という記憶力だろう。
「パールブスか……あの野郎はすぐに調子に乗って出しゃばってくるような奴だった。……ならば、話は早い」
アウレア帝国軍本陣へと向かっていたミデンは手綱を引いて、急に馬の進行方向を変えた。それを怪訝に思ったカナリニは、咄嗟に声を上げる。
「パールブス将軍とお会いになって、連携をとるのでは?」
「連携をとるつもりは端からない。ただ、少しでも帝国軍側の犠牲を抑えるために協力を得る相談をするつもりだった。だが、奴は俺を生物兵器としか見ていない。会った側から調子に乗って話どころか、俺を大駒として使おうとするだろう。奴に俺を扱えるほどの技量はあるわけがねぇし、あの出世欲からして三国連合側を撤退させようが、追討ちとかいった無駄な蛮行に出る可能性がある。俺は面倒は御免だし、今この状況で余計なことでもされたら厄介だ。無駄な犠牲が出る」
「ですが! あなたはアウレアの英雄で、帝国軍最高位の大将軍ですよ? いくらパールブス将軍でも、大将軍であるあなたの指示に従うはずです!」
そう強く進言してくるカナリニに、ミデンは静かに首を振って見せながら小さく息を吐いた。
「脅しも対価も無しに俺が従えることができるのは、俺の奴隷だけだ。それに、今の俺は正式にこの戦の援軍として来たわけじゃねぇ。色々と事情が複雑なんだよ。将軍殿もお前くらい素直で、レイモンドのように話ができる野郎なら良かったんだがな——つまりはまあ、俺にでも相性の良し悪しがあるわけだ。解れ、じゃじゃ馬」
諭すようなミデンの声色に、カナリニは思わず押し黙る。
大将軍の事情とやらはわからないが、人を従わせることなど、生物兵器と恐れられるほどの力を持つ英雄であれば、国を亡ぼすよりも容易いのではないのだろうか。だというのに。意外にも、このミデンという男は常人と同じような感性も持ち合わせているようで、より一層その得体の知れなさがカナリニの中で深まった。
「……わかりました。あと……じゃじゃ馬では、ないです」
「じゃじゃ馬だろ。見てたぜ? レイモンドら相手にあの立ち回りは見事だ。思わずいいところで割って入っちまった。悪かったな」
「いえ、命拾いしました。助けていただきありがとうございます。……あの、大将軍殿。本陣と接触しないわけは承知したのですが……そもそも、どうやってあの三国連合軍をこの軍勢だけで撤退させるのですか?」
カナリニは肩越しに、後ろに連なる百人規模の奴隷兵軍を盗み見ながらミデンに尋ねる。ミデンは些か不安げなカナリニに短く鼻で笑って見せると、顎を振って前を示した。
「すぐにわかる。それより、前見てみろ。絶景だ」
「? ……ちょっ! はあ!? あなた、どこに向かってるんですか!?」
言われた通り、身体を傾けてミデンの鎧越しに進行方向へと目を向けたカナリニは、我も忘れて大きく喚き声を上げた。
いつの間にか目と鼻の先には、帝国軍と三国連合軍の両者、何万人もの兵が乱戦を繰り広げる壮絶な光景がどこまでも続いている。そのど真ん中に、ミデン率いる奴隷兵軍は突入しようとしているのであった。