第九話 牧舞の聞き耳
『第八話 伴野とのゲスい会話』の牧舞視点になります。
二人の会話に牧舞は加わっていませんが、実はしっかり聞いていたというお話。
どうぞお楽しみください。
はぁ……。
教室に着いて、少し落ち着いた……。
あれだけ色々なパターンを想定していたのに、いざあだ名で呼ばれただけであんなに動揺するなんて……。
いや、バレてないんだから落ち込む必要はない。
それに仕込みはきちんと終えている。
「お、おい千重里……」
「あ?」
来た来た。
智也君には、私にも聞こえるように若干大きめの声で話してもらえるよう頼んである。
つられて千重里君の声も大きくなるだろうから、少し離れたこの先でも声は聞こえる。
クラスの大半はそれぞれの友達と雑談してるし、最悪聞かれたって構わない。
「お、お前、昨日 下種さんと一緒に帰ってたけど、どういう事だ!?」
振り返るわけにはいかないから表情は見えないけど、きっと千重里君はドヤ顔をしてるんだろうな。
「何か脅されたりパシらされたりしてないか!? 相談に乗るからな!」
「違ぇよ。あっちから告白して付き合う事になったんだよ」
「は?」
フリという事は隠してドヤる千重里君の声。
予想通りの反応だけど、笑いを堪えるのが大変……!
「……千重里……」
全部を知っている智也君は、きっと千重里君を追い込む言葉を言ってくれるはず。
「美人局って知ってるか……?」
……!
駄目だ……! 笑っちゃ駄目だ……!
「違ぇって! ほらこれ見ろ! 昨日撮ったツーショット写真!」
お、早速出したね。
勿論智也君には写真の事は伝えてある。
印籠が効かない御老公の心中や如何に、なんちゃって。
「え、これ、部屋着!? って事は……」
「あぁ、下種の部屋だ」
「じゃあ本当に付き合ってるのか!?」
「まぁな」
「じゃあもうやっちゃったのか!? 卒業したのか!?」
な、何て事聞くの智也君!
「んなわけあるかぁ!」
あ、そうか。
そう聞いたら千重里君はそう反応するもんね。
あぁ驚いた。
「……え、その反応、もしかして部屋まで行って部屋着の下種さん前にして何もしてないのか……? 嘘だろ……?」
……。
智也君、それ演技、だよね?
それともそれが世間の常識なの!?
……まさか、智也君、慈代ちゃんと、もう……!?
「……何もしてないわけじゃないけどな」
「えっ!?」
な、何もしてないでしょ!? 何言ってるの!?
……あ、一応写真は撮ったか……。
「ま、最後まではまだ早いかなと思ってな。そこは下種も了承済みだ」
「な、何て余裕……!」
う、うん、そうだね。
そういうのは、まだ早いよね。
それが普通だよね。
「それでも『マッキー』『ミッチー』で呼び合う仲だ。学校では恥ずかしいから呼ばないがな」
「り、リア充……!」
動揺からの立ち直りの速さ。
嘘で見栄を張って墓穴を掘らない賢さ。
今朝話したばかりの事まで利用する機転の良さ。
やっぱり一筋縄にはいかないな。
「……俺はまだ苗字呼びだし、デートに三回行ったけど部屋にはまだ行けてないし、ようやくキスができたってところなのに……」
あぁ良かった。
……でももうキスはしたんだ……。
ふぅん……。
「危ない! 蜂だ!」
「!?」
何突然!?
……あ、首の後ろ見てる。
身近な人から確認していくつもりみたい。
……もし智也君に黒子があったら、千重里君どうするつもりなのかな……?
「痛! 痛てて! 何!? 何だよ急に!」
「いやー、蜂かと思って咄嗟に伏せさせたけど、見間違いだったわ」
「あ、ありがとな! じゃあ離して!」
智也君は顔を起こすと、首を振りながら眉をひそめた。
「……でも本当にあの下種さんがお前と……? 信じられないな……」
うんうん、その調子。
そうすればまた千重里君は、新たなアプローチを考えてくれるはず!
「家とかだと何されるかわかんないから、人目のあるところであった方が良いぞ?」
「お前……、いや、そうするよ」
人目のあるところで、って事は、デート、かな……。
良いパスをありがとう智也君!
千重里君から誘ってくれるかな?
それとも私が誘うように仕向けてくるかな?
とっても、とっても楽しみだ。
読了ありがとうございます。
実はこの話は軽〜く流して次の話とまとめてしまおうかと思っていたのですが、牧舞が思った以上に生き生きしてたのでそのまま行きました。
次話はさらに甘くなる予感……。
よろしくお願いいたします。