最終話 下種牧舞の種明かし
『俺と下種さんのゲスい関係』から続いてきたこの話も、とうとう結末を迎えます。
道貞との三回目のデートで、何やら不穏な空気。
牧舞はどうこの事態を乗り切るのか?
どうぞお楽しみください。
三回目のデート。
『フロント・オブ・ザ・サン』の二階席。
奥まったスペースに座った千重里君はじっと黙り込んでいた。
いや、妙な沈黙は今朝会った時からずっとそうだ。
最低限の受け答えしかしてくれない……。
「どうしたのミッチー?」
「下種……」
「ちょっとー、マッキーって呼んでよー」
「……そういう茶番はもういい」
真面目な顔。
深刻な声。
……これはバレたかな。
どこまでバレてるのか、誰からバレたかによって対応が変わる。
まずは探りを入れてみよう。
「茶番って何よー。私に変な男が寄ってこないように、ミッチーが彼氏やってくれてるんじゃん。苗字呼びはなしでしょー?」
「お前はそんなの必要ないくらいに強いじゃないか」
うーん。これは前回の事で疑念を抱いただけかな?
なら誤魔化しようはいくらでもあるけど……。
千重里君がここまで真剣になるんだ。
何か決定的なものを掴んでいるはず。
まだ様子を見よう。
「強いったってさー。告白されるたんびにぶん投げてたらー、学校行けなくなっちゃうよー」
「……それほど男が寄ってくるのが嫌ならば、ギャルの装いなんてやめればいい。なのにそれを続けて俺を彼氏代わりにした理由は……」
「えー? あたしが無理してるとか思ってるー? そん」
「そうだ」
「っ」
断言と共に射抜くような視線。
……これは、結構深いところまで知られてるのかな……?
「……何でそう思うのー?」
「……色々聞いてるからな……」
誰から? 何を?
いや、これも千重里君のカマかけかもしれない。
こちらから情報を出すのは得策じゃない。
「えー? 誰に何を聞いてるのー?」
「俺のお袋だ」
げ。
まさかそこからかぁ。
って事は、出会った時の事から全部知られちゃってるって事かぁ……。
でもまさか沙夢さんが口を割るなんて……。
……これは、観念するしかないか……。
「……ごめんね」
「……何を謝る」
「全部だよ……。千重里君に内緒で勝手に守るって決めた事、小学校の時に出会ってるのに、初対面みたいな対応した事、バレないように色々からかった事……」
「……」
怒ってる、よね……。
目を見開いて、口をぐっと引き結んで……。
でもここで諦めたくない。
千重里君のそばにいるためには……。
「だから、お詫び代わりと言ったらあれだけど、千重里君のボディガードするよ! 前みたいな事があっても私が守るし!」
「……あれはお前がいたから絡まれたんだけどな」
「う……、じゃ、じゃあ彼女のフリするよ! ほら、伴野君に彼女いるって信じさせたいんでしょ? だったら」
「……茶番はもういいと言っただろう」
「ん……」
……これは、智也君に頼んだ工作もバレてるっぽい……。
どうしよう! どうにかしてそばにいないと……!
「……じゃあ、本当の恋人になる!」
「は!? お前、何言って……!?」
「だ、だから、私と千重里君が本当に恋人になれば良くない!? そうすれば茶番でも何でもなくなるし、そばで守れるし!」
「え、ま、待て。落ち着け」
「ちゃんと恋人らしい事もするよ! き、キスも、え、えっちな事も、千重里君がしたい事……」
「待て待て待て! そんな、恋人ってのは、好き同士でなるもので……!」
「!」
頭に昇った血が冷える。
そう、だよね……。
当然だよね……。
「……やっぱり千重里君、私の事嫌いだもんね……」
「は? ……え、お前、その言い方だと、え……?」
「え?」
何かおかしいところあった?
「え、ちょっと待て。お前、小学生の頃、公園でいじめられて泣いてた女の子、だよな?」
「? そうだよ?」
「そうだよな……。じゃないとお袋と繋がるきっかけがないもんな……」
確認するように何度も頷く千重里君。
何だろう? 変な雰囲気になってきた。
「俺が鼻血出して大騒ぎになった事で、いじめがなくなったから俺に恩義を感じていて、伴野に彼女ができて落ち込んでいた俺を励まそうとしてたんだよな?」
「え……?」
あれ?
あれあれあれ?
大筋で合ってるけど、細かいところが違ってる?
……もしかして……!
「……えっと、カマかけた?」
「……あぁ。お袋の携帯の通知にお前の名前があったから、そこから仮説を立てて……」
「……ひゃあ……」
顔を押さえて机に突っ伏す。
自爆しちゃったー!
私何言った!?
彼女になるとか、千重里君のしたい事とか、わあああぁぁぁ!
どうしよう! どうしよう!
記憶を消す方法って、検索したら出てくるかな!?
それともタイムマシン作る方が早い!?
千重里君に今抱きついたら、興奮でさっきの話忘れたりしないかな!?
「……下種」
「……」
千重里君の沈んだ声。
……恥ずかしがってる場合じゃない。
今辛いのは、騙されていた千重里君の方だ。
もっとちゃんと謝らないと……!
「……ごめん」
「え……」
意を決して顔を上げた私は、千重里君が下げた頭を見た。
「な、何で千重里君が謝るの? 悪いのは騙してた私で……」
「いや、あの鼻血事件の後、俺は自分の情けなさが嫌になって、人との関わりを極力少なくしていた。それが下種にこんな無理をさせた。本当にごめん」
「え、ちょっ、やめてよ、私が勝手にした事だし……」
「それでも俺が落ち込んでいなければ、下種はここまでしなかっただろう?」
「う……」
咄嗟に「そんな事ないよー」と軽く返せなかった。
無理をしていたつもりはなかったけど、今まで当たり前にできていたギャルのフリがこんなに簡単にできなくなるなんて……。
「俺はもっと前向きになる。伴野以外にも友達を作る。だから……」
やだやだやだ!
これで千重里君のそばにいられなくなるなんて!
「俺の友だ」
「いや!」
「えっ」
「千重里君のそばにいたいよ……! 恩返しとかじゃなくて、私は千重里君と、もっと、仲良く……!」
どうしよう。
もっと色々考えないといけないのに。
頭の中がぐちゃぐちゃで、何もわからない。
子どもみたいにすがりつくしかできない……!
「え、そ、それって、やっぱり恋人にって事……?」
「え?」
「いや、だから、とりあえず下種とは話せるからさ、友達になってほしかったんだけど……」
「……」
「え、これマジのやつ……?」
またやっちゃったー!
で、でもあんな言い方したら、普通はお別れだと思うよ!
千重里君的には友達はオッケーでも彼女はハードルが高いはず!
じゃあ……!
「私は、どっちでもいいよ……?」
「え、あ、その……」
「千重里君が、私の事、許してくれるなら……」
「ゆ、許すも何も、俺のせいで無理させてたんだから、そもそも怒ってなくて……」
ここで携帯の録音を起動。
「じゃあ私が騙してた事、怒らない……?」
「あ、あぁ」
「まだ言ってない事もあるけど、許してくれる……?」
「え? あ、まぁ、うん……」
よし言質取った。
「良かったー! やっぱり女の子の涙はサイキョーだね!」
「……!? あ、お前、また……!」
「はいはーい、怒らない怒らない。許してくれるって言ったもんねー」
携帯の画面に凍りつく千重里君。
「お前、ここまでのしおらしい態度も全部演技かよ……!」
「んっふふー。どうかなー?」
「……覚えてろよ……!」
「忘れないよー」
良かった。
いつもの流れに戻せた。
油断ならないゲスい友達。
今のポジションはそれでいい。
友達としてそばにいて、もっともっと仲良くなって、いつかは……。
「これからもよろしくねミッチー」
「……おう」
ブスッとして横を向く千重里君の顔を見ながら、この後どうやって千重里君のご機嫌を回復させて遊びに行くかのために、すっきりした頭はフル回転を始めるのだった。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
……話の筋は決まってるから「らっくしょお!」とか思っていてごめんなさい。
『俺と下種さんのゲスい関係』では何の気なしに描いていた、牧舞の行動の心理描写考えるのが大変でした……。
そんなこんなでラストはお得意の「俺達の戦いはこれからだ!」エンドでしたが、お許しいただければ……。
ちなみに牧舞は、道貞の行く高校を母親を通じて知り、そこで再会の予定でした。
しかし思った以上に陰キャになっていた道貞に驚き、道貞の母・沙夢から情報を聞き出し、今のままでは拒否られると判断。
沙夢から道貞の性格、思考パターン、好みなどを聞き出して策を練り、更には道貞のほぼ唯一の友人・伴野智也に近付き彼女を紹介する代わりに協力を取り付け、今に至るというわけです。
ストーカーじゃないよ!
ストーカーだとしても、ストーカーという名の策士だよ!
ともあれ無事に書き上げられました。
また明日から連載を始めますので、よろしくお願いいたします。




