第二十話 牧舞の昔話
『第二十話 ゲスい事後処理』の牧舞視点になります。
道貞にはピンときていなかった過去話ですが、それを語った牧舞の心境は……。
どうぞお楽しみください。
千重里君は、私の手を引いて駅からちょっと離れた公園に駆け込むと、ベンチに腰を下ろした。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
ものすごく息が上がってる。
きっと全速力だったんだろう。
「もー、ドーテー、なんで、急に、走るのー?」
私にとっては六割くらいの速度だったから、そんなに息は上がっていないけど。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
ゴール直後のマラソンランナーみたい。
あの距離をあのスピードでこの息の上がりようは、ちょっと心配になる。
「ウケるー。もっと身体鍛えた方がいいよドーテー」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
反論もできないほどに息が上がっちゃってる。
……そうだ。
今なら質問も反論もできないだろうから……。
「あたしさー、小学校の時に公園で苗字の事でイジられてさー。相手は男子で四人だったかなー? 言い返せなくて超泣いてたんだよねー」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
最後の布石を打っておこう。
千重里君が私を友達として受け入れてくれた時に、きちんとお礼が言えるように。
「そん時にカッコよく助けてくれた男子がいてさー。それから苗字イジりもなくなったし、超ヒーローって感じだったんだよねー。だからあたしも身体鍛えたんだー」
「はぁっ……、はぁっ……」
怪訝そうな顔。
そりゃこんな事言われたって何が何だかわからないよね。
千重里君はあの時の自分を、ヒーローだなんて思っていないから。
「ドーテーさー、さっきあたしを守るためにわざと殴られようとしたよねー?」
「……、はぁっ……。はぁっ……」
あの時、私を盾にしてこっそり電話をすれば、千重里君はあんな危険な目に遭う事はなかった。
千重里君の中で私は、かばう必要があるような可愛い女じゃない。
ゲスい感じに乗り切る姿だって想定していたはず。
それでも私が嫌な思いをする事より、自分が殴られる事を選んでくれた。
「それってあたしのコト、身をてーしてかばおうとしたってヤツー?」
「……ち、がう……。ふぅーっ……。違う……。あれが場を収めるには、ふぅ、最善と判断したまでだ……」
自分が不利益を被る選択肢を「最善」と言う千重里君。
君はあの時から、きっとそういう選択を当たり前にしてしまったんだね。
「なんにしても守ろうとしてくれてありがとー」
「……契約の内だ。身体目当ての男から守るって話だったからな」
「それでもいーの。ありがとー」
「……どういたしまして」
ここで申し訳ない顔を見せちゃいけない。
機嫌良さそうに笑っておこう。
「おっと」
千重里君の携帯が鳴る。
「もしもし」
電話に出た千重里君の硬い反応から、多分警察からだろう。
「あ、はい。すみません。通報した事に気付かれて、激昂されたので逃げてしまいました」
やっぱりそうだ。
本当は目の前で通報したからキレられた事を言わないあたり、とても千重里君っぽい。
「はい、僕と同行者は……。ただ無我夢中で振り払ってしまった時に、僕の胸ぐらを掴んでいた人が転んだかも知れないのですが、その人は無事でしょうか?」
私が転ばせた事もうまく誤魔化してくれている。
あ、表情が少し緩んだ。穏便に済んだみたい。
あっちも逃げたか、誤魔化したかだろうな。
「あ、すみません。同行者の女性が今回の事で大きなショックを受けているので、側を離れられないのです。状況についてはこのまま電話でお伝えしてよろしいですか?」
事情聴取のために警察署に行くのを断ろうとしてる。
警察の聴取って面倒だもんね。
それに一緒にいられる時間がなくなっちゃう。
「被害届などを出すつもりはありませんので、どうかお願いします」
ここでちょっとだけ手助けしとこう。
千重里君の隣に座って、と。
「みっちぃ……。でんわだれとぉ……? はやくかえろぉよぉ……」
千重里君なら手助けがなくても乗り切れるだろうけど、ここは一つ恩を売っておこう。
泣き声を出しながらにやっと笑った私に、千重里君は引きつった笑みを返してきた。
「わかりました。ありがとうございます」
うまくいったみたいだね。
どうせ大した話じゃないんだし、早く切れるよう、電話口で泣き声を漏らしておこう。
……あ、横向いちゃった。
まぁもう大丈夫だよね。
私は私を守ってくれたその背中を、電話が終わるまで眺めている事にした。
読了ありがとうございます。
さて、まもなく最終話というところですが、タイトルを
『下種さんの種明かし』
から
『下種牧舞の種明かし』
に変更させていただきます。
さ、最終話の仕込みに関係なんかないんだからなっ!
勘違いするなよなっ!
次話もよろしくお願いいたします。




