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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第四章 それぞれの目的
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98 諦めない②


放課後、つぼみの部屋にはいつものように6人が集まっていた。


「今日は投書が多いな」


机の上に集められた投書の量を見て、翔平(しょうへい)が少し眉間にシワを寄せる。


投書は生徒がつぼみに対して出すもので、意見や困りごと、苦情などが書かれている。

その中にはたいしたことのない内容もあるが、それが後に大きな問題にもなりかねないので投書の解決は日々の活動の中でも大切なものである。



まずは6人で投書の内容を確認して、優先順位の高いものを選んでいく。

すぐに解決が必要なものや、つぼみでなければ解決できないような事案をまず片づけるのだ。


「図書室で雨漏りがあるという投書があるわ」


雫石が数枚の投書を他のメンバーにも見せる。


「同じ内容の投書が複数来ているわね」

「時期が時期だし、早めに確認して修理を依頼した方がよさそうだな」

「こっちも、修理がいるかも」


そう言って皐月(さつき)は、1枚の投書を見せる。


「音楽室の近くの窓に、ヒビが入ってるって」

「誰かが割った可能性もあるけど、老朽化だとまずいよね」


凪月(なつき)の意見に、(はる)も頷く。


「割れる前に取り換えないとだね」

「あと気になるのは…」


翔平は自分が読んでいた投書をみんなに見せながら、眉間にシワを寄せる。


「空手部と柔道部が最近、揉め事を頻繁に起こしているらしい」

「喧嘩かしら」


雫石の疑問に、翔平は曖昧に頷く。


「練習場所の取り合いとか原因は些細なことらしいが、このままだといつ乱闘になってもおかしくないそうだ」

「そういえば、最近雰囲気が険悪っていう話は聞くね」

「前から仲がいいってわけじゃなかったけど、最近になって悪化したみたい」


情報通な皐月と凪月は、投書の内容を裏付けする。


鬼堂(きどう)くんはどうしてるのかな?」


晴は、柔道部の部長であり部活連の会長の名前を出す。


「たしか、ちょうど海外に遠征に行ってるはずだよ」

「あの人、日本代表としても期待されてるからね。最近は学園にいないことも多いみたい」

「最近揉め事が多いのは、鬼堂くんがいないからかな」


晴の言葉に、翔平も同意する。


「歯止めになっていた人間がいなくなって、荒れてるのかもしれないな」


もし柔道部と空手部が乱闘になったとしても、あの鬼堂なら1人で止められるだろう。

しかし、今はその鬼堂がいない。

数人程度の乱闘なら問題ないが、部員全員が乱闘に参加するような事態になってしまえば、今の学園でそれを止められる人間は限られている。

部活同士の揉め事は基本的に部活連に任せているのだが、この場合はつぼみが間に入った方がいいかもしれない。


「まずは、この3つから片づけるか…」


翔平は少し思考を巡らせて、人員の配置を考える。


「図書室の確認は、優希と凪月で頼む。音楽室の方は、晴と皐月で行ってくれ」

「空手部と柔道部には、純と行くのね?」

「あぁ、できるだけ2人で行動した方が――」


その時、部屋にジリリーンという音が鳴り響く。


「あら、電話ね」


音は、電話の固定器から鳴ったものだった。

普段はあまり鳴らないので置物と化していたのだが、つぼみへの緊急性が高い連絡などはこの電話に来る。


雫石が受話器を取り、応対する。

用件は短かったのか、一言二言会話するとすぐに受話器を置く。


「厩舎から馬が1頭逃げ出したみたい。手を貸してほしいという連絡だったわ」

「それはまずいね…」


馬は臆病な生き物だが、あの大きさで暴れでもしたら手慣れた人間でなければ捕まえることはできない。

厩舎からわざわざつぼみに連絡が来るということは、自分たちでは手に負えないと判断するほど馬が暴れているのかもしれない。


『できるだけ2人1組で行動したかったが…』


翔平は、ちらりと純の様子を確認する。


あの雨の日以来、純の様子に特に変わったところはない。

最近は梅雨なのに晴れが続いているせいもあるだろうが、翔平から見てもいつも通りである。

あの雨の日のことを純に隠している翔平としても、いつも通りを心がけなければいけない。



「純。頼めるか」


翔平は、一応純に確認をとる。

この6人の中で馬の扱いに長けているのは純であるのは間違いないし、身体能力も問題ない。

翔平は1人で空手部と柔道部の方へ行って、この件は純に任せた方がいいだろうと翔平は判断した。


「うん」


面倒くさがって断るかとも思ったが、純は思ったよりすぐに頷いた。


「じゃあ、それぞれ頼む」


6人はそれぞれ頷くと、つぼみの部屋を出てそれぞれの目的地に向かって別れた。




純はつぼみの部屋を出ると、厩舎に寄ることなく学園の裏の林に向かった。

生徒がいる校舎で騒ぎになっている様子がないので、反対側に逃げたのだろうと推測してそちらに向かう。


木から木へ飛び移るように移動しながら、地面にある馬の足跡を確認する。

どこかの森かとも錯覚するほどの広い林には、地面に馬の蹄の跡が続いている。

どうやら、かなり遠くまで逃げたらしい。

そのまま足跡を追って、林の奥に足を踏み入れる。



ブルルッという音が耳に聞こえ、そちらに向かう。

少しすると、林の中に葦毛の馬がポツンと1頭立っていた。

まだ少し気が立っているのか、落ち着かない様子で地面を蹴っている。


純は馬を驚かせないように静かに地面に降りると、少し離れたところからゆっくり近付く。

純の存在に気付いた馬は、鼻息を荒くしながら地面を何度も蹴る。


「大丈夫」


今にも暴れそうな馬にそう声をかけながら、純はゆっくりと近付く。

警戒心をあらわにしている馬の視線を受け止めながら、純はその真っ黒な瞳を見つめ返す。


「もう大丈夫」


一度立ち止まると、そのまましばらく瞬きもないまま馬の視線をただ見つめ返す。


少しすると荒く音を出していた鼻息は少しずつ静まり、地面を蹴る足も落ち着く。

真っ黒な瞳から警戒心が薄まったのを見て、純は馬に手を差し出す。

馬はその手に鼻先を近付け、すんすんと匂いを嗅ぐ。

信頼に足る人物だと認めたのか、純の手をベロリと舐めた。



純は馬の毛並みを撫でながら、馬を繋いでいたであろうロープに目を向ける。

ロープは途中で切れているが、何か鋭利な刃物で切ったような切り口である。

馬が暴れて切れてしまったのなら、こんな切り口にはならない。

誰かがロープを切って、わざと馬を暴れさせたのだろう。


厩舎からの連絡を聞いた時、そうではないかと思っていた。

馬がただ暴れただけなのであれば、馬に慣れている職員だけで対処できたはずだ。

わざわざつぼみに連絡が来たことに、違和感を感じていた。


馬の額を撫でながら、その耳に発信機が付いているのを確認する。


『目的は、わたしか』



遠くから馬の足音が近付いてきて、純の近くで止まる。


馬の背中には、深緑の制服を着た男子生徒がいる。

それに続くように、後ろから大人の男が3人現れる。


3人とも、学園に勤めている職員である。

厩舎の職員と、警備員が2人。

警備員の2人はかなり鍛えているのか、服の上からも分かるくらい筋骨隆々である。



厩舎の職員が少し怯えながら、馬上にいる男子生徒に視線を向ける。


「ほ、本当にこの子を攫うんですか?」

「当たり前だ」


男子生徒は、馬上から純を見下ろす。


「ただの女子だ。男4人で何とかなるだろう」

「ですが、学園で起きたことを理事長は許しません。それも、孫が誘拐されたと知ったら…」


男子生徒は、厩舎の職員をぎろりと睨む。


「お前の娘がどうなってもいいのか?」

「それは…」


厩舎の職員は、震える口をつぐむ。


「いいからさっさとやれ。助けを呼べないように口をふさいで――」


男子生徒の声は、そこで途切れる。

何事かと視線を馬上に向けると、男子生徒の姿が消えていた。


「え…?」


ひゅっと風を切る音と共に、警備員の男たちがどさどさと地面に倒れる。


「な、何が…」


何が起きたのか、男には理解できなかった。

瞬き一つの間に、2人とも地面に伏せている。


先ほどまでとは違う恐怖に、体が震える。

何が起きたのか分からない。

いや、何が起きたのかは分かるのに、理解が及ばない。



震える体を抑えながらなんとか視線を上げると、深紅の制服を着た女子生徒が何事もないように立っている。

その近くには、男子生徒が転がっている。

自分たちが誘拐しようとした少女は、少し気が立っている様子の葦毛の馬を落ち着かせるように、その背中を撫でている。


自分に向けられた薄茶色の瞳と目が合って、びくりと体が震えた。



誘拐しようとしていた少女。

倒れて動かない3人。

何もしないまま震えている自分。

この場には、この5人しかいない。



「ただの女子1人、誘拐するのなんて簡単だ」


そう笑っていた屈強な男2人は、今やピクリとも動かない。


男はただ1人、震えていることしかできなかった。



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