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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第三章 変わる想い、変わらない想い
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93 雨②


「俺は、何をすればいいですか」


『…仕方ない』


これから起こるであろうことを説明するには、一から説明しなければならない。


「順序立ててお話しします」


シロは、自分の心を落ち着けるように、ひとつ息を吐く。



「お嬢様が、この時期によく学園をお休みになるのは、ご存知ですね」

「家の事情があると聞いています」


昔から、6月下旬から7月中旬にかけては休むことが多い。


「家の事情というのは、嘘です」

「嘘?」


「本当は、お嬢様はこの時期になると、体調を崩しやすくなるのです」

「体調を崩す…?」


それは、翔平の知る純からはほど遠い言葉だった。


純は昔から、体調を崩すことがほとんどない。

学園を休んだり授業に出席しないのは、大体がさぼりだ。

体調が悪くて休んだことはなかった。



「お嬢様は、雨が降ると体調を崩すのです」

「それは…何故ですか?」


それには答えず、シロは窓から空模様を確認する。


この季節らしく、どんよりとした黒く厚い雲が空にかかっている。


「室内にいれば、体調が悪いというくらいで済むのです。しかし、雨が体に当たってしまうと、最悪意識を失います」

「意識を、失う…」


それは、体調を崩すというレベルではない。


「この時期によく休んでいたのは…梅雨で、雨が多いからですか」

「えぇ。そうです。そして本日、お嬢様は行き先を告げずにお出かけになりました」


それ自体は、珍しいことではない。

純は、シロにさえ行き先を告げずに出かけることはよくある。

何度注意しても、それをやめてくれることはなかった。

後を追いかけようとしても、撒かれてしまうのだ。


翠弥生の孫として、その身の安全を確保するためにも自由な行動は控えてほしいのだが、純はやめない。


そしてついに、恐れていた事態が起こったのだ。



翔平も、空を見る。

黒い雲から雨がパラつき始め、これから強い雨になるであろうことが分かる。


「雨が降るのに、純がどこにいるのか分からないということですか」

「最低限は分かります」


そう言って、シロはタブレットを取り出す。

画面には、どこかの地図が映し出されている。

その一点に、赤い丸が点滅している。


「お嬢様は自由に行動しているように見えますが、何かあれば私たちに伝える手段を常に持っています。この場所が、お嬢様が位置情報を送信した場所です」


純は、一見自由に行動しているように見えて、もしものための手段を必ず備えている。

自分の立場を、よく分かっているのだ。


空模様が怪しくなってきたことに気付き、自分が動けなくなった時のために、シロたちに自分の場所を教えたのだ。


雨が降る前に、どこかへ雨宿りできていればまだいい。

それが間に合わず、雨にあたっていたら、状況は最悪である。



「この近辺で、お嬢様を捜します。その後連絡がないことから、すでに雨にあたっている可能性があります。その場合、お嬢様は正常な判断ができない状態です。何があるか分かりません。ついて来た以上、あなたには最大限の助力を求めます」


人手がいる。早く。と言っていた使用人たちの言葉の意味を理解した。


そして、ついてきた時から、翔平の覚悟は決まっている。


「もちろん、そのつもりです」


純のためなら、惜しむ力などない。




純が最後に自分の位置情報を発信した場所に着くと、純の姿はなかった。


雨がぱらつき始めており、雨宿りのために移動したのだろうと考えられた。

できるだけ早く見つけるために、そこからは手分けをして探すことになった。



翔平はこの近辺の地図を頭に入れ、純がいそうな所を探しに走った。

純を見つけたら、すぐに連絡するように言われている。


「……純」


雨が降ると体調を崩すなんて、知らなかった。

この時期に休むのは、家の用事だといつものように言う純の嘘に、気付けなかった。


『この前も…』


雨が降る中で渡り廊下に立ち尽くしていた時も、体調が悪かったに違いない。

しかしそれを翔平にさとられないように、いつものように微笑んでいた。


理事長付きの職員に連れられて帰ったのは、雨が降ったからだろう。

翔平には、あの時の柔らかく微笑む純の嘘を見抜くことはできなかった。


先日以外にも、学園にいた時に雨が降った時があったはずだ。

しかし、その時に純がどんな状況だったのか、翔平は覚えていない。

この前のように、隠されていたのだろう。



『雨が降ると、体調を崩す…』


それも、最悪意識を失うという。

それは、雨が苦手とかいうレベルではない。


『純にとって、雨が降ることで重度のストレスがかかっている…。体調を崩すほどに』


それは、トラウマというものではないのか。


『トラウマは、命の危険を感じるような出来事が原因のことが多いが…』



パシャリという水音で、思考が現実に戻る。



もう、足元に小さな水溜まりができるほど雨が降っている。


『…余計なことを考えている暇はない』


今の最優先事項は、純を見つけることである。


雨が降る中、傘もささずにひたすら走った。




しかし、しばらく周辺を走り回ってみても純の姿はどこにもなかった。


『一体、どこにいったんだ…』


別の方角を探している使用人たちからの連絡はまだない。

まだ、誰も純を見つけていないのだ。


この辺りに来たのは初めてで、どこを探せばいいのか検討もつかない。

しかし、闇雲に探しても時間の無駄だと分かっている。


それでも、早く見つけなければという思いと、もし見つからなかったらという不安で心がざわつき、息が乱れる。


どうにもならない思いを振り払うように濡れた髪をかき上げると、一旦足を止める。



『落ち着け。ちゃんと考えろ…』


純の執事と使用人たちは優秀だし、日頃の純をよく見ている。

自分は別の視点から探さなければ、ついてきた意味がない。


『俺は、学園にいる時の純しか知らない。それでも、6歳の時からずっと側であいつを見てきた』



もう一度、頭の中に入れてきた周辺の地図を思い浮かべる。


この辺りは、商店街や学校などがある住宅地である。

山が近いせいか自然が多く、どちらかというと田舎である。


「何で、純はこんなところに来たんだ…?」


それも、執事に行き先を告げずに来たらしい。

それ自体は、昔からもやっていたことだ。

勝手に姿を消す純を、執事が必死に探し、見つけ次第叱っていた。


『大体、パンを食べたかったからとかいう理由だったが…』


今回のは、それとは違う理由の気がした。

純が最後にいた場所は、住宅地から少し離れたところだった。

周りに建物はなく、畑ばかりが広がっているような場所だった。


だからこそ雨宿りをしにどこか近くの建物に向かったのだろうと思ったのだが、近くには住宅が何軒かしかない。

すでにそこは探した。


少し離れたところに商店街があるが、距離が離れている。



『他に、雨宿りができそうな場所…』


その時、純の執事が言っていた言葉を思い出した。


『雨にあたっていた場合、正常な判断ができない状態…』


何があるか分からない、と言っていた。

雨雲を見つけて連絡はできたが、その後連絡がないことから間違いなく雨にあたっている。


『正常な判断ができない…』


いつものように冷静に物事を考えることができず、ただ雨宿りをすることだけを考えていたら、どこへ行くか。



『いや、もしかしたら…』


翔平は純が最後にいた場所を思い出すと、雨が降る中を再び走り出した。



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