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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第三章 変わる想い、変わらない想い
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89 名前③


「どうしたんだ?純」


いつだったか、不機嫌をあらわにしている純の様子を見て、翔平は何があったのか尋ねた。


純は制服のポケットから封筒を取り出すと、翔平の方へ放り投げた。


「告白された」

「……………………………は?」


純から渡された封筒を開けようとしていた翔平は、純の言葉を理解するのにかなり時間がかかった。


「……………告白?」


やっとその言葉を認識しても、頭が理解することを拒絶している感覚だった。


「好きだから、付き合ってくれって」


純はその時のことを思い出したのか、さらに機嫌が悪くなる。


「意味分かんない。気持ち悪い」


その言葉を聞いた時、心の奥がズンと重くなったような、ふわりと軽くなったような、よく分からないものを感じた。


何も分からない薄暗闇の中で、欲しいのは1つの答えだった。


「……断ったのか?」


純は、こくりと頷く。

その反応に、ほっと息が出た。


『…何で、俺は安心してるんだ?』


自分の反応に、首を傾げる。

純はそんな翔平の様子に気付くことはない。


「おばあちゃんか、お兄ちゃんとの繋がりが欲しかったのかも」


自分に好意があるという言葉より、そういった思惑があった方が受け入れやすいらしい。

少しだけそちらに思考を割いていたようだが、すぐにそれも終わる。


「まぁ、どうでもいい」


すぐに関心を失うと、翔平に放り投げた封筒を手に取る。

恐らくそれが、純に告白した人物が書いたラブレターだろう。


純はそれをビリビリと破くと、近くにあった暖炉に放り投げた。


ただの紙のそれは、すぐに火が移って燃えていく。

純と翔平の見ている前で、ふっと塵となって消えた。



燃え盛る暖炉の中で塵となって消えていったそれを見て、翔平は自分が何を思っているのか分からなかった。

何かを思うことを、本能的に避けた気がした。


ただ隣を見た時に、自分を映す薄茶色の瞳がそこにあった。

灰色がかった薄茶色の髪が、手を伸ばせば触れられそうな距離にいることに、安心感を覚えた。



「…食堂に、パンでも食べに行くか?」

「そうする」


少し機嫌が直った様子の純を見て、ふっと肩の力が抜ける。


部屋を出て行く純の後をついて行く前に、ちらりと暖炉に目を向けた。

手紙だったものは、もう跡形もなく燃えて消えてしまっていた。



それに背を向けるようにして、純の隣に並んで部屋を出た。




「今日か…」


見合いの日は、すぐに来た。

この日程の速さを見ると、父親が翔平に見合いの話を持ってくるより前に、見合いをすることは決まっていたのだろう。

翔平が断るとは思わなかったのか、断っても見合いをさせる気だったのかは、分からない。

結局は見合いをすることになっているのだから、父親の予想通りなのだろう。


見合いをすることが決まってから、純とは一度も話さなかった。

話せば、あの瞳を見れば、心が揺らぎそうだった。


純は、翔平が見合いをしようがしまいが、興味はないだろう。

他人のことに興味がないのは、昔から変わっていないことだ。


それでも自分は特別なのではないかと、淡い想いを抱いてきた。


『それも、もう終わりだな』


心に重くのしかかるものを振り払うように、自分の部屋をあとにした。




「九条手鞠(てまり)と申します」


そう言って顔を上げたのは、涼しげな目元の女子だった。

長い黒髪を結い上げ、豪華な振袖を着ている。


隣にいるのは父親で、黒髪に口ひげをたくわえたやせ型の男だった。



見合いは、料亭で行われた。

装飾が豪華な和室の一室に、2組の親子が向かい合うように座っている。


仲人はいないので、挨拶も兼ねて今は父親同士が他愛ない話をしている。

話の内容は聞こえているはずなのに、何故か頭の中に残らなかった。


たまに話を振られれば答えるも、それすらも耳を通り過ぎていった。

しっかりしなくてはいけないと分かっているのに、頭が思うように動かない。



ふと視線に気付いて顔を上げると、見合い相手と目が合った。

しかし、すぐに逸らされてしまう。


『…何だ?』


「2人で外を歩いてきたらどうだ」


父親の声にはっとすると、外に行けと目で促している。


「分かりました」


親だけで話したいこともあるのだろう。

そして、見合い相手同士しっかり話をしてこいということらしい。


見合いの部屋からすぐに庭に出られるようになっているので、とりあえず庭に行くことにした。

靴を履いていると、隣で草履を履きづらそうにしている。


「手を貸しましょうか」

「え…」


翔平が声をかけたことが意外だったのか少し驚いたようだが、少し頬を赤らめると、そっと手を差し出した。

その手を支えて、バランスを取りやすいようにした。

すると、無事に草履を履けたようだった。


「ありがとうございます…」

「いえ」



一応庭に出たのはいいのだが、何を話せばいいのか分からない。

そもそも、こういった女子らしい女子と話したことはあまりない。

雫石はああ見えてもお嬢様らしからぬ思考と行動力を持っているし、純は論外だ。

思い出して少し微笑みそうになり、すぐに顔を引き締める。


『何を考えているんだ…』

「―――なのでしょうか」


隣から聞えるか細い声に、翔平の思考が現実に戻る。

考え事をしていたら、聞き逃してしまった。


「すみません。もう一度言ってもらえますか」

「あ、あの…翔平さんは、静華学園のつぼみでいらっしゃいますよね。つぼみというのは、大変なのでしょうか」

「そうですね。やることも多いので」

「そうなんですか…」

「………」


話がもたない。

少し気を遣って、何か話しかけようと考える。


「あなたは、学校はどうですか」

「とても楽しいです。素晴らしい女性となれるように、日々努力しています」

「そうですか。凄いですね」

「静華学園の方には、敵いません」


「静華といっても、いろいろいますから」

「どんな方がいらっしゃるのですか?」

「俺の近くにいる女子は、自由で気分屋ですね」

「気分屋…というと?」


「面倒くさがりですぐに不機嫌になりますが、いたずらをしては面白そうに笑います。その時の気分で勝手にどこかに行くことが多いです」

「…ご友人ですか?」

「えぇ。おさな……」


『…何を言っているんだ…』


会話が続いたことに安心して適当に返事をしていたら、いつの間にか純の話になっていた。



これ以上変なことを口走らないようにしようと思っていると、自然と口数が少なくなってしまう。

どちらも口を開かないまま、静かな庭を歩いていく。


自然と思考が沈み、父親に言われたことを思い出す。


『理解することなどできはしない。自分の人生を棒に振るだけだ』


それは純のことを言っているようで、自分にも言われているような気がした。


『純に対する想いは、俺にとってどんなものか分からない』


大切にしたいという気持ちは、どういうものなのか分からない。


友人としてのものなのか、異性としてのものなのか。

好きということなのか、愛しているということなのか、結婚したいということなのか。


その答えが出ることが怖くて、考えないようにしていた。

あの手紙が燃えて消えていくのを見た時から、何かに恐怖を感じている自分がいる。


「―――でしょうか」

「えぇ」


『ん?』


自分の耳に聞こえた自分の声で、深い思考から覚醒する。

どうやら考え事をしながら、適当に返事をしてしまったらしい。

しかも、何を聞かれたのか分からない。


『まずい…隣に人がいるのに、深く考えすぎた』


何か考え事をする時、自分の思考に深く沈んでしまうのが翔平の悪い癖だった。

そのせいで、周りのことに気付かないこともよくある。

普段は意識して気を付けているのだが、今日は思考が沈みがちだった。



隣を見ると、どことなく落ち込んでいる気がする。

自分が何を言ったのか分からないが、どうやらよくないことを言ったらしい。

さすがに、ここで「適当に返事しました」と言えるほど翔平の心臓は強くない。


そのまま会話もなく、どことなく気まずい雰囲気が続く。


中に戻ろうかという提案をしようとした時、隣で石畳につまずいたのか体が前に傾いだ。

とっさにその手を掴み、転ばないように支えた。


「大丈夫ですか」

「は、はい。申し訳ありません…」


振袖に草履というのは、動きづらいのだろう。


「一度、部屋に戻りましょう」

「え…」

「転ぶと危ないですから」


翔平の提案に何か言うことはなく、「はい」と消え入るような声が返ってくる。



ふとしたことで消えてしまいそうな、儚い音だった。



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