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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第三章 変わる想い、変わらない想い
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84 一方通行③


翔平は家に帰ると、私室のソファーにぐったりと体を預けた。

制服を着替えることもなく、薄暗い部屋の天井を見上げる。


純と喧嘩をするのは、今回が初めてではない。

翔平は、前回の喧嘩を思い出していた。


『あれはたしか、去年…』




その日は、いつものごとく雫石に誘われて3人で出かけていた。


雫石に、スーパーで買い物がしてみたいと言われたのである。

それも富裕層向けの高級食品が並ぶスーパーではなく、世間一般的に普通のスーパーに行ってみたいと誘われた。


どうやら、自分の家では出てこないような食品に興味があるらしい。

翔平もそういった商品には興味があったので、3人で遊びに行くことにしたのだ。



初めて行くスーパーには見たことのない商品も多くあり、翔平は周りをキョロキョロと観察しながら気になるものを買っていった。


雫石も初めてのスーパーに目を輝かせ、純にこれらの食材がどうやってここまで安くなるのかを聞きながら楽しそうに買い物をしていった。


3人は店の人が魚を捌いているところを見たり、ソーセージを試食してみたりと初めての体験ばかりで楽しかった。


いろいろと購入した食料品をこのまま誰かの家に集まって食べてみるのもいいかもしれないという話になり、車に乗り込もうとスーパーを出た。



駐車場を歩いていると、3人に向かって猛スピードで車が突っ込んできた。


翔平はとっさにそれを避け、純も雫石を庇いながら避けた。

明らかに、3人を狙って突っ込んできた車だった。


車は3人のいる場所を過ぎてから止まると、車の中から数人の男たちが3人に向かってくる。

どうやら、3人のうちの誰かを狙っているらしい。



男の1人が最初に襲いかかったのは、雫石だった。


しかしその男が雫石に近付く前に、純が容赦なくその男の顎を蹴り飛ばす。

その瞳には、怒りの色が見える。

完全に怒っているわけではないものの、手加減をする気はないようだった。


純に蹴り飛ばされた男は、急所を狙われたせいで起き上がることもできないようだった。


「翔平は雫石」


そう言って、純は不審な男たちをどんどん倒していく。


雫石の護衛が駆け付けるまでは少し時間がかかるので、翔平は雫石の側にいることにした。


このくらいの人数なら純1人で問題ないとはいえ、純は自分たちを害する人間に容赦がない。

いつもやり過ぎる傾向があるので、それが心配だった。



護衛が来て雫石が車に乗り込もうとした時、また違う車が猛スピードで突っ込んできた。

翔平と護衛が雫石を守って避けようとした時、雫石が急に走り出した。


「優希!」


雫石が向かう先には、幼い子供がいた。

子供は猛スピードで向かってくる車に気付いていないらしく、このままでは轢かれてしまう。


『くそっ』


翔平は、雫石を追いかけて走り出した。


車の前に出て子供を守ろうとした雫石と子供を抱きかかえ、転がるようにしてギリギリで車を避ける。


2人を庇って余裕がなく、翔平は受け身をとれずに地面に背中を打ち付けた。

頭は打っていないものの、背中や腕に痛みが走る。


止まっていた息を無理やり出すと、いくつか咳が出た。



「っ…大丈夫か?」


子供は雫石が庇っていたこともあり、怪我はないようだった。

しかし、雫石は肘や足から血が出ている。


「悪い。庇いきれなかった」

「いいえ。ごめんなさい。私が勝手に動いたせいで、翔平くんに怪我をさせてしまったわ」

「俺は大丈夫だ。打撲と打ち身くらいだ。だが…」

「どうしましょう…」


2人が今心配しているのは、純のことだった。

純が2人の怪我を見れば、怒りで暴れるのは間違いない。

それは、今までに経験していることである。


「とにかく、俺が純を説得する。優希は危ないから、護衛と車に入れ」

「でも、翔平くん――」

「怪我したの」


「「!」」


翔平と雫石が振り返ると、純が色のない瞳で2人を見て立っていた。

その表情は闇に包まれているようで、明らかな怒りを感じた。


『まずい』


「純。俺たちは大丈夫だ。何ともない」

「私も大丈夫よ。だから、早く帰りましょう?」


しかし、純に翔平と雫石の声は聞こえていないようだった。


2人を轢こうとした車にゆっくりと視線を合わせると、猛スピードで駆けていく。


「「純!」」


翔平と雫石の声に、純は止まることはなかった。


翔平は雫石の護衛が来たことを確認すると、体の痛みを我慢しながら立ち上がった。


「俺が、純を止める。優希は、安全なところにいろ」

「翔平くん…純を、止めてあげて…」

「あぁ。分かってる」


泣きそうな雫石を護衛に任せ、翔平は純を追いかけた。


純があの状態になってしまえば、雫石の護衛たちでは手に負えない。

翔平が止められるかといったらそれも厳しい話だが、翔平が止めるしかなかった。



純は自分を轢こうと向かってくる車を飛んで避け、蹴りでフロントガラスを破壊する。

その衝撃で車はコントロールを失い、近くの茂みにぶつかって止まった。


車の中から出てきた男たちは全員警棒のような武器を持っており、一斉に純に襲いかかってきた。

純はその棒を避けつつ、男たちの首や胸、頭などの急所を容赦なく攻撃して倒していく。

その表情は、いつも以上に無感情だった。



翔平が純に追いついた時には半分ほど倒してしまっており、翔平は必死に純に呼びかけた。


「純!もうやめろ!それ以上はやらなくていい!」


純は翔平の声が聞えているはずなのに、止まろうとはしなかった。

翔平は苦肉の策で、純を襲っている男たちに声をかける。


「おい、あんたたち!死にたくなかったら、退け!このままだと、命の保証はできないぞ!」


純の様子を見て翔平の言葉の信憑性を感じたのか、男たちは退こうとする。

しかし、それに純が追撃をかけた。


「純!」


翔平は、その男たちを庇うように純の前に出た。

自分の行動が間違っていることには気付いていたが、それよりも純を止めたかった。


「どいて」


純は翔平の脇を通り抜けようとしたが、翔平はそれを許さずに蹴りを繰り出した。

純はそれを避けて、翔平と距離をとる。


「邪魔するの」

「違う。もうこれ以上やらなくていい。十分だ」

「十分なわけないでしょ」

「俺たちはそこまでやってほしいとは思っていない。もういいから、やめろ」

「翔平たちのためじゃない。わたしがやりたくてやってる」

「それでも!もう、お前が人を傷付けるのは見たくない」


純の瞳は、何も映っていないようだった。


「翔平には関係ないでしょ」

「…何だと?」


それは、いつもの拒絶を表す言葉だった。


「俺は、お前のことを思って言ってる」

「頼んでない」

「俺と優希は、お前のことを心配して言ってるんだ」

「それも頼んでない」


純はもう追いかけることに興味を失ったのか、倒れている男たちの中でも意識のある人間に近付き、その腕を背中に回して関節で固める。


「誰の指示」

「お、俺は何も知らない!」


男の顔は、恐怖で青ざめている。

純は無表情のまま、その腕をさらにきつく締めた。

男は、痛みで顔を歪めている。


「誰の指示」

「本当に知らないんだ!」


純がその男の肩を外そうとした時、それを翔平が止めた。


「何」

「そこまでするな。あとは警察に任せろ」

「翔平の言うことを聞かなきゃいけない理由はない」


翔平は、ぐっと拳を握った。


こういう時の純は、翔平が何を言っても意味がない。

しかし、翔平はここで引くわけにはいかなかった。


「言うことを聞けと言っているわけじゃない。頼んでるんだ」

「わたしがそれを聞く理由はない」

「…お前は、俺たちの言葉を聞いてくれないのか」


純は、ゆっくりと翔平を見た。

そこに感情はなく、暗い穴の中を覗いているようで、恐怖を感じるほどだった。



「わたしに言葉を押し付けないで」


純は男の腕を無造作に離すと、翔平に背を向けてその場を去っていく。

翔平は、その背中をきつく睨んだ。


「何でそこまで俺たちを拒絶する!」


しかし純はそれに答えることはなく、1人でどこかに消えていった。


翔平は怒りと哀しみで拳を握りしめ、やりきれない思いをどこかにぶつけたかった。



しかしそれを何とか抑え込み、純の去っていた方をもう一度見てそれに背中を向けた。




『あの後、どうしたんだっけ…』


あまり思い出したくない記憶を掘り起こす。


結局、あの出来事が喧嘩に発展した翔平と純は、いつものように互いを無視し続けた。

その喧嘩の原因には雫石も関わっていたため二人の仲を取り持とうと頑張っていたが、どちらも折れなかった。



その状態が1週間以上続き、そのままでいることの恐怖と純への諦めから、翔平は自分から折れた。

自分たちを襲った人間を庇ったという負い目もあったからかもしれない。


純は翔平の謝罪に特に興味がなさそうにしていたが、いつの間にかいつも通りの関係に戻っていた。



それ以外にも何度も喧嘩をしたことはあるが、純から謝ることはほとんどなかった。

純は自分が悪いと思った時は素直に謝るが、自分が引いている線を越えられた時は、謝らない。

そういう時は、大体翔平が折れることが多かった。


それは純の側にいられないかもしれないという恐怖と、純には分かってもらえないという諦めだろう。


『純に自分を分かってほしいという気持ちが、たまに抑えられなくなる』


年々、その気持ちは大きくなっているような気がする。


純は、翔平の気持ちを受け入れない。


分かってはくれない。

理解しようとはしない。



翔平は誰にも見られないように腕で目を隠し、闇を眺めた。



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