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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第三章 変わる想い、変わらない想い
82/181

81 1位と2位⑤


『私、次第…』


2人がいなくなった中庭で、雫石は1人ぽつんと立ち尽くしていた。



ふと気付くと、木の下に1冊の本が置いてある。

雫石が図書室で借りて、さっきまであの女の子が読んでいた本である。


この本の続きを借りようと図書室に向かっていた道の途中で、あの男子を追いかけたのだった。

最近はずっとあの2人のことを考えていたせいで、続きを借りてもいなかった。


雫石は、その本を手にとった。



この本は、1人の少女が世界を旅する物語だった。


人を、生き物を、自然を、文化を、歴史を、様々なものを見て、聞いて、旅をする。

自分の足で歩き、人に手を差し伸べる。

知恵を用いて困難を乗り越え、誰かのために心を砕く。


それは無限の可能性が広がっていて、終わりがない。

世界はどこまでも広くて、人々の心はどこまでもつながっていく。


少女はどんな困難も乗り越え、たくさんの出会いをして、いろんな発見をする。

一歩一歩自分の足で前に進み、道をつくっていく。

それはとても自由で、希望に溢れていて、楽しそうだった。



「私も、こんな人になりたかった…」


笑いたい時に笑って、泣きたい時に泣く。

行きたい場所に行って、やりたいことをやる。

辛い時は仲間と協力して乗り越え、思い出を分かち合う。

笑い合って、泣き合って、また明日を歩く。


大きな世界でのその一歩は、小さな一歩だけれど、それは確かに自分の足で歩いた一歩だ。



雫石の一歩は、全て周りに支えられた一歩である。


優希流の家元に生まれ、物心つく前から日本舞踊を身につけた。

雫石が普段来ている着物も、学園の制服も、全て両親が買ってくれたものだ。


優秀な使用人が作った美味しい料理に、あたたかい布団。

お金で苦労したことなどない。欲しいものは、全て手に入った。


ただ、本当に欲しいものだけは、手に入らなかった。



そのことに気付いた時、雫石は大人しく諦めた。

我がままを言って、両親を困らせたくはなかった。


『でも…』


我慢していた涙が、ポタポタと膝に落ちる。

青色のスカートに、雫が落ちていく。


ずっと、忘れられなかった。

幼い頃に夢見た、その願いを、忘れることはできなかった。


「…自由で、いたい……」


どこまでも青くて広い海を見て、天高い空を眺め、幾千もの山を越え、深い谷の音に耳を傾け、そこに住む人々の生き様を聞き、肌で感じたい。


雫石は、世界を知りたかった。


しかし、優希の娘である以上、その夢は叶わないと分かっていた。

家は姉が継ぐだろうが、雫石には優希の娘として価値がある。

どこかへ嫁ぐのが一番良いだろう。


それに、雫石のことを心配してくれる両親を悲しませたくはない。

自分の願いのために、全てを投げ出して飛び出すだけの勇気はなかった。



『強くなればいい』


何を考えているのか、分からない瞳をしていた。

感情がどこかへ行ってしまったような、平坦な声に、人形のように動かない表情。

ただ、その言葉には、確かに意志があった。


雫石の顔色を窺うこともなく、建て前すらない言葉だった。

きっと、あの言葉があの人の本音なのだろう。



『強くなれば…』


強くなれば、雫石は自由でいられるのだろうか。

周りの表情を窺うこともなく、偽りの笑顔を浮かべることもなく、自分の夢を叶えられるのだろうか。



『あんた次第だろ』


それもそうだ。

雫石の人生なのだ。何もかも、雫石次第なのだ。

これから、どうするのかも、雫石次第なのだ。


『心と体を大切に…』


母に言われた言葉を、思い出す。


雫石は、涙を拭った。

立ち上がると、本を手に、2人が去っていった方向へ走り出した。




「純は、私に大切なことを気付かせてくれたの。純のおかげで、私は自由でいたいと思えるの」


雫石がそう言って微笑み、話を締めくくる。


「…え、いや、それは分かるけど…」

「純が2位だったのって、わざとだったんだ…」


その衝撃の事実から、なかなか抜け出せないでいる皐月と凪月である。


「ていうか、どうやってわざと2位がとれるんだろう…」

「雫石の点数が分かるのかな?」

「試験問題を見れば、何となく私の点数が分かるらしいわ」


「「すご…」」


「その後も、純が1位になったことはないんだね」

「えぇ。いつも、私が1位よ」


純にとらされていると知った時はショックだったが、雫石は勉強することをやめなかった。

純も、2位をとることをやめなかった。


「本当のことを知って怒らないのは、何だか雫石らしいね」

「ありがとう。嬉しいわ」


晴の言葉に雫石は嬉しそうに微笑んでいるが、皐月と凪月はまだ納得していなかった。


「よく、そんなマイナススタートから友達になれたね」

「はっきり言って、第一印象最悪じゃない?」

「そんなことないわ。それに、純のお友達になりたかったのは私なの。最初は私が付きまとっていただけだけれど、いつの間にか友達になっていたわ」



翔平は、その時のことを思い出した。


涙目の雫石を置いてあの場を離れた後、少ししてから、泣きながら雫石が追いかけてきたのだ。

そして満面の笑みで純に、


「私とお友達になって!」


と言ったのだ。

翔平はこの女子は頭がおかしいんじゃないかと思ったし、純も珍しく驚いていた。


それから雫石は明るく楽しそうに微笑みながら現れては、純と翔平を遊びに誘った。

何かを我慢するように微笑むのではなく、本当に楽しそうによく笑っていた。


『優希は自分が付きまとったと思っているようだが…』


純は雫石に友達になってと宣告されてから、雫石を少し特別に見ている。

そもそも、純はその人が嫌だと思ったらとことん逃げて、姿を現さない。

雫石に姿を見せている時点で、心を開いているのだ。


純は、誰に対しても容赦がない。

本当のことを言っているだけでも、純のことを恐れる人間は多い。

その中で、雫石は純に友達宣言をしてきたのだ。

そんなことを言う人間は、初めてだった。



「純は優希と友人になってから、明るくなったからな。優希のおかげだ」


純の隣で楽しそうに微笑み、面白いと嬉しそうに喜んでいる雫石を見て、純は少し変わった。

笑うことも増えたし、柔らかい表情をすることも多くなった。


『俺には、できなかった』


雫石よりずっと長い間純の側にいたのに、翔平にはできなかった。

雫石だから、できたのだ。


『それに、俺よりも優希の言うことの方が聞くしな…』


そこに関しては、何故なのか分からない。

純はどこか雫石を特別に思っているせいか、翔平の言うことよりも、雫石の言うことの方が聞く。


『何でだ?』


鉄仮面の内で疑問に思っていると、意味ありげに微笑んでいる雫石と目が合う。


「私と純は、女の子同士のお友達だもの。翔平くんより、仲が良いのよ?」

「…そういうものか?」

「えぇ。そういうものよ」


何だか納得はできなかったが、ひとまずは雫石の言うことを受け入れておいた。

ここ数年で、雫石に逆らうと良いことがないと学んでいる翔平である。


諦めたように肩をすくめる翔平に、雫石は満足げに微笑む。



『これは、翔平くんにも言っていないことだけれど…』


雫石は、5年前に気付いていたことがあった。


純が何故1位をとっていないのか。

それは本人も言っていた通り、「目立つから」だろう。


それならば、何故2位なのか。


純が理事長の面子を気にして成績上位にいたとしても、3位でも4位でもいいはずである。

それに、ずっと同じ順位をとり続ける理由もない。


雫石は、入学以来学年1位。

それは、純によってとらされていたものだった。


純は、入学以来学年2位。

その場所には、何の意味があるのだろう。



純と一緒にいて分かったのは、純の行動には何かしら目的があることである。

純は、無意味なことをしない。

純は、2位になることで何か画策しているのかもしれない。


それが何かは、雫石には分からない。

気になっていたこともあったが、考えても分からなかった。

それに、もうあまり気にならなくなった。



雫石は、純が好きである。

一番の、友人である。


何があっても、それは変わらない。



それだけが分かっていれば、良かった。



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