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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第三章 変わる想い、変わらない想い
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80 1位と2位④


「…どうして、あなたはいつも2位なんですか?」



普通に聞いたら、不躾で失礼な質問だ。

しかし、雫石にはそうとしか聞きようがなかった。



薄茶色の瞳は、雫石など関心がないように本を読んでいる。


雫石は、ここに来る間ずっと心の中をぐるぐると駆け巡っていた思いを吐き出した。


「私は今回、風邪を引いて勉強ができませんでした。いつもより、とても点数が下がりました。あなたがいつもとっている点数より、低かったんです。私は今回は2位だと思っていたのに、どうしてあなたが2位なんですか?」


灰色がかった薄茶色の髪がさらりと揺れ、本を読んでいた視線は雫石へと向く。


初めて目が合ったガラス玉のような薄茶色の瞳は、何を考えているのか分からない。

感情があまり見られない、静かな瞳だった。



「1位は目立つから」


「………?」


どうやら雫石の問いに答えてくれたらしいのだが、想定外の答えに雫石の思考がついていかなかった。


「1位は目立つから…?」


1位は、目立つ。

だから?


「…だから、2位なんですか?」


こくりと頷く。


「理事長の孫としては、上位の方がいい」


『それでは…まるで…』


その言い方はまるで、自分の好きな順位をとっているようではないか。


「…あなたは、わざと2位をとっていたのですか?」

「そう」


「…今回、も?」

「そう」


『そんな…ことが…?』



止まりそうになる思考を、何とか動かす。


わざと2位をとることなんて、そう簡単にできるとは思えない。

しかし今回の結果を見れば、それが事実であることを示している。

雫石はかなり点数が下がったのに、1位だった。

わざと2位をとっていた人がいたから、雫石は1位だったのだ。


『そんな、ことが…』


衝撃の事実を告げられても、雫石は怒りすらわいてこなかった。

どこに怒ればいいのか分からないほど、まだ頭の中が混乱していた。


わざと2位をとっていたということは、本当は雫石以上に頭が良いということなのだろうか。

2位をとっていた理由もよく分からないが、相手が嘘をついているとは思えなかった。

今回もわざと2位をとったということは、雫石の点数が下がるということが分かっていたのだろうか。



何が何だか分からないのに、長い間頭の隅にあった霧が、晴れたようでもあった。


今まで自分の実力でとっていたと思っていた1位は、とらされていた1位だったのだ。

雫石が試験前に頑張って勉強をしてとった1位も、少し苦手な教科を努力して復習してとった1位も、その全てが、人にとらされていた1位だった。

その努力も、苦労も、家族に褒められた言葉でさえ、全てが無駄のことのように思えた。


雫石がこの6年間とり続けていた1位は、人に用意された場所だったのだ。



雫石は、どうしたらいいのか分からなかった。

怒ればいいのか、悲しめばいいのか、それすら分からない。

何の言葉も、口からは出てこなかった。


「楽しい?」


「……え?」


声に反応して顔を上げると、感情のない薄茶色の瞳と目が合う。


「偽物の顔で笑って、楽しいの」

「……どうして…」


どうして、分かるのだ。

雫石が、心から笑っていないと。

いつも、偽りの表情を仮面にしていることが、どうして分かるのだ。

今まで、誰にも言われたことはなかったのに。


本当の心を隠し、いつも笑顔でいること。

それが、雫石が自分を守るための方法だった。


家族にさえ、弱音を吐いたりはしなかった。

弱い心のうちをさらけ出せば、本当に弱くなってしまいそうで嫌だった。


そのことを、初めて喋った同い年の女の子に気付かれたことが、少し悔しかった。

思わず、口をついて言葉が出てしまう。


「私は、上手に笑えています。楽しくなくても、笑わなくてはいけないんです」


それが、優希の娘として生まれた、雫石の役割だった。


「人に弱みを、見せてはいけないんです。本当の心を見せては、付け込まれます。楽しくなくても、楽しいと言わなくてはいけないんです。本当は嫌なことも、我慢しなくてはいけないんです。だって、私は――」

「馬鹿なの」


「………え?」


突然言われた言葉に、頭が追いついていかない。


「…ばか?」


雫石が、馬鹿ということだろうか。

人生で初めて言われた言葉に、びっくりして開いた口がふさがらなかった。



「口が悪いぞ。純」


芝生に寝転がって寝ていたと思っていた男子が、いつの間にか女の子の側にいる。


どうやら寝ていたわけではないらしく、今までの会話は聞いていたらしい。


「純は誰にでも愛想がなくて口が悪いんだ。あんまり気にするな」

「口悪くない」

「どこがだよ。でも、愛想がないのは認めるんだな」

「翔平に言われたくない」

「俺は純ほど口悪くない。愛想は分からないけど。それに、あの執事が来てからどんどん口が悪くなってるぞ」

「シロに言っておく」

「やめろ。あの執事、怒ると恐いだろ」


雫石を放っておいて言い合いをし始める2人に、雫石はついていけない。

さっきまで何の話をしていたのかも、忘れそうである。



しかし、「馬鹿」と言われたことを思い出し、自分の心を奮い立たせた。


「どうして、私が馬鹿なのですか?」


雫石の声に、2人の言い合いが止まる。


どこか面倒くさそうな薄茶色の瞳は、何かを促すように隣の男子に視線を向ける。


「あのな。面倒くさがって説明を俺に丸投げするな。純が言ったことだろ」


どうやら、あの男子はあの視線だけでそこまで分かるらしい。



面倒くさいのか興味がないのか、もう口を開かなくなってしまった女の子に呆れたようにため息をつくと、漆黒の髪の男子は説明を始めた。


「人の顔色を窺うことも、本音と建て前を使い分けることも、俺たちには必要なことだと思う。あんたがやってることは、別に間違ってはいない。だけど、そんなことをしていて疲れないのか?」

「………」


雫石は、いつものように本音を隠したまま答えられなかった。


「少なくとも、楽しそうには見えない。偽物の笑顔で笑ったって、誰も本物の笑顔で笑ってはくれないだろ。あんたが近寄ろうとしないんだから、周りも近寄っては来ない。そんなことも分からないなんて、馬鹿なのか?」


翔平はそこまで言うと、純を指差す。


「って、純が言ってる」


あってるだろ?と翔平が確認すると、隣で頷いている。


「……だって、…だって…」


雫石の大きな瞳に涙が浮かび上がっているのを見て、翔平はぎょっとした。


純の考えを伝えただけだとはいえ、言い過ぎたかもしれない。



しかし、雫石は2人を見据えたまま、涙を流さなかった。


「…だって、私は優希の娘だもの。お父様とお母様のためには、私が弱みになってはいけないんだもの。私だって、2人みたいにお友達と楽しくおしゃべりをしたいわ。でも、できないわ。お父様のことを話して、それが弱みになってしまったらどうするの?私のせいで、お父様がお仕事を失われたら、どうするの?私が優秀でいなければ、お母様とお姉様の足を引っ張ってしまうわ。私は、優等生じゃないと駄目なのよ…」


今にも泣き出してしまいそうな雫石に、純は感情のない瞳を向ける。


「強くなればいい」

「……強く…?」

「強くなれば、何も奪われない」


純はそれだけ言うと、雫石に背中を向けた。


「待って…」


しかし、純はそのまま行ってしまう。

純を追いかけようとした翔平は、一度止まって振り向く。


「純の言葉は厳しいけど、嘘は言ってない。あとはあんた次第だろ」


それだけ言うと、翔平は純を追いかけて行ってしまった。



『私、次第…』


2人の姿が見えなくなるまで、雫石はぼうっとその後ろ姿を眺めた。



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