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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第二章 忍び寄るもの
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69 狙うもの④


『くそ…使えない奴らだ。全て失敗しおって』


男は、苛立たしげに机を叩いた。


せっかく金で雇ったのに、役に立たなかった人間たちに苛立ちを感じる。

何度もチャンスはあったのに、全て失敗に終わっている。

それもこれも、使えない人間たちのせいである。


しかし、ここでやめるわけにはいかない。

ここで、退くわけにはいかないのだ。


『まだ、手段はある』


男には、最後の手段があった。

まさか全て失敗に終わるとは思わなかったが、最後だけでも成功させればこちらの勝ちである。


それが最後のチャンスで、最大のチャンスだった。




「皆さん、本日はありがとうございました」


翔平は、錚々たる顔ぶれの前でつぼみとして1人立っていた。


体育祭は終わりを迎えようとしており、行われる予定だった競技は全て予定通りに終えた。

残るは閉会式だけとなり、そこに出席する来賓の対応を、今翔平がしているのだ。

純が散々嫌がっていたやつである。



『結果的には、あいつがいなくてよかったな…』


少し前に予定外の来客を紹介されて、翔平は顔をしかめそうになった。

そもそも招待されていない人間が突然来るというのは無礼だし、その客がこの場所に来ること自体に問題があったからだ。


『まさか、久遠財閥の人間が来るとは…』


予定外の来客は、久遠栄太朗の息子、久遠清仁(きよひと)だった。


黒髪に目つきは冷たく、常に険しい表情をしているからか感情が読みにくい。

久遠財閥の総帥をしており、久遠財閥のナンバー2である。


「招待していない」という理由で翔平が断れるような相手でもなく、機嫌を損ねれば何があるか分からない。

結果として受け入れざるを得なかったため、こうやって来賓の中に交ざっている。


『父親と理事長が犬猿の仲なのは十分知っているだろうに、何故来たんだ…?』


息子の清仁が理事長と火花を散らしているという噂は聞かないが、父親と同じように理事長のことは嫌っているように見える。

実際に、今も友好的とは言えない空気を醸し出している。



「閉会式までは少し時間がありますので、もう少々お待ちください」

「十分待っているが」


どれだけ待たせるのか、と言外に言っている。

招待されているわけでもないのに、かなり攻撃的である。


「まぁまぁ。時間としては、予定通りですよ」


そこで穏やかに間に入ったのは、波多野スポーツの社長である。

今回の体育祭ではスポーツウェアや競技用のシューズなど、体育祭のために新調したスポーツ用品はここに頼んでいる。


「波多野くんの言う通りだ。少しは心を広くもたんかい」


翔平を擁護してくれたのは、山本(やまもと)という老人だった。

数年前までスポーツ委員会の会長を務めていた人物で、スポーツ界にかなり顔の広い人物である。

体育祭では審判の手配や競技場の整備など、かなり手広く力を貸してもらっている。


「河合も、断れんからと言って連れて来るな」

「僕は、山本会長のようにはできませんよ」


河合(かわい)と呼ばれた若い男性は、翔平に申し訳なさそうにしながら肩をすくめる。

現役の水泳選手で、静華学園の卒業生でもある。

プロのアスリートでありながら若手の育成に力を入れており、今回は卒業生枠で呼ばれている。


「元、会長だ」


ふんっと、不満そうに鼻を鳴らす。

会長職が長かったため、今も会長の名前で呼ばれることが多いらしい。


「龍谷くんは、今回も活躍だったようだね」


話の流れを変えるように翔平に話を振ってきたのは、林原(はやしばら)という建設会社の社長である。

競技場の設営に協力してもらった会社である。


「また、1位ばかりだったとか。アスリートの道には行かないのかい?」

「一応、龍谷グループの跡取りですので」


もったいない、というように男性は息をつく。


「社長職とアスリートを兼任できないかね」

「できなくはないでしょう」


河合という男性が、少し挑戦的な目を翔平に向ける。


「やらないだけ、だろう?」

「後輩をいじめるのも、大概にしろ」


低く、少し厳しい声に河合は肩をすくませる。


「雲井さんだって、そう思いませんか?」


雲井(くもい)と呼ばれた男は、少しでっぷりとした腹を撫でつつ、興味なさげに翔平に視線を向ける。

電子会社の社長で、デジタル競技の技術提供や警備の面でも力を貸してもらっている。


「どちらも簡単な道ではない。つぼみとはいえ」

「雲井さんお仰る通りです。私は器用ではないので、どちらもというのは難しいです」

「静華学園の子供は、相変わらず子供らしくない」


翔平は概ね本音を言ったのだが、どうやら好ましい答え方ではなかったらしい。


閉会式の来賓は、予定外の客を含めて全部で6人である。

この中に、つぼみを狙った黒幕の人物がいるのである。




コンコンと扉をノックする音が聞こえ、雫石が部屋に入ってくる。


「お待たせいたしました。閉会式の会場へ、ご案内いたします」


雫石が軽く微笑むと、室内の空気がどことなく軽くなった気がする。

さっきまで男ばかりでギスギスしていた部屋に、一輪の花が咲いたようである。


よっこらせと山本という老人が立ち上がり、それに続くように他の来賓たちも立ち上がる。

雫石と翔平が先導し、閉会式が行われる会場まで案内した。


太陽の陽が傾き、初夏の長い1日が終わろうとしている。




学園内を案内をしていて歩いていると、最初に異変に気付いたのは河合だった。


「閉会式って、今年はどこでやるの?」

「大講堂じゃないのか?」


山本という老人が、不思議そうに河合に応える。

河合は、先を歩いている翔平と雫石に視線を向ける。


「僕は、グラウンドって聞いてますけどね。それに、どう考えても大講堂に向かっているようには見えないけど」


それを聞いて、来賓たちが足を止める。


「…どういうことだ?」


翔平と雫石は、足を止めて来賓たちに振り返る。


「閉会式の前に、皆様に少しお話しておきたいことがあります」

「それは、今必要なのか」


雲井の厳しい声に、翔平は頷く。


「来賓の方々にも関わる、大切な話です」

「立ち話でそれを切り出すのはどうかと思うけど、気になるから聞いてあげるよ」

「皆さん、ありがとうございます」


河合からの了承を、翔平は全員からの了承に取って変えた。

さすがに不満はありそうだが、一応子供からの提案とあって聞く態勢のようだった。



「実は、今回の体育祭で生徒が狙われるという事件がありました」


翔平の言葉に、来賓に動揺は見られなかった。

隠しているのか、何とも思わないのかは分からない。

ただ、この程度の揺さぶりでは尻尾は出してくれなさそうである。


「乗馬では、競技中に大きな音を出されるということがありました」

「それは…さすがにやり過ぎではないか?」


そう反応したのは、波多野だった。

息子が静華学園に通っているからか、静華の体育祭に競技妨害が多いことは知っているのだろう。

そして、今回のやり方が度を越しているというのにも気付いたのだろう。


「射撃では、競技中の選手に向かって酸性の液体が投げつけられました。もし目に入っていれば、数日は目にダメージがある状況だったそうです」


そこで反応したのは、雲井だった。

眉間にシワを寄せ、怒っているようにも見える。


翔平は構わず、話を進めた。


「ある生徒には、爆発物が届きました。爆発は未然に防がれましたが、その生徒を狙ったことは明らかでした」

「そんなことが…?その子は大丈夫だったかい?」


林原の心配には、雫石が答える。


「競技には、予定通り出場しています」

「ある生徒は人気のないところで襲われそうになり、ある生徒は競技前に密室に閉じ込められそうになりました」

「……犯人は?」


感情を抑えた山本の声に、河合が少しびくりと反応する。


「乗馬の競技妨害をした人間は、審判でした。金で雇われたと証言しています」


山本の目が、くわっと見開く。


「審判が、競技妨害だと!?」


「競技妨害をした証拠もあります」

「…個人名は、後で聞こう。まったく、審判が競技妨害をするなど…」


今回の体育祭で審判を用意したのは山本なので、怒りを覚えているらしい。

自分の顔に泥を塗られたようなものなので、当たり前だろう。


「射撃の競技妨害をした人間は、警備員でした。こちらも、金で雇われたと証言しています」

「…どこの警備会社だ」


体育祭で警備員の斡旋をした雲井は、低い声を唸らせる。

こちらも、顔に泥を塗られたことに怒りを覚えているようである。


「爆発物の宛名は、でたらめなものでした。他2名の生徒を襲った人間も、口を揃えて金で雇われたと証言しています」

「つまり、何も手がかりがないということか」


久遠清仁の冷たい言葉に、空気が一瞬止まる。

翔平は、鉄仮面のまま口を開く。


「金で雇ったという共通点と狙われた生徒の共通点から、これらを指示した人間は同一人物であると考えています。例年とは明らかに異なった方法を使って妨害をされていることから、犯人は生徒ではないと推測しています」


来賓たちの間に漂う空気が、ゆらりと揺れる。


「…つまり、外部の人間。それも君の言い方からすると、大人の仕業だということかね?」

「その可能性が高いと考えています」


翔平は中庭に目を向けると、来賓たちを先導するように再び歩き始める。


「閉会式の会場まで、ご案内いたします」


雫石も来賓たちにそう微笑みかけると、翔平と共に案内を再開する。

来賓たちは少し互いの顔色を窺いながらも、2人について行った。




翔平と雫石が来賓を案内したのは、大講堂でも、グラウンドでもなかった。


「第一講堂?何でここ?」


一番不審がっているのは、卒業生である河合だった。


「こんなところで閉会式なんてしたことないけど」


扉の前に立つと、講堂の中からはざわざわとした声が聞える。

翔平と雫石は、講堂への扉を開けた。


大講堂ほどは広くはないが、それでも高等部の全生徒が入れるくらいの広さがある。


そんな講堂の中は、がらんとしていて人一人もいなかった。

ざわざわと大勢の人の音が聞えるのに、人は1人もいないのだ。


「…どういうことだ?」


雲井の低い声が、翔平と雫石に向けられる。


「今回、皆さんには閉会式の場所が変更になった旨をあらかじめお伝えしました」

「それは聞いている」


今日の昼頃に、閉会式の場所が変更になったことは伝えられている。


「だが、私が聞いた場所は大講堂でもなければグラウンドでもない。この、第一講堂という場所でもない」


雲井にじろりと睨まれても、雫石は臆せずにただ微笑んだ。


「申し訳ありません。お伝えした内容に、不備があったようです」


不備と言いながらも、雫石はそれぞれに伝えた閉会式の場所を並べた。


「山本様には、大講堂とお伝えしました。河合先輩には、グラウンド。波多野社長には、体育館とお伝えしました」


合っていますか?と雫石に問われ、波多野は頷く。



その時、講堂の反対側の扉が勢いよく開いた。


バァン!という音に驚いて見れば、覆面をした怪しげな男たちが数人立っている。

それぞれ手にはバッドを持ち、それを振り上げる。


「怪我をしたくなかったら、大人しく………は?」


先頭で勢いよく入って来た男はそう吠えたが、途中で目の前の景色に気付いたようだった。


「何で誰も…」


そこまで言いかけて、来賓たちが視界に入ったのか、言葉を止める。


「不審者なので、捕獲します」


翔平はその一言だけ置いていくと、覆面の男たちのもとへ一瞬で詰め寄る。


「なっ!」


先頭に立っていた男が反射的に翔平にバッドを振り下ろすが、それが届くことはなく翔平に蹴りを入れられて吹っ飛ばされる。

あまりの一瞬の出来事に、他の味方は何が起きたのか分かっていないようだった。


時間が止まったかのようなその一瞬に、翔平は他の数名も蹴り飛ばしては意識を奪っていった。

翔平の姿をやっと目で捉えられた時には、不審者が床に全員転がっていた。



「お話が途中でした。申し訳ありません」


まるで何事もなかったかのように、雫石は微笑みながら話を再開する。

もちろんそれどころではないのだが、何が起きているのかを理解する時間は来賓に与えられず、雫石は場を回していく。


「来賓の方々には、閉会式の場所が変更になった旨をあらかじめお伝えいたしました」


ですが、と雫石は静かに続ける。


「第一講堂で閉会式を行うとお伝えしたのは、来賓の方々の中でも、お1人だけです」


雫石は、脂汗を浮かべているその男に微笑みかけた。



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