表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第二章 忍び寄るもの
68/181

68 狙うもの③


「雫石は大丈夫だったみたいだね」

「うん。よかった」


皐月と凪月は、これから出場する競技の控室にいた。

2人しかいない部屋はとても静かで、外の喧噪も届かない。


雫石が襲われそうになったという報告を聞いた時は、心臓が冷えた。

自分たちの作った防犯グッズが役に立たなかったら、どうしようかと思ったのだ。

もし自分たちのせいで雫石の身に何かあったらと考えると、体の芯が冷えるような思いだった。


雫石が防犯グッズで無事に犯人を撃退したという話を聞いた時は、2人してほっと息を吐いた。



今まで、自分たちが作ってきたものにそこまで責任を持ったことはなかった。

いたずらできるようなおもちゃを作ったり、アイデアが湧いたら気まぐれに会社の商品を作ったり、人に見付からないように隠れながらも、自由にものづくりをしていた。

楽しいこと、面白いことが好きな2人にとって、ものづくりは責任が伴うものではなかった。


「…ほんとに、大丈夫でよかった」


凪月は、少し震える声を吐き出した。


自分たちの作ったものに、自信がなかったわけではない。

できるだけ雫石が使いやすいように、設計や素材を考えた。

力が弱くても大丈夫なように、ボタン1つで使えるようにした。

焦って落とさないように、滑りづらい素材を使った。

それでも、もしそのグッズが使い物にならなかった場合を考えると、不安が消えなかった。



「僕、ただみんなの役に立ちたいだけだった」


皐月が、ぽつりとそう言った。


「でもそれって、すごい無責任な考えだった。ただ作って、ただ使ってもらうだけじゃ、だめだったんだ」


雫石が自分の身を囮にすると言い出した時、皐月と凪月は反対した。

自分たちが作ったものには自信があるはずなのに、もしもの場合を考えるとそんな危ない真似はしてほしくなかった。


もし、急に動かなくなったら。

もし、設計が間違っていたら。

もし、作る時にミスがあったら。


そうしたら、雫石の身に何があるか分からない。

でも雫石は、


「皐月くんと凪月くんが作ったグッズがあるから、大丈夫よ」


と、皐月と凪月よりも自信を持っていた。

雫石の囮作戦に反対していた翔平と晴も、最終的には皐月と凪月の技術を信頼して首を縦に振った。


「あそこまで、みんなに信頼されてると思わなかった」


自分たちの嘘を許してくれただけで、十分だった。

信用も信頼も、そう簡単には得られるものではないと分かっていた。

それなのに、みんなは皐月と凪月を信頼してくれた。


皐月と凪月が一番、自分たちを信頼できていなかった。

今まで作ってきたものは、大体が自分たちで使ってきた。

失敗したとしても、その失敗は自分に返ってくるだけだった。

自分たち以外の人が使う時のことなんて、考えたことがなかった。



「僕ら、ほんと無責任だったね」


ため息と共に吐き出した凪月の言葉に、皐月も頷く。


「僕らが考えて作ったものを誰かが使う時、僕らも責任を持たないとだめなんだ」


その覚悟を持って、作らなくてはいけないのだ。

自分たちが考えて、自分たちの手で作ったものなのだから。



凪月はふぅと息を吐いて少し落ち着くと、皐月の肩を軽く叩く。


「落ち込んでる暇はないよ、皐月。僕らだけが、まだ狙われてないんだから」

「分かってるよ」


よしっと気合いを入れ直した時、コンコンという音がして2人は驚いた。

音がしたのは扉の方ではなく、窓の方だったからだ。


窓の方を見ると、いつの間にかそこに人が現れていた。


「じゅ、純?」

「な、何してるの?」


窓の外にいたのは、純だった。

皐月と凪月が急いで窓を開けると、するりと室内に入ってくる。


「いや、ここ何階だと思ってるの?」

「ここ5階だよ?どうやって来たの?」

「屋根から降りてきた」

「…予想外過ぎて、何て言ったらいいか分かんないよ…」

「ていうか、どうしたの?」


先に落ち着きを取り戻した凪月が、ようやく尋ねる。


「翔平から、伝言」


純はそう言って、先ほど翔平から言われたことをそのまま伝えた。


「…なるほどね」

「確かに、それはいいかも」


つぼみを狙う人間が来客の中にいるという雫石の推測は、確かに理事長の性格を思えば理にかなっている。

歌代弦二からの情報を一緒に考えると、その可能性は高い。

翔平の考えも、合理的ではある。


「でも、あんまり時間ないね」

「僕らも、それまでに間に合わせないと…」


皐月と凪月が少し考え込んでいると、純はもう窓の外に出ようとしていた。

どうやら、雫石と晴にも伝えに行くらしい。


純は何か思い出したように振り返ると、皐月と凪月を見た。


「面倒だから、今度から学園で使えるトランシーバー作って」


そう言うと、窓の外に姿を消した。


「…こうやって伝えるのが面倒なのか、自分で作るのが面倒なのか、どっちだろう」

「…どっちもじゃない?」


純なら自分で作れそうなのに、自分たちに頼むのが少しおかしかった。



今回、つぼみは連絡用のスマートフォンを一応持っている。

しかし周りに誰がいるか分からない状況でつぼみが狙われている話を口に出すことはできず、競技中のことも多いため連絡手段としてはあまり使えていない。


「確かに、学園で使えるトランシーバーがあればいいね」

「普通のやつじゃ、学園が広すぎて使いにくいからね」


学園で使えるようなトランシーバーとなると、かなり遠くからの無線や屋外屋内どちらにいても高音質で音を拾えるようなものでなければならない。

つぼみの活動で使うなら、盗聴されないようにしなければならない。

耳に着けていても目立たないように小型で、デザインも考えた方がいいかもしれない。


「純も、僕らを信じてくれるのかな」

「きっと、そうだよ」


そうじゃないのかもしれない。

でも、そうかもしれない。

まだ自分たちは、純のことをよく知っているわけじゃないから、分からない。

分からないのなら、前向きに受け取ることにした。




コンコンと、次は扉の方がノックされる。

どうやら、競技に出場する時間になったらしい。


皐月と凪月が出場するのは、卓球のダブルスである。

純や翔平ほどではないものの、2人の運動神経は良い方である。

特に互いの意思疎通が必要なダブルスのような競技では、常に3位以内に入ってきた。

4月にあった部活連対つぼみの時もそうだったが、ダブルスは得意なのである。



ちなみに、静華学園の体育祭ではサッカーや野球のような団体戦はほとんどない。

生徒同士が足の引っ張り合いをするようなところなので、団体競技に向いていないのだ。


体育祭の中で生徒同士の協力が見られるのが、数少ないこのダブルス競技である。

ダブルス競技では、必ずしも同じチーム内でダブルスを組む必要はない。

違うチーム同士で組んでも、勝った分の得点はそれぞれのチームに入るので問題ないのだ。


ダブルスのような競技では、少なくとも意思疎通ができる相手と組む必要がある。

静華学園のような場所では、そういう相手が少ない。

いがみ合ったり、足を引っ張り合ったりが普通なので、協力できる相手がチーム内にいるとは限らないのだ。


以前はチーム内のみでダブルスを組んでいたらしいが、それではほとんど試合にならなかったらしい。

そのため、ダブルスのある競技だけは特例としてチーム以外のメンバーとも組めることになっている。



皐月と凪月は控室を出て、競技が行われる体育館へと向かった。


『つぼみを狙っている人が来客の中にいるとしたら』

『わざわざ学園に来るなんて、ばれない自信があるんだね』


実際、実行犯は金で雇われた人間ばかりで、つぼみを狙っているのが誰なのかを突き止めることができていない。


『かなりの自信家なのかな』

『それとも、絶対にばれないって言える何かがあるのかな』


「蒼葉先輩、がんばってください」

「皐月くん、応援してます」

「私は、凪月くんを応援してます!」


「「ありがとう、がんばるね」」


通りすがりの生徒に声をかけられるたびに、手を振って笑顔を振りまく。

しかし頭の中では、つぼみを狙う人物への考えが止まらない。


『純と翔平には、競技妨害をしたのに…』

『晴には爆弾で狙って、雫石には男の人に襲わせようとしたらしいけど』


それらの狙い方は、つぼみのメンバーそれぞれのことを知っていないとできない狙い方である。


純と翔平の運動神経が良いことを知っていたからこそ、競技妨害をしてあわよくば怪我をさせようとした。

晴の体育祭での活躍の少なさと耳の良さを知っていたからこそ、爆弾で耳が使えないようにしようとした。

雫石をただの人気のある令嬢だと思ったから、男の人に襲わせようとした。


『どうせやるなら、全員競技妨害をして怪我をさせた方がよくない?』

『何で、わざわざやり方を変えたんだろう』



皐月と凪月が体育館に入ると、わぁっと歓声が上がる。

2人は毎年体育祭のダブルス競技では活躍してきたので、観客は結構集まっているらしい。


『『もしかして…』』


皐月と凪月はお互いの顔を見て、どちらも同じ考えに行きついたことに少し苦笑いを浮かべる。


「僕らの体育祭での価値って、ダブルスだけだよね」

「まぁ、そうだね」


2人とも運動神経は良い方だが、純と翔平ほどではない。

1人だけの競技だと、そこまで上位には食い込めないのだ。


「多分、僕らが何が得意かは知らないだろうし」


2人がものづくりが得意なことは、ずっと秘密にしてきた。

そうすると、一般的に見て皐月と凪月の価値はそこまで高くない。


「どうする?皐月」


皐月は、すでに自分の言いたいことを察している弟に目を向ける。


「僕は、大丈夫だよ」


凪月は、そう言って安心させるように笑う。


『僕は…』


皐月は、本音を言えば嫌だった。


『でも…』


凪月と一緒に、変わることを決めた。

だから自分も、変わらないとだめなのだ。


「やるなら、僕が行くよ」


皐月がそう言うと、凪月は驚いたようだった。


「僕の方が、お兄ちゃんだからね」


久しぶりに聞いたその言葉に、凪月は小さく笑う。


「それ、昔はよく言ってたね」


凪月が誘拐される前までは、よく聞いていた言葉だ。


皐月は凪月に、自分の方が先に生まれたのだから、双子であっても自分の方が兄だとよく主張していた。


凪月が誘拐されて、自分たちを同じものにしてからは、皐月がそう言うことはなくなった。

皐月は凪月で、凪月は皐月だったから。

どちらが兄でどちらが弟なのかは、意識すらしなくなった。



「すみません。蒼葉選手。少しいいですか」


2人に声をかけてきたのは、会場スタッフだった。


「何ですか?」

「出場する選手の書類で少し不備が見つかりまして、一度確認していただきたいのですが」

「2人ともですか?」

「いえ、凪月選手の方だけでよいのですが…」


そこでスタッフの女性は、少し困ったように2人を見比べる。

今は色違いのウェアを脱いでいるので、どっちがどっちか分からないのだろう。


「僕が凪月です」


自己申告されて、スタッフはほっと安心したようだった。


「試合前に申し訳ありませんが、本部の方にお願いします」

「分かりました。じゃあ、ちょっと行ってくるから。皐月」

「うん。いってらっしゃい。凪月」


お互いにひらりと手を振ると、片方はスタッフについて行き、片方は体育館に残る。



『僕らの価値は、ダブルスだけ』


ダブルスは、2人いないとできない競技だ。

どちらか1人を競技に出られないようにすれば、それでいい。


大勢の観客と、試合相手の生徒に、審判。


いくつもの視線を浴びながら、凪月は兄の帰りをただ待った。




「こちらにお願いします」


皐月が案内されたのは、体育館から少し離れた一室だった。


「本部に行くんじゃないんですか?」


そう尋ねつつも案内されて中に入ると、部屋の中には何もなかった。


「ここで、少し大人しくしていなさい」


それだけ言い残すと、扉がバタンと閉まる。

すぐに、ガチャリという音が聞こえた。

どうやら、外側から鍵を閉められたらしい。


皐月は、ため息をついた。


「こんなことだろうとは思ったよ」


自分たちの競技を妨害するには、人気のない部屋に閉じ込めるだけで十分らしい。



皐月はポケットから茄子のキーホルダーを取り出すと、それをスライドさせる。


アーミーナイフと呼ばれるもので、スライドさせると小さなナイフや鋏が出てくる便利な道具である。

それを皐月と凪月が自分たち用に作り直したもので、凪月が爆弾を解除する時に使ったのはこれである。

学園内で持ち歩いても大丈夫なように、もし見つかっても言い逃れできるように作りは複雑にしているので、見た目はただの茄子のキーホルダーである。


そこから今回使うものをスライドして出すと、ドアノブに少し手を加える。

カチャリという音がして、扉は簡単に開いた。


「なっ…何で…」


皐月をここまで連れてきたスタッフが、驚いて目を見開いている。


「ひ・み・つ」


そう言って、皐月は逃げようとしたその女性にスプレーをかける。

何事かと咳こんだ女性は、すぐにこてんと眠ってしまった。


取り敢えず、今は時間がないのでその女性を部屋に閉じ込めておく。

そしてすぐに、体育館に戻った。




「凪月。戻ったよ」

「…皐月……良かった…」


皐月の姿を目にすると、凪月は体の力が抜けてしまいそうなくらい息を吐いた。


「…待ってる方って、こんなに辛いんだね」


何かされると分かっているのに、皐月を送り出すのは辛かった。


「僕の気持ち、分かったでしょ」


皐月は、少しいたずらっぽい顔で微笑む。

凪月が誘拐された時、皐月は心臓が潰れそうな思いだった。

離れ離れになることが怖ろしくて、もう二度とこんな思いはするものかと思った。


「…心臓に悪いから、やっぱりあんまりやりたくないよ」

「うん。だけど、僕らも変わらなくちゃならないから」


いつまでも、2人だけの世界にはいられないのだから。


凪月は自分の気持ちを少し押し込んで、頷いた。

これから、試合が始まる。

まだ油断はできない。



「凪月。僕、1個分かったことがあるよ」

「何?」


ラケットを持ち、コートに立つ。

皐月は、珍しく少し怒っている。


「僕ら、舐められてる」


密室に閉じ込めるだけで、十分だと思われたのだ。


「多分、僕らだけじゃない。みんな、舐められてる」


つぼみを狙った人物は、つぼみを舐めている。

ただの高校生だと、この程度でどうにかなるだろうと、舐めている。


だから全力で競技を妨害するのではなく、ある程度加減をしてつぼみを狙っている。


「反撃は、これからだね」

「うん」


つぼみが、つぼみとして選ばれた理由を。

静華学園のつぼみが、これだけ特別視されている理由を。


その分からずやに、教える時が来たのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ