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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第二章 忍び寄るもの
65/181

65 狙われるもの⑤


バシュッという音と共に、相手のコートに羽根が落ちる。


「マッチポイント」


審判の声と、観客席からは黄色い歓声も聞こえる。

しかし、翔平の頭の中は別のことを考えていた。


『これで、だいぶ印象操作はできたな』


翔平は今、バドミントンの決勝を行っている。


医務室でつぼみ全員で話し合った結果、まず今すべきことは生徒を安心させることだと考えた。

純と翔平が狙われたことや、翔平が怪我をした事実は生徒に広まってしまっている。

そのため、生徒に不安を感じさせないように翔平のいつも通りの姿を見せることが大切なのである。


つぼみが競技妨害をされること自体は珍しくないが、それによって怪我をしたというのは生徒の不安を煽ってしまう。

つぼみの能力を疑ったり、評価が下がれば信頼を落としかねない。


つぼみが生徒からの信頼を落とすというのは、学園の地盤が揺らぐようなものなのだ。

それほどに、つぼみというのは学園での影響力が強い。

つぼみという揺るがない存在がいるからこそ、静華学園の治安は保たれている。



『早く、俺たちを狙っているのが誰なのかを見つけないと…』


つぼみが狙われているという事実は、一般の生徒には知らせていない。

その事実が広まってしまうと、余計な動揺や不安を煽ってしまうからだ。


純の競技妨害をした男も、翔平の競技妨害をした男も、どちらも金で雇われてやったようだった。

しかも雇い主のことは知らないらしく、それ以上の情報は得られなかった。


だが間違いなく、実行犯とは別に黒幕がいるのだ。

実行犯を金で雇い、つぼみを狙うように指示をした人物が確実にいる。



翔平は、他の5人のメンバーを思い浮かべた。

6人で一緒にいるのはまだ2ヶ月なのに、信頼できる大切な仲間だった。

そんな仲間に、友人たちに、同じような思いはさせたくなかった。


乗馬や射撃での競技妨害は純と翔平だったから大丈夫だったものの、他のメンバーもそうとは限らない。

もしかしたら、怪我をするような狙われ方をするかもしれない。

大切な仲間が狙われるのは、許せなかった。


『そのためには…』


バシュッという音で、ジャンプスマッシュが決まる。


「試合終了」


わぁっと歓声が上がる。

そこでやっと、試合が終わったことに気付いた。


考え事をしながら、優勝してしまった翔平だった。




「今日はこのまま終わりそうだね」

「そうだね」


凪月と晴は、つぼみの部屋へ向かっていた。


太陽はだいぶ傾き、昼間の熱量が嘘のように、静かな空気が学園の中を流れている。



1日目の競技は全て終了し、生徒もほとんど帰った後である。

つぼみは片付けの指示や明日の準備がまだこれからあるので、今からつぼみの部屋に集合するのである。


医務室で話し合ってからずっと警戒をしていたが、今日はもう誰も競技妨害を受けることはなかった。


「明日も油断できないね」

「うん。僕らだけじゃないかもしれないしね」


周りにいる生徒が狙われないとも限らない。

警備体制を考え直す必要があるだろう。


「翔平がバドミントンで1位をとったおかげで、生徒はみんな落ち着いたっぽいね」

「おれは高等部からしか知らないけど、翔平は体育祭でいつも活躍してるよね」

「初等部の時からそうだったよ。翔平は出る競技で全部1位をとるから、翔平がいるチームが毎年優勝してたもん」

「そうなんだ。それはすごいね」


去年と一昨年を思い返せば、確かに翔平がいたチームが優勝していた。


「でも、凪月も運動は得意だよね」

「翔平ほどじゃな……え?」


凪月は自分の名前が呼ばれたことに驚いて晴を見たが、晴の視線は少し遠くを見ていた。

どうしたのかと思っていると、晴の視線の先には段ボールの箱をいくつか持った女性がいた。

確か、静華学園の職員の女性である。



晴は迷いなくその女性に近付くと、王子様のような完璧な笑みで微笑みかけた。


「重そうですね。大丈夫ですか?」

「あら、周防くん」


その女性が晴の微笑みに魂を抜かれることなく応対しているのを見て、凪月は少し驚いた。

晴から微笑みかけると大体の女性は頬を赤らめてうっとりとしたり、魂が抜けたように固まってしまうのだが、この女性は違うらしい。


「ちょうど良かったわ。周防くんにプレゼントが届いて、それを届けに行こうと思っていたの」

「今もらっても良いですか?」

「えぇ。もちろんよ」


女性は持っていた段ボールの中からプレゼントらしく包装された箱を取り出すと、晴に手渡す。


「相変わらずの人気ね。でも、ここで受け取ってくれて助かったわ」


そう言うと、また段ボールをいくつか抱える。


「こちらこそ、届けてくださってありがとうございました」


晴が微笑んで礼を言うと、女性の職員は少し微笑みを返してから去っていった。

あの段ボールの中を見るに、他にも行く場所があるらしい。



女性の姿が見えなくなると、王子様のようだった晴の雰囲気が一瞬にして固いものに変った。


「どうしたの?晴」


凪月がすぐに気付いて尋ねると、晴は自分が持っている箱に目を向ける。


「この箱から、チクタクっていう音が聞こえるんだ」

「えっ!」


凪月が慌ててその箱に耳を当てると、確かにチクタクという時計のような音が聞こえる。


「…晴。一応、揺らさないようにそっと地面に置いて」


晴は頷くと、箱をそっと地面に置いた。


凪月は慎重にその箱を調べてから、包装紙をゆっくりと破いた。

何の変哲もない箱を開けると、そこにあったのはプレゼントとは呼び難いものだった。


「…爆弾だね」


チクタクと動く針に、いくつもの導線、火薬らしきものもある。

間違いなく、時限爆弾だった。



「…あとどのくらいで爆発しそう?」

「十分くらい。余裕だよ」

「えっと…余裕なの?」


爆弾を前にして凪月が余りにも冷静なので不思議に思っていると、凪月はポケットからキーホルダーを取り出す。

何故か茄子の形をしたキーホルダーで、顔がついている。

それをスライドしてずらすと、小さなナイフが現れた。

そして迷うことなく、1つの導線を切る。


すると、チクタクと鳴っていた音が止まった。

どうやら、爆弾を解除してしまったらしい。


「昔、よく皐月と作って遊んでたんだよね。時限爆弾」

「…危ないおもちゃだね」


2人にとっては、時限爆弾はおもちゃの範囲内らしい。



「これ、よく気付いたね。晴」


凪月は、晴に言われるまでこれが爆弾だとは気付かなかった。


「チクタクっていう音が聞こえたから、もしかしたらと思って」

「いつ気付いたの?」

「凪月と話してる時にその音に気付いて、そっちを見たら職員の人がいたから」


ということは、爆弾と数十メートル離れているところから音で気付いたらしい。


「いや、耳良すぎでしょ…」


少し引いている凪月に対して、晴は少し照れたように笑う。


「昔から、耳はいいんだ」


晴の音楽の才能は、耳の良さからも来ているらしい。


「凪月こそ、爆弾をすぐ解除できるなんてすごいね」

「僕らは、これが一応得意分野だからね」


もう、自分たちの能力を隠すことはやめたのだ。


「僕らの力が、今回のことに役に立てれば嬉しいよ」


凪月は、自分が解除した爆弾に目を向ける。


この爆弾は、明らかに晴を狙ったものだった。

つぼみにプレゼントや手紙が届くのは、よくあることだ。

学園内の生徒からだけではなく、外部からも届く。

それだけ、つぼみは人気があるのだ。

今回は晴へのプレゼントとして爆弾を送り、つぼみの塔に届いたあたりで爆発する予定だったのだろう。



「とりあえず、みんなに報告して…あ、そうだ」


凪月はさっきのことを思い出した。


「晴、さっき僕のこと凪月って呼んだよね。僕、自分から名前言ってなかったのに」


当たり前のように凪月と呼ばれて、かなり驚いたのだ。


「どうして分かったの?」


晴は、この前まで翔平や雫石と同じように凪月と皐月を見分けられていなかったはずなのである。


「最近になって気付いたんだけど、2人の声のピッチがたまに違うことに気付いたんだ」

「声のピッチ?」

「声の高さとか、音程かな。特に人の名前を呼ぶ時は、凪月と皐月でちょっと違うね」

「そうなの?」


声でも見分けがつかないと言われてきた2人なので、声から見分けられるとは思っていなかった。


「凪月が翔平って呼ぶ時は、皐月よりピッチが高いんだ。よく聞いてないと分からないくらいだから、ちょっと気付きにくいけど」


驚いている凪月を見て、晴はもう少し補足する。


「双子でも、全く同じ喉じゃないと思うんだ。凪月と皐月は機械じゃなくて、人間だから。だから音が違うのも、当たり前だよ。楽器だって、全く同じ音が出るものはないから」


凪月は一体どこに驚けばいいのか分からなかったが、ひとつ分かったことがあった。


「晴の言うこともその通りなんだけど…多分それ以上に、晴の耳がめちゃめちゃ良いんだと思うよ」


普通の人間では、恐らく気付かなかったことだろう。

耳が異常に良い晴だから、2人の違いに気付けたのである。


「ありがとう。嬉しいよ」


素直に喜んでいる晴を見て、凪月も気が抜けたように笑った。


「僕も嬉しいよ。晴が、僕の名前を呼んでくれて」


今まで、凪月と皐月を見分けられたのは純だけだった。

これで、2人になった。

これからも、増えるかもしれない。

どこかくすぐったいような、嬉しさだった。



『やっぱり、許せないや』


こんなに優しい仲間たちを狙う人物のことが、許せなかった。

凪月は、すでに音のしなくなった爆弾を見つめた。




「凪月、大丈夫だった!?」


凪月と晴がつぼみの部屋でさっきあったことを報告していると、動揺した皐月が純と一緒に部屋に入ってきた。


皐月も片付けの指示をしていたのだが、凪月から爆弾の話を聞いた翔平が皐月を探すように純に頼んでくれたのだ。

1人でいたら狙われるかもしれないし、爆弾の話をできるだけ早く伝えた方がいいと思ったのだ。


翔平が思った通り、皐月はかなり動揺している。

凪月は、皐月を落ち着かせるようにその手を掴む。


「大丈夫だよ。びっくりするくらい簡単な作りだったし」


凪月は、少し肩をすくめる。


「それに、威力もお遊びレベル。あの箱を持ってれば多少は怪我をするかもしれないけど、音と爆発の見た目を派手にしただけのおもちゃみたいなやつだった。多分、ビビらせるのが目的だったんだと思うよ」

「プレゼントは、晴宛てのものだった。間違いなく、晴を狙ったんだろうな」

「晴が気付いてくれたから、爆発する前に解除できてよかったよ」

「プレゼントを運んでいた職員からも、一応話を聞いた方が良さそうだな」


プレゼントの送り主など、何か手がかりが見付かるかもしれない。


「えーっと…学園の職員の人なんだけど…」


名前は何だったかと、凪月は記憶をたどる。

学園で働いているのは、教師だけではない。

他にも警備員や用務員、庭師や清掃員などかなりの人数がいるので、思い出すのには少し時間がかかる。


「確か、事務の栗田(くりた)さんだよ」


そう答えたのは、晴だった。


「よく知ってたな」


驚く翔平に、晴は少し照れた笑みを浮かべる。


「おれも、少しは周りにいる人のことを知ろうと思って。特に、女の人の名前と顔はできるだけ覚えるようにしてるんだ」


これが晴でなければどこかのプレイボーイのような発言だが、実際晴の周りには女性が近付いてくることが多いので、合理的ではある。

近付いてくる人間の情報をあらかじめ持っていれば、こちらが有利な立場になりやすいのだ。


晴の成長を感じて、凪月は皐月に目配せをした。


『僕らも、負けてらんないね』

『だね』


今までは、情報通と言えば皐月と凪月だった。

他のメンバーも情報に通じることは、つぼみにとって喜ばしいことである。

しかし、何となく競争心に火が付くのだ。


皐月と凪月は、自分たちもこれまで以上に頑張ろうと心に決めた。



「純と、翔平くん。今回は、晴くん。つぼみが狙われているというのは、間違いないようね」

「そうだな」


それも、恐らく外部の人間から狙われている。


「何故つぼみを狙っているのか、誰が狙っているのか、どう解決するのかが問題だな」

「おれたち個人を狙ってるっていうよりは、つぼみとしてのおれたちを狙ってるのかな」

「体育祭で狙われていることを考えると、そうだろうな」


理事長の孫や龍谷グループの子息として狙われているのではなく、静華学園のつぼみとして狙われているのだ。


「個人を狙うなら、体育祭というハイリスクな場所で狙わなくてもいい。学園内で生徒を狙うというのは、理事長を敵に回すことと同じだからな。そのリスクを背負ってまで学園内で狙うということは、公の場で狙うことに意味があるんだろう」


「体育祭は、いつも以上につぼみが注目されるからね」

「チームの大将だし」

「たくさんいる生徒の前でつぼみが失態を見せれば、つぼみの信頼は落ちるよね」

「明日からは、外からのお客さんも増えるしね」

「それがネックだな」


体育祭1日目は、生徒の保護者が主な客人だった。

しかし明日は、体育祭に協力してくれた企業の社長などが来るのだ。

それらの人たちの目の前でつぼみが失態を起こすというのは、生徒の前で失態を起こすよりも各方面に影響が出てしまう。


様々な業界のトップたちは、つぼみを見て静華学園への態度を変える。

未来ある若者には手を貸し、可能性のない者は見放すのだ。



「…少し、気になったことがあるんだけど」

「どうしたの?晴」

「どうしておれは、競技妨害じゃなかったのかなって思って」


晴はそう言って、眉を少し寄せた。


「純と翔平は人前で狙われたのに、おれに届いた爆弾が爆発したとしても、そのことを知るのは多分つぼみのメンバーだけだったと思うんだよね」

「確かに。時間的に、爆発したとしてもつぼみの塔の中だったと思うよ」


あの爆弾は、爆発するまでかなり時間に余裕があった。

人前で爆発させるというよりも、つぼみの塔に届いてから爆発させるように設定した時間のように思えた。


「あの爆弾は、驚かせるためだったんじゃないかって言ったよね」


晴が凪月に確認し、凪月は頷く。


「怪我をさせたいなら、もっと威力を上げるよ。あのくらいじゃかすり傷程度だと思うよ」

「晴には怪我をさせるつもりはなかったということか?」


うーん、と晴は少し唸る。


「おれが競技妨害を受けたとしても、周りにそこまで影響がないと思うんだよね。おれは、純と翔平ほど運動神経が良くないから」


晴の運動神経は、平均的なものである。

悪くはないが、1位を狙えるほどではないという程度である。


「もしおれが競技妨害を受けて怪我をしたとしても、つぼみとしての信頼はあんまり落ちないと思う」


元々期待値が低いので、競技妨害を受けて何かしら失敗したとしても、影響力が低いのだ。


「でも、もし爆弾がおれの手元で爆発してたら…」


晴は、少し顔をしかめる。


「多分、しばらくはおれの耳が使い物にならなくなってたと思う」


「「!」」


さっき凪月から晴の耳の良さを聞いていたメンバーは、その可能性に気付いてひやりとした。


「確かに、あの爆弾は音を派手にしたものだったけど…」


あそこで爆弾を解除できていなかったらと考えると、ぞっとした。


「晴の耳があれば、周りのちょっとした異変とかにも気付けると思うよ。もしかしたら、それを防ごうとしたのかな」


晴の耳を使えないようにしておけば、明日から他のメンバーを狙いやすくなるという話だ。



「晴の耳の良さを知っている人間がどのくらいいるか、分かるか」

「おれがコンクールに出てた頃を知っている人がいれば、気付いてるかもしれない。耳が良いっていうのは、よく言われたから」


絶対音感はもちろん、譜面がなくても音を聞けば曲は弾ける。

普通の人が拾えないような音も拾って演奏していたので、耳が良いというのは知られていた。


「そこから犯人を絞るのは難しそうね」

「もしかしたら、ただ単におれをビビらせたかったっていう可能性もあるから、分かんないけど…」

「大丈夫だ。考えられる可能性が多いに越したことはない」


あらゆる可能性を考えることができれば、それだけ対策も練れる。


「明日は、僕らと雫石かな」

「えぇ。その可能性が高いわ。でも、一度狙われた人がもう一度狙われるということも考えられるわ」

「警備体制は見直すが、それぞれの自衛も必要になってくるな」

「あ、それについては僕と皐月に任せて」


ひらりと手を挙げたのは、凪月だった。


「今日、家に帰ったら用意するから」

「純と翔平は必要ないかもしれないけど」


それについてはすでに医務室で聞いていたので、翔平は頷いた。


「頼んだ」

「「任せて」」



翔平は、ずっと一言も喋っていない純に目を向けた。


「何か、あるか?」


純は、無言のまま首を横に振る。

ずっと喋っていないのは、喋る必要がなかったからなのか、不機嫌だからなのかは分からない。

いつも以上に、何を考えているのか分からない目をしている。

ただ、視線を机の上に向けた。


そこには、5つの花が彫られている。

学園のために存在し、学園を守る5つの花。



静華学園は、生徒がつぼみに対して信頼を置き、尊敬と憧憬を持つことで、その秩序が保たれてきた。

つぼみの信頼が崩れれば、静華学園は内側から瓦解する。

それだけは、防がなければならない。



「勝負は、明日だな」


翔平の言葉に、それぞれ頷いた。



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