60 友達⑤
後日、警視総監の方から「娘が迷惑をかけた」と弁護士に謝罪があり、弁護士はそれを受け入れたという。
そして自分からも「子供のことで感情的になってしまい申し訳ない」と謝罪をした。
事件に影響が出たことで2人はその事件の関係者にも謝罪を入れ、三つ巴合戦は勃発する前に終わったのだった。
「「お疲れー」」
皐月と凪月が波多野という男子生徒と別れてつぼみの部屋に戻ると、つぼみのメンバーは全員揃っていた。
「2人とも、お疲れさま。波多野くんは、どうだった?」
雫石に紅茶を淹れてもらいながら、皐月と凪月はさっそく甘いものに手をつける。
「将来有望だねー」
「僕らの意図もちゃんと分かってたし、上手に動きそう」
「それなら、良かったわ」
「橘菜久流も反省したみたいだし、東海林くんとも仲直り。子供が仲直りすれば親は対立する理由を無くすし、波多野くんがすぐに動けば波多野スポーツは三つ巴合戦に加わらないで面倒ごとに巻き込まれない」
「全部、純の言った通りになったねー」
今回、純が言った作戦はこうだった。
まず、菜久流を孤立させる。
そのために梨緒という友人をこちら側に引き込み、友人のために手伝わせる。
菜久流が自分の非を認めれば、警視総監も謝るしかない。
警視総監が謝罪して弁護士が許すかどうかは本人次第だが、弁護士親子が抱える問題をつぼみが手伝えば、恩を感じて許さざるをえない。
波多野スポーツの息子にその一部始終を見せて、問題解決がつぼみのおかげであることを伝えさせる。
菜久流と東海林の和解を一番最初に波多野スポーツに知らせることで、波多野スポーツは三つ巴合戦に交ざらずに引くことができる。
波多野スポーツが三つ巴合戦に参加しなければ、体育祭に影響はない。
それが、純が考えた大まかなあらすじだった。
「どうして、橘さんを孤立させたの?」
晴の疑問に、長椅子に寝転がって本を読んでいる純は興味無さそうに答える。
「1人の方が、自分の考えが揺らぎやすい。味方がいると、人間は強くでるから。1人の方が御しやすい」
純らしい合理的で非情な答えに、晴はなるほどと納得する。
「千歳さんが協力してくれたのは、助かったよね」
「橘さんの行いに思うところはあったみたいだから、どうにかしたいとは思っていたのね」
ここ数日、梨緒が菜久流の近くにいなかったのは、つぼみの作戦だ。
東海林の前で泣いているようなそぶりを見せるように言ったのも、つぼみである。
菜久流に自分の非を認めさせるのは、つぼみが言うよりは友人が言った方が言葉が届くと思ったのだ。
「東海林弁護士の抱える問題は、何とかなりそうか?」
純は、こくりと頷く。
「おばあちゃんに言っといたから、大丈夫」
東海林弁護士親子が抱える問題とは、息子の婚約関係だった。
菜久流が見た東海林が泣かせていた女子は、東海林の恋人らしい。
しかし親に東海林との婚約を反対されているらしく、泣いていたところを偶然菜久流に見られてしまった。
婚約話というデリケートな話題を話している時に菜久流に横から首を突っ込まれたので、東海林も感情的になってしまったのだろう。
東海林弁護士は息子の婚約話に賛成らしいので、息子からその話を聞いて一緒になって怒ってしまったらしい。
その辺りの情報を持ってきたのは、皐月と凪月である。
ちなみに晴と雫石は、今回は完全に裏方だった。
翔平が菜久流たちと会話している場所に、生徒が行かないように人の流れを止めていたのだ。
通りがかる生徒と目を合わせて微笑むだけで役目を果たせたので、簡単なものだった。
「理事長に頼んだら、対価を請求されるんじゃないか?」
理事長の容赦のなさをよく知っている翔平は、少し心配になった。
「弁護士に恩を売れるなら、おばあちゃんにとっても悪い話じゃない。つぼみが大人に恩を売ったところで、大人は子供相手の分しか恩を返さない。おばあちゃんを挟めば、大人分の恩を返すしかない」
「…お前、相変わらずえげつないな」
わざと理事長を間に挟むことで、返ってくる恩の大きさまで調整したらしい。
本から視線を外した純は、少し首を傾げる。
「当たり前でしょ」
「…当たり前ではない」
ふぅん、と納得したような納得していないような相槌を打つと、また本に視線を戻す。
「まぁ、今回は橘菜久流に反省させたってだけでも、十分な結果だったと思うよ」
「だね。迷惑被ってる人は結構多かったみたいだし」
実際に迷惑を被った側としても、大きな問題を起こす前に反省してもらって何よりだ。
「正しいことをしようって気持ちは、間違ってないんだろうけどね」
「僕らには、ちょっと耳の痛い話だったね」
つぼみとしてここにいる皐月たちがやっていることは、正しいことばかりではない。
学園を守るためだったら、手段を選ばない。
つい先日も、不法侵入と窃盗をやったばかりである。
「正しいこと」を実際に行動に移そうとしていた菜久流の姿は、自分たちとは少しかけ離れた存在だった。
「正しければ、何でもいいっていうわけでもない。正しさだけで、人は生きていけない」
翔平は、淡々と続ける。
「正しさだけでは守りたいものは守れないし、戦うことはできない。正しさだけで生きたいのなら、静華学園にはいない方がいいだろうな」
ここは、実力社会だ。
正しいことも、悪いことも、善も、悪も、関係ない。
勝ったものが勝者で、負けたものが敗者だ。
理想論だけで生きていけるような場所ではないのだ。
「さっき見てても思ったけどさ、翔平って橘菜久流のこと嫌いなの?」
凪月は、思いきって問うてみる。
しかし翔平は、何故そんなことを聞かれたのか分からないのか不思議そうな顔をしている。
「別に、好きでも嫌いでもない。何でだ?」
「いやーなんか、結構厳しくあたってたからさ。あと、興味ない感じ?」
「分かる分かる。優しくない感じだよね」
「そうか?」
「少し、一線を引いてる感じがするよね」
晴も加勢すれば、皐月と凪月は、うんうんと頷いている。
「…そうか?」
本当にそんなつもりはなかったらしく、首を傾げている。無自覚だったのだろう。
皐月と凪月は、にやにやと笑みを浮かべる。
「でもさ、そんな翔平も優しくしてる女子がいるよね」
「一線引いてなくて、興味のある女子がいるよね」
にやにやと笑みを浮かべている皐月と凪月を見て、翔平は眉を寄せる。
「誰だ?」
「「………」」
皐月と凪月は、不思議そうにしている翔平を放置して、キッチンにいる雫石のもとへ走り寄る。
「何あれ。無自覚すぎない?」
「感覚が麻痺しているの」
「重症じゃん」
「感覚が麻痺しているの」
「もしかしたらピンク色の展開があると思っていじったのにさ」
「感覚が麻痺しているの」
「「………」」
のんびりと紅茶の葉を蒸している雫石に、皐月と凪月は何とも言えない顔になる。
「ちょっとぐらい、教えてあげればいいのに…」
「あら。私はそこまで優しくないのよ?」
当たり前のようにばっさりと翔平を切る雫石に、皐月と凪月は更に何とも言えない顔になる。
「友達じゃないの?」
「友達だからと言って、何でもやってあげるものでもないのよ」
「そうなの?」と、皐月と凪月はお互いに確認する。
しかし、2人も友達がいたことがないので分からない。
雫石はティーポットを持つと、不思議そうな顔をしている皐月と凪月に微笑みかける。
「それに、見ていて面白いでしょう?」
『『えぇー…』』
ふふっと微笑む美少女に、皐月と凪月は隣の部屋にいる翔平に視線を向けた。
この感じでは、しばらくはピンク色の展開はなさそうである。
しかも、自分で何とかしないといけないらしい。
『『がんばれ、翔平』』
同じ男子として、つぼみの仲間として、同情を禁じえなかった。
話のストックがなくなったので、しばらく更新をお休みします。
1月中には再開するつもりです。




