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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第二章 忍び寄るもの
56/181

56 友達①


5月というのは、過ごしやすい日が多い。


今日も晴れやかな空に白い雲が浮かび、爽やかな風が流れる良い天気だった。

新緑がさらさらとたてる音も心地よい。


そんな日和の中、純と翔平は特に何かをするわけでもなく、窓際で外を眺めてボーっとしている。

2人とも自然の中でゆっくり過ごすことが好きなので、こういった季節は魅力的だった。


しかし、今日はまだ授業がある。

純は爽やかな気候に誘われてふらっと外に行って帰ってこなくなってしまうことがよくあるので、翔平は監視の目的も含めて側で同じように外を眺めていた。



「―――、――」

「何か声がするな」


窓から下を覗いてみると、1人の女子が男子2人に囲まれている。

どうやら絡まれているらしく、女子が少しずつ逃げている。


「何で男子って女子に絡むんだろう」

「さぁな」


2人とも、下にいる男子たちの気持ちが分からない。


「あれって治安維持に入るかな」

「入るな」


つぼみの仕事には、学園内の治安維持も含まれている。

校則を破った者を取り締まったり、下にいるような迷惑行為をする生徒に注意をしたりとその活動範囲は広い。


「行かなきゃ駄目かな」

「駄目だな」


そう言いながらもまだ眺めていると、1人の女子が絡まれていた女子を守るように間に入るのが見えた。


「あれで収まれば、行かなくてよさそうだな」


しかし観察を続行していると、収まるどころか状況が悪化していった。

後から来た女子が男子と言い合いをしているらしく、男子の方はまとう空気が苛立ってきている。

さすがに女子に手を上げることはないだろうが、このままでは騒ぎは大きくなるばかりだろう。


「行かなきゃ駄目かな」


純はかなり面倒くさいらしい。

まだ渋っている。


「つぼみの仕事だ。仕方ないだろ」


純はチッと舌を鳴らすと、窓に足を掛けた。


「お前ここ何階だと――」


しかし翔平の忠告も虚しく、純は飛び下りてしまった。


ちなみに、ここは3階である。

学園の校舎は天井が高いので、普通の建物の3階よりも高さがある。

それらを差し置いても、窓から飛び降りるなど令嬢のすることではない。


「まったく…」


翔平は純に対して何回ついたか分からないため息を、またついた。




「迷惑だって言ってるじゃない!」


学園の中庭に、甲高い声が響く。


「あんたには関係ないだろ」

「あるわ。友達だもの。それに、こういった行為を見逃すわけにはいかないわ」

「偉そうにするなよ」

「偉そうになんかしてないわ。私は正しいことをしてるだけよ」

「ねぇ、もういいから…行こうよ」

「何言ってるの、梨緒(りお)。こういうのはちゃんと言わないと分からないのよ」

「でも…」

「ちょっと待ってて。今この人たちにさっきまでの行為を反省してもらうから」


その言葉に、男子2人の表情にイラつきが生まれる。


「何だと?」

「何様だよ」

「私はただ――」


一触即発の険悪の雰囲気の中、頭上から人が降ってきた。


「は?」

「え?」

「何?」


そこにいる全員、何が起きたのか分からかった。

上から人が降ってきたことは分かるのだが、そのよく分からない状況に理解が追い付かない。


驚いている自分たちをよそに何事もないかのように立ち上がった女子は、自分たちとは色違いの深紅の制服に、深緑のネクタイを着けていた。


「…つぼみ……」


学園にいれば、誰もが知っている存在である。

しかし、少しゾッとするほど無表情な顔には、あまり見覚えがない。

今代のつぼみは、女子は2人だけだ。

入学以来学年1位の成績を維持している優希雫石は名前も顔も有名なので、もう1人の方だろう。


『理事長の孫の、櫻純…』


「問題起こすなら、見えないところでやってくれないかな」


「「え?」」


突然現れた理事長の孫にそんなことを言われても、意味が分からない。

呆然としていると、その女子の隣にまた人が落ちてきた。


難なく立ち上がった男子は、漆黒の髪に同じ色の瞳をしたつぼみだった。

その生徒の名前は、すぐに出てきた。

龍谷グループ社長の息子である、龍谷翔平だ。

毎年体育祭で活躍しているので、名前も顔も有名である。



翔平は、眉間にシワを寄せて純に文句を言う。


「お前な。そういうことを言うな。あと飛び下りるな。驚くだろ」

「翔平だって飛び下りてるじゃん」

「お前だけ先に下りたら問題が起きるのは確実だからな。仕方ない」

「納得いかない」

「今さっき適当なことを言ってたばかりだろ」


「「………」」


人が2人も頭上から現れてこちらは呆然としているのに、飛び下りて来た2人はさも当たり前のことが起きたかのように普通の会話をしている。

その視線に気付き、翔平はここに来た目的を思い出した。


「どんな経緯でこうなったんだ?」


しばらくショックから立ち直れず、誰も答えられなかった。

しかし、少し冷たい漆黒の瞳の視線でハッと現実に戻る。


最初に説明したのは、女子生徒に声をかけていた男子2人だった。


「俺たちは、ただ話しかけただけだ」

「何もしていない」


「嘘を言わないでよ。梨緒が怖がっていたじゃない」

「さっきから何もしてないって言ってるだろ」

「何を言っても、この女子がうるさいんだ」

「何ですって!?」

「本当にうるさい」


感情が薄く面倒くさそうな純の声に、言い合いが一旦止まる。

翔平は、一番最初にその場にいた女子を見た。


「最初からいただろ。何があったんだ?」

「…あ、あの……その…」


普通に聞いているだけなのに、強気な女子の後ろに隠れて言葉を詰まらせている。


「梨緒を怯えさせないでよ」

「怯えさせたつもりはない。質問しただけだ」

「それでも怖がってるじゃない!」


翔平は、何となく分かった。

どうやら話をややこしくしているのは、この強気な女子らしい。

純もそう思ったのか、不機嫌そうにしている。


「うるさい。黙って」

「何ですって?私は梨緒のために――」

「何かしてって言われたの」

「…言われてないけど、分かるもの」

「もう行こうって言ってたのに聞かなかったでしょ。分かってない。黙って」

「っ………!」


顔を赤くして怒っているが、図星らしく何も言えないでいる。


「もう一度聞くが、何があったんだ」

「………」

「1人で喋ることもできないの」

「……っ…」


梨緒という女子は、純の言葉に泣きそうになっている。

それを見て、強気な女子は純を睨む。


「帰っていい?」

「帰るな。あと怯えさせるな」

「翔平もでしょ」

「…うるさい」


翔平は人から怖くみられがちなのは自覚があるので、できるだけ怖がらせないように心がける。


「別に怒るつもりはない。何があったか話してくれれば、俺たちは帰る」


「…………この、髪飾り…可愛いねって、言われました…」


か細いながらに話してくれたことは、とてもどうでもいいことだった。

純は、もう話に参加する気もないらしい。


「それが嫌だったのか?」

「……男の人、苦手なんです…」

「なるほどな」


どうやら今回は男子が軽く声をかけただけなのにこの女子が怖がって、それを見た女子が勘違いしてことが大きくなったらしい。


「本当に何もなかったみたいだな」

「だからそう言ってるだろ」

「ただ、上から見ていた限りでは女子に無理に近付こうとしているようにも見えた。あまりそういったことをすると、今回みたいに余計な勘違いをされるから気を付けた方がいいぞ」

「確かにな…」


男子たちは強気な女子を見て納得したのか、梨緒という女子に怖がらせたことを謝罪し、翔平と純にも迷惑をかけたと謝ると素直に帰っていった。



「俺たちも帰るか」

「ちょっと待ってよ」


純とその場を離れようとすると、強気な女子に声をかけられた。


「納得いかないわ」

「何がだ」

「梨緒が怖がったのは事実よ。それなのに、なぜあの男子たちを罰しないのよ」

「あの男子たちが何もしていないのも事実だからだ」

「梨緒は、怖い思いをしたのよ」

「だから、何もしていない人間を罰するのか?謝罪だけでは不十分と感じるなら、それは個人同士の問題だ。俺たちは関与しない」


つぼみの役割は、あくまでも治安維持だ。

迷惑行為や校則違反をする生徒を注意したり罰したりすることはあるが、それによって生徒同士の関係が変化しても首は突っ込まない。

仲直りしようが、仲違いしようが、つぼみには関係ないことなのだ。


ただ、と翔平は続けた。

先ほどから少し、気にかかっていることを言っておく。


「友人の味方をするのはいいが、肩入れし過ぎて客観視できずにものを言うのはどうかと思うぞ」

「………っ」


強気な女子は、翔平の指摘に顔を赤くさせて怒りながらも、何も言えないでいる。

翔平としてはまた同じような問題を起こさないでほしいという思いから指摘したのだが、本人の反応を見る限り納得はしていなさそうである。



もう話は終わったと思って歩き始めると、また声をかけられた。


「ちょっと待ってよ」

「…何だ」


そろそろ、翔平もイラついてきた。

純がさっさと逃げようとしているので、首根っこを掴んでおく。


「あなたたち、上から来たわよね。どこから来たの?」

「窓からだが」

「窓は出入り口じゃないのよ。しかも飛び下りてくるなんて、非常識よ」

「翔平。帰りたい」

「駄目だ。俺を置いて行くな」


どうやら、この女子は正論を言わないと気が済まないらしい。


「上から見ていて、その女子が嫌がっているように見えた。そして状況が悪化したように見えたから、緊急性が高いと思いやむなく窓から向かった」


本当は純が面倒くさがって飛び下りただけなのだが、それを言うとややこしくなりそうなので適当に誤魔化す。


「だからと言って、その行動が許されることにはならないわ」

「さっきと言っていることが違うんだな。友人のためなら何をしてもいいようなことを言っていたのに、俺たちが生徒のために行動するのは駄目とは」

「それは…」


また何も言えないようで、悔しそうに口をつぐんでいる。

正しいと思うことは強気でいうわりには、どうも矛盾が多い。


菜久流(なくる)ちゃん、もういいよ。…私のために言ってくれてありがとう。だから、もう行こう?」

「梨緒…」


菜久流と呼ばれた女子はまだ不満そうに翔平と純を見ていたが、最終的には梨緒という子についていった。



「…疲れたな」

「もう治安維持なんてしない」

「そんなわけにもいかないだろ…」


そうは言いながらも、純の気持ちが分からないでもない翔平だった。


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