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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第二章 忍び寄るもの
55/181

55 同じ⑤


凪月は、話し始めた。


「僕らは、小さい時はここまで見た目をそっくりにしてなかったんだ。中身は似てたけど、着るものとか髪型とか別にわざわざそろえてなかった」

「そうだったのね…」


初等部に入学した時からそっくりの双子として有名だったので、そうとは思わなかった。


「どうして、同じように合わせたの?」


皐月は、辛いことを思い出すように顔をしかめる。


「僕らは、物心つく前から機械系のもの作りが得意だった。特に、僕は設計。凪月はその設計図から、実物を作り上げるのが得意だった」


凪月がその続きを引き受ける。


「でもね、それを知った人が利用しようとしたんだ。僕の、どんな設計図からでも作り上げる能力を。それで、僕だけが誘拐されたことがあったんだ」

「そんなことが、あったのね…」


皐月と凪月の哀しそうな表情に、雫石も同じくらい哀しそうにしている。


「僕を誘拐した人は、どうしても作り上げたいものがあったんだろうね。だから、僕をさらった」


凪月は、雫石を安心させるように微笑みかける。


「でも結局、すぐに助けが来て僕は何もされなかったし何もしなかった。無事に帰れたんだよ」

「それでも、僕は死ぬほど心配したんだ」


皐月は、凪月を少し睨んでいる。


「分かってるよ。だから、僕らは約束した」



皐月と凪月は、全く同じ表情と声色を4人に向ける。


「「どっちがどっちか、分からないようにしよう」」


「そうすれば、誘拐する方も困るから。もし誘拐されても、今度は2人一緒にさらわれるから。離れ離れになるくらいなら。そっちの方がよかった」

「だから、仕草も、好きなものも、嫌いなものも、見た目も、成績も、得意なものも、全部同じようにした」

「それで、できるだけ自分たちの能力を隠すようにしたんだ。そうすればきっと、危ない目にあわないから」


翔平たちは、今まで2人を見分けられたことはなかった。

だから2人一緒に名前を呼ぶしかなかったし、1人だけの時は呼びかけることができなかった。

ここまでそっくりなのは、双子だからだと思っていた。

しかしそれは、2人なりに自分たちの身を守る方法だったのだ。


「僕らだけが、どっちがどっちかちゃんと分かる」


「凪月じゃない方が僕」

「皐月じゃない方が僕」


「だから、自分たちを守れるのは自分たちしかいないと思ったんだ」

「だから、ずっと見分けられないようにしてた。今までみんなの前でも、わざと分からないように嘘をついてたんだ」



皐月は、最初に晴に頭を下げた。


「晴。ごめん。前川のところに行った時、一緒にいったのは僕の方だった。でも、最初に晴に謝ったのは、凪月だったんだ」


皐月は、子供のように泣きそうな顔をしている。


「僕らは、そうやってお互いをごちゃごちゃにしてきたんだ。それが、当たり前になってた。でも、あの時はちゃんと僕が謝るべきだった。本当に、ごめん」


晴はその事実に少し驚いたようだが、優しく首を横に振った。


「おれは、気にしてないよ。それにその後、皐月もちゃんと謝ってくれたよね」

「…凪月として、謝ったんだ。皐月としては、ちゃんと謝ってなかった」

「じゃあ、今謝ってくれたから。それでいいよ」

「…怒ってないの?」


皐月は、恐る恐る晴を見る。


「怒ってないよ。誰でも、人に隠していることはあるよ。皐月と凪月は、自分たちを守るためにそうしていたんでしょう?おれたちを傷付けるためじゃないって、分かってるから。怒らないよ」


皐月は、へにゃりと顔を歪める。


「…本当に、ごめんね」


凪月は、皐月の背に手を当てる。


「僕も、ごめん。皐月のふりをして、晴に謝ったのは、僕だから」


晴は、優しく頷いてその謝罪を受け入れた。



「その時以外にも、僕らはわざとどっちがどっちか分からないようにしてた。僕らは、自分たち以外の人を信じることができなかったんだ。だから、みんなのことも信じてなかった。ごめん」


凪月と一緒に、皐月も頭を下げる。


「…2人とも、頭を上げて?」


雫石の優しい声に引かれて頭を上げると、翔平と雫石も怒っていなかった。


「…怒ってないの?」

「どこに怒る必要があるんだ?」

「翔平……だって、僕らは…」

「晴が言った通りだ。2人を見ていれば、俺たちを傷付けるつもりじゃなかったことは分かってる。今、謝罪は受け入れた。それ以上に、怒るところなんてない」

「皐月くんと凪月くんが私たちのことを信じられなくても、仕方ないわ。私たち、一緒にいてまだ1ヶ月と半分なのよ?これから、私たちは2人を見分けられるようになりたいわ。これから、皐月くんと凪月くんが私たちを信じてくれると、とても嬉しいわ」


「…みんな、優しいね。僕らの周りにはこんなに優しい人たちはいなかったよ。いや、僕らが勝手に避けて近寄らなかったんだね…きっと」

「優しいのがみんなかは分からないぞ。学園中の人間を集めても、一番優しくないであろう人間がここにいるからな」


皐月と凪月が恐る恐る純の様子を窺う中、純はいつも通り少し面倒くさそうな表情をしているだけだった。


「皐月は皐月、凪月は凪月でいてくれると助かる。ややこしくて面倒だから」


皐月と凪月は安心して、泣き笑いしているような表情になった。


「そっか…そうだね、やめるよ。ちゃんと自分の名前でいるよ」

「これから、みんなを信じたいな。きっと信じられる。みんなといるのは、本当に楽しいんだ」


もう、鏡合わせの世界で生きるのはやめよう。

2人だけの世界に引きこもるのは、やめよう。

こんなにも、優しい仲間がいるのだから。


皐月と凪月は、やっと何かから解放されたように笑った。




雫石が淹れてくれた紅茶で少し落ち着いた皐月と凪月は、純に目を向ける。


「純が機械系が苦手っていうのは、嘘だったんだね」

「あの煙を発生させる装置、純が作ったんでしょ?煙を出すスピードも速いし、最後には証拠が何も残らないようにしたってさっき教えてくれたよね。そこら辺の人間じゃ作れないくらいよくできてた」


翔平と雫石は、心配になって2人の顔色を窺った。

せっかく信じたいと思えるようになったのに、純は2人に嘘をついていたのだ。


「わたしが作ると機能性重視で面白味がないんだよね。皐月と凪月が作った方が面白いのができそうだったから」


純の素直な言葉に、皐月と凪月は虚をつかれている。


「…それだけ?」

「そんな簡単な理由だったの?」

「そうだけど」

「そうだけど、じゃないだろ。嘘をついたんだから、ちゃんと謝れ」


翔平が厳しい目で純を睨む。

純は、そこでやっと気付いたようだった。


「ごめん。悪気はなかった」


凪月は、がっくりと机に突っ伏す。


「なんだーそうだったのかー」

「でも、ということは僕らが機械を作るのが得意ってこと知ってたってことだよね?」


皐月は不安そうにしており、凪月もその言葉に反応して起き上がる。


「皐月と凪月、たまにAOBAの商品作ってるでしょ」

「え……」

「…何で、知ってるの?」


2人は目を見開いて驚いている。


「何でと言われても」


純は問われて、少し困っているようだった。


「他の商品と開発者が違うのは、見たら分かる」


「「…例えば、どれ?」」


皐月と凪月は、好奇心に負けたのか恐る恐る尋ねる。


「人工知能を搭載した、変形する掃除ロボット」


それは、数多くあるAOBAの商品の中でもかなり人気がある商品である。

発売当初はその斬新な発想とそれを可能とした技術に称賛が集まった商品である。

今までの掃除ロボットとは違うのは、掃除ロボットが自ら形を変えることができるところである。

狭くて入れないところや、掃除が届かないところでは人工知能が考えた最適の形に変形する。


「あー…うん。確かに、あれは僕らが作った」

「海外の映画を見て、面白そうだから作ったらなんか売れたんだよね」


そんな簡単な理由で、ヒット商品を生み出したらしい。


「あれでも、僕らが作ったってばれないように頑張ったんだけどね」

「会社の偉い人ですら、お父さんが作ったと思ってるのに」


皐月と凪月は互いの顔を見ると、何故か笑い出した。


「あーあ、すごいなぁ。僕らの今までの努力は、純には全然敵わなかったんだね」

「僕らを見分けられるし、僕らが作った商品も分かるなんて」


「「そんな人、普通はいないよー」」


「普通じゃないからな」

「いやーこの1ヶ月で分かってきてたけどね」

「ここまでとは思わなかったよね」


皐月と凪月は、純を見てへにゃりと笑う。


「僕らは見分けられないように、分からないようにしてたのに…どこかで見分けてほしい、分かってほしいって思ってたんだ」

「だから純が僕らを見分けてくれて、分かってくれるのを知ってショックだった気持ちもあるけど…それ以上に嬉しかったんだ。やっと、僕ら一人一人を見てくれる人が現れたから」


純は、翔平たちを見て不思議そうに首を傾げる。


「何で分かんないかな」

「…自分を基準にして俺たちをはかるな……」


そういうものか、と純は納得している。

そして、皐月と凪月にいたずらっぽく微笑む。


「皐月と凪月が作った商品は面白かった。いろんないたずらができそう」


それには、皐月と凪月も同じようにいたずらっぽく微笑む。


「いいね、それ。今度いたずらする時は、僕らにも一枚かませてよ」

「最高に面白いもの作るからさ」


3人は、人の悪そうな笑みを浮かべている。



「変なところで意気投合してるな…。周りに害しか与えないぞ、あれ」

「いいじゃない。仲違いにならなかったのだから。純は、皐月くんと凪月くんともうまくやれそうね」

「まぁ、そうだな」

「あれ、おれも交ぜてくれないかな」


晴は、羨ましそうにしている。


「晴。やめておけ」

「そうね。晴くんの穏やかな笑顔が人の悪そうな微笑みに変わるのはあまり見たくないわ」


翔平は真剣な目で、雫石は微笑みながら訴えかけてくるので、晴は諦めた。

3人は、いまだにどんないたずらをするか考えていた。



翔平はそれを眺めながら、違うことを考えていた。


『結局、京極家当主が狙っていた学園の本当に大切なものは分からずじまいか…。理事長に聞いても、答えてはくれないだろうな』


指令書に二重三重の意味を持たせる人物だ。

自分たちで気付かなければ、教えてはくれないだろう。


『学園の大切なもの…』


翔平は、目の前の光景をじっと見つめていた。




「荒療治だったね」

「それでも、うまくいったでしょう?」


理事長室にいる祖母は、やはりいつも通り微笑んでいた。


「みんながおばあちゃんに怒りを向けてもおかしくなかったよ」

「それならそれでいいのよ」


弥生は、変わらずに微笑む。


「今回の私の目的は分かった?」

「京極家当主に対する牽制と有利になる手札を手に入れること。皐月と凪月に自分たちの能力を出させること。つぼみ全体の意識を底上げすること」


ここまでが、みんなに話したことだ。


「あとは…」


純はポケットからあるものを取り出した。


「わたしに、これを盗み出させること」


それは、純が京極家の屋敷で翔平に気付かれないようにこっそり盗んでいたものだった。

弥生は、面倒くさそうにしている孫ににっこりと微笑む。


「正解よ」


「わざわざわたしを使わないでよ」

「純に盗んできてもらうのが、一番確実だったのよ」


そう孫に微笑みながら、純から渡されたものを机の中にしまって鍵をかける。

弥生は微笑みを消して、純に問いかける。


「京極が狙っていた、学園の本当に大切なものって何だと思う?」


純は祖母の瞳の中にある刃を見た。

祖母が静かな怒りを秘めている時のものである。


「学園の生徒。もっと詳しく言うと…」


純は、自分のネクタイにある百合の花を指した。


「つぼみ」


「…正解よ」


弥生は、5つの花を冠する6人の少年少女たちを思い浮かべた。

目の前にいる大切な孫も、その中に入る。


「京極だけじゃないわ。いろんなところが動き始めてる。私も気を付けているけど、純も気を付けてあげてね」

「そのために、今回つぼみの意識を底上げしたかったんでしょ?」


純には、何でもお見通しだ。

弥生の思考は誰も読むことができないと言われているが、純はそれさえも読むことができる。


今回、純が皐月と凪月に機械を作らせたのは「面白そうだから」という理由もあるが、2人が能力を出す場を奪わないためでもあった。

純にかかれば、大抵のことは何でも解決できる。

しかし、それではだめなのだ。

つぼみは成長しなければ、大輪の花は咲かせられない。



「招待生にアレックスを入れたのも、わざとでしょ」

「えぇ。そうよ。晴くんにも、成長してもらわなければならなかったから」


あの招待生を招いたのは、理事長である弥生だ。

そのメンバーに晴と因縁のある人物をわざと入れて、晴を刺激した。


弥生は2つの指令を出すことで、晴と皐月、凪月の3人を大きく成長させようとしたのだ。

全ては、理事長である弥生の手のひらの上だったのだ。



「これから、あの3人の能力が必要となる場面が増えるでしょう」


1か月後には、静華学園にとって大きな行事である体育祭が控えている。

その前に、多少無理やりにでも隠している能力を出してもらう必要があったのだ。


弥生は、自分の机に彫られている学園の紋章に目を向ける。


「学園のために存在するつぼみは、その存在が学園を揺るがすことのできる手札にもなるわ。影響を与える大きな存在というものは、簡単に、善にも悪にもなるの」


つぼみが危険に晒されることは、初めてではない。

今までにも未来ある若者を、学園を揺さぶるために使おうとした人間はいた。


理事長である弥生は、外部の危険からつぼみを守る立場にいる。

しかし、それに甘えられているようでは困る。

つぼみは、自分で自分の身を守れるようになってほしいのだ。

自分を守れないものに、他者は守れない。

学園を守るつぼみは、自分の身も守らなければならない。


それでも今年は、例年以上につぼみを狙う勢力が多い。


1つは、それぞれ各方面に多大な影響を持つ家の子供が揃いすぎたこと。

1つは、それぞれ突出した能力を持っていること。

1つは、異例の6人体制であること。


『そして最大の理由は…』


「大丈夫」


純は柔らかく微笑んでいた。


「大丈夫。わたしも、他の5人もそこまでやわじゃない」


弥生は、頭の中の最悪の道筋を消した。


「えぇ、そうね。みんなを信じているわ」



蕾はだんだん開き始めている。


大輪の花が咲く可能性のある蕾を、刈り取らせるわけにはいかなかった。


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