53 同じ③
「これをICカードのところに差し込めば、十桁の暗証番号とキーワードを解析してカードキーの役割で鍵が開くよ」
「これは小型のトランシーバーね。連絡用に使えるから」
次の日、これらの機器を本当に1日で作り上げてきた双子にはかなり驚いた。
それも、どちらも高性能なものである。
ただ、何故かデザインがユニークだった。
カードキーはどこからどう見ても板チョコにしか見えず、トランシーバーは小さなバナナの見た目なのである。
トランシーバーは耳に着けられるような形になっているのはありがたいのだが、何のために付いているのか分からないボタンがいくつかある。
一応使い方を聞いたはいいが、どのタイミングで使えばいいのか分からない機能ばかりだった。
「それじゃ、行くか」
屋敷に忍び込む役は、翔平と純に決まった。
運動神経の高い2人なら問題ないというのと、こういうことには慣れているという本人たちの証言が決め手になった。
しかし、晴と双子はこの2人が今まで何をしてきたのか少し不安になった。
「中は迷路みたいだから、2人とも気を付けてね」
「あぁ。純、勝手にいろんなとこに行くなよ」
「はいはい」
純は双子の前に立ち、片方にあるものを差し出した。
「はい、これ」
「え?何これ」
渡されたのは、小さなスイッチだった。
「後で必要になるから」
そう言うと翔平と一緒に軽々と壁を越え、敷地内に入っていってしまった。
「…僕はたまに、あの2人は何者なんだろうって思うよ」
「僕もそう思う。身体能力おかしすぎるよね」
知ってはいたが、改めてその特異性を実感する2人だった。
そして、手の中にあるスイッチを見つめた。
「どこから中に入るかだな」
翔平と純は、屋敷の敷地内を歩き回っていた。
さっき見た感じだと玄関付近には防犯カメラがあり、警備員がうろうろしていた。
騒ぎを起こしたくないので、正面突破は諦めて別の方法にすることにしたのだ。
2人とも上の方を見ながら、人に見付からないように歩いていく。
そして、翔平は目当てのものを見つけた。
「助かった。窓が開いてるな」
翔平の視線の先には確かに開いている窓があるが、そこは3階だった。
窓から少し離れたところには、大きな木が生えている。
「行けるか?」
純は翔平に答えることなく、助走をつけると屋敷の壁を蹴り、その反動で身長よりかなり高いところにある木の枝にぶら下がる。
そのまま勢いをつけて木の枝を鉄棒のようにして体ごと回って飛び、さらに高いところの枝を掴む。
そこから木の幹を蹴るようにして飛ぶと、軽々と3階の窓に手をかけた。
中に入ると、窓際に本が並び、机と椅子があるだけの部屋だった。
「書斎か?」
純と同じように上がってきた翔平が部屋の中に入ってくる。
しかし、純はその問いに答える前に翔平を見て面倒くさそうにしている。
「このくらい自分で登りなよ」
「ふざけるな。お前が手と足をかけたところを同じように登るので精一杯だ」
そう言いながらも、3階まで登ってこられるあたり翔平も普通ではない。
「主人の書斎。収集家が好きそうな本ばっかりある」
そう言いながら、純は本棚から本を手にとりパラパラとめくっている。
「お前、そんな本も読んだことがあるのか」
「うん」
純が今までに読んできた本の数は、膨大だ。
読んでいない本はないのではないかと思うくらいに呼んでおり、中身も一字一句違えずに覚えているのだ。
そもそも本を読むスピードが尋常ではなく、パラパラとめくるだけで読めるので、1冊読むのに10秒もかからない。
つぼみの部屋で本を読んでいる時は、わざとゆっくり読んでいるか、読んでいるふりをしているだけである。
翔平は、耳に着けている小型の無線機に状況を報告する。
「屋敷内に入った。南側3階の主人の書斎だ」
「………」
翔平の声は聞こえているはずだが、何故か無線機の向こうが沈黙している。
「どうした?」
「…何で3階から入ってるの?」
「近くにあった木を使って入った。あまり気にするな」
「…そうするよ。金庫があるのは主人の私室。最上階にあるよ。道が複雑だから、ナビするね」
「頼む」
無線機の向こうの声は皐月なのか凪月なのかは分からない。
もしかしたら、どちらも喋っているかもしれなかった。
「純、行くぞ。…って、何してる」
純はいつの間にか、書斎の中を物色していた。
机の中や棚を探ったりして見て回っている。
「なんか面白いものないかと思って」
「いいから行くぞ」
純を促して部屋を出ると、双子のナビをもとに複雑に入り組んだ廊下を進んでいった。
しかし使用人に出くわしそうになったりして進路を変えながら進んでいくので、なかなか目的地に着かなかった。
そうしていると、面倒くさくなってきたのか純がだんだんイラつき始めた。
「強行突破しちゃ駄目かな」
「駄目だ」
純はチッと舌を鳴らしている。
翔平は、やっぱり自分が一緒に来てよかったと安心した。
人の家に忍び込んで目的のものを盗むくらい純1人で十分なのだが、純は途中で面倒くさくなって何をするのか分からないのだ。
警備員と使用人を全員倒して無理やり盗むくらいはやってのけるだろう。
理事長の指令の内容からすれば警察沙汰にしては意味がないことは分かっているはずなのに、簡単に騒動を起こそうとしてしまうのだ。
そのため、純のブレーキ役として翔平も行くことにしたのだった。
『毎日、純のブレーキ役だがな』
それでも特に苦に思っていないので、気にしていない
「そこを右。正面にある部屋だよ」
トランシーバーからの声に従い、廊下を右に曲がる。
正面に立派な扉があった。
「ここか」
しかし、純と翔平は同時に物陰に隠れた。
「人がいるな」
「うん」
物陰から部屋の扉を凝視しつつ、小声で話す。
「何人いるか分かるか」
「2人」
「誰だと思う」
「足音からして女。メイド」
「そうか」
翔平もある程度は人の気配を読めるが、純ほど正確ではないし詳しいことまでは分からない。
「どうするかな」
使用人がいるままでは、金庫に侵入できない。
何とか部屋の外に出るように誘導しなければならなかった。
その時、翔平は皐月と凪月に作ってもらったトランシーバーについている変なオプションを思い出した。
翔平は、トランシーバーを耳から外す。
「お前、やらないか?」
「やだ」
「だよな」
翔平も気が乗らない。
しかし、今のところこれが一番いい方法に思えるのでやるしかなかった。
翔平はため息をつくと、トランシーバーに付いているボタンを押した。
「火事だ!」
そう叫ぶと、2人は見つからないように物陰に隠れる。
思った通り、部屋の中からメイドが2人出てきた。
火事と聞いて慌てて確認しに部屋を離れていく間に、素早く部屋に入る。
無事部屋に入れて安心したが、純はクスクスと笑っていた。
「…笑うな」
「おばさんの声だった」
翔平も、自分でやって驚いた。
双子のつけたオプションの1つに変声機というものがあったので、自分の声でやってバレる可能性を高めるよりはいいかと思ってやったはいいが、変声機から出てきたのは50代くらいの女性の声だったのだ。
純に笑われているのもあって、かなり恥ずかしかった。
「あ、それ役に立った?」
再び耳に着けたトランシーバーからは、面白がっている声が聞えてくる。
「役には立ったが、何であんな声なんだ」
「面白いかと思って。ちなみに純の方はおじさんの声だよ」
「先に言っておいてくれ…」
トランシーバーに何故変声機がついているのかちゃんと聞かなかった自分も悪いのだが、双子は完全に面白がってやっているとしか思えない。
ちなみに他のボタンを押すと、ボイスレコーダーと小型カメラになるらしい。
バナナ型なのに、無駄に高性能である。
気を取り直して部屋の奥に進むと、壁一面に大きな金庫の入り口があった。
「でかいな…」
銀行にでもありそうな、巨大な金庫である。
どれだけのものを入れているのかは知らないが、双子の言う通りごうつくなじいさんらしい。
双子が作ってくれたカードキーを差し込むと、すぐに解析が始まったようだった。
「金庫は開きそうだが、問題は学園の大事なものが何かだが…って、また何してるんだ」
隣にいたはずの純は、またいつの間にか部屋の中を探索している。
「何か気になるものでもあるのか?」
「いや、別に」
「ならほどほどにしておけよ」
純のこういった行動には慣れているので、今さら止めようとは思わない翔平だった。
自由で気まぐれなのは、いつものことである。
少しすると、ガチャッガチャッという音がいくつも聞こえてくる。
金庫が開いたようだった。
「今から金庫に入る」
「了解。気を付けてね」
まるで本当の泥棒のようである。
本当に泥棒なのだが、そこは認めたくなかった。
中に入ると結構な広さがあり、様々な宝石や絵画などが飾られてあって金庫というよりは美術館のようだった。
「さて、どれ…だ?」
早速探そうとすると、部屋の中央に目が留まった。
そこには、小さなショーケースがある。
その中には、1つの小さな箱があった。
木彫りで凝った花の模様の細工にいくつもの宝石が散りばめられており、豪華な箱だった。
その上面には、静華学園の校章がある。
「まさか、これか?」
こんなに分かりやすいものが置いてあるとは思わなかったので、驚いてしまう。
「そう。これ」
純はショーケースから箱を取り出すと、手に少し余るくらいの大きさの箱をクルクルと回している。
「それが、理事長の言う学園の大事なものなのか?中に何が入ってるんだ?」
「大事なものというか――」
その時、金庫の外に人の声が聞えた。
「まずいな。人が来た」
「2人とも、はやく出た方がいいよ!見つかっちゃうよ!」
トランシーバーから、かなり焦った声が聞える。
「分かってるから落ち着いて、皐月。さっき渡したやつ使って」
「え?何で分かっ…いや、あ、うん」
何のことかと思っていると、屋敷の中に警報が鳴り響いた。
「火災警報か?」
「スイッチ押したら煙出すやつ仕掛けておいた」
「いつの間に…」
思いがけず、翔平の嘘に真実味が増す結果となった。
「凪月。帰りのルートは?」
「えっと、外と中どっちがいい?」
「外」
「えーっと…その部屋の窓から飛び下りてもらえれば、すぐ裏口に出れるけど…」
「じゃあそうする」
「いやいや、最上階だよ?そこ。それに、周りに木も何も無いし!」
「何とかなる」
翔平はどう何とかするのは分からなかったが、できれば自分でも何とかできる範囲のことであることを願うしかなかった。
2人は金庫から出て、ロックを解除していた機械を外す。
部屋には誰もいないようだったので、すぐに窓際に向かった。
「…本当にここから下りるのか」
翔平は窓から下を覗いた。
ここは5階なので、地上からはかなりの高さがある。20メートル以上はあるだろう。
さっき凪月に言われた通り、周りには木などの伝って下りれそうなものはない。
さすがに自分たちの身体能力が優れているといっても、生身の人間である。
落ちたらただではすまないだろう。
「純。どうするんだ?」
「どうするって、下りる」
「…飛び下りるとか言うなよ」
「それ以外にも下りる方法はある」
「それ、俺にもできるだろうな」
純は翔平を見て首を傾げる。
「大丈夫じゃない?」
「その言葉、信じるからな…」
純は窓に足をかけて外に出ると、窓の縁に手をかけて外側に宙ぶらりんになる。
どうするのかと思って見ていると、そのまま手を離した。
「なっ!」
飛び下りたのかと焦って下を見ると、純は1つ下の階の窓の縁に手をかけていた。
そのまま手を離して落ちては、1つ下の階の窓の縁に手をかけて止まるというのを繰り返しながら下りていっている。
真下に窓がない場合は、体を揺らした反動で移動しながら下りていくようだった。
確かに一度に下まで落ちるわけではないので安全ではあるが、常人のすることではない。
「まじか…」
手の力だけで自分の体重分の重力に耐えながら下りていっているらしい。
「これ、体重が重い俺の方が不利だろ」
そんな文句を言っていても部屋の外には人の気配を感じる。
もう下りるしか方法がない。
翔平はさっきの純の言葉を信じて、窓から外に出た。




