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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第二章 忍び寄るもの
52/181

52 同じ②


6人揃ったところで、改めて理事長の指令に取りかかった。


「つぼみの皆さん、招待生のお世話お疲れ様です。あちらの学校から礼状と謝罪文が来て面白かったわ。今回は、学園の大事なものが盗まれてしまったのでそれを取り返してきてください。それがあるのは京極(きょうごく)家の金庫です。ばれないようにお願いね。理事長より」



「…大事なものって何?」

「金庫泥棒?」

「警察に届けるべきなんじゃ…」


だいぶ理事長の無茶ぶりに慣れてきたとはいえ、今回の犯罪めいた指令には双子と晴は唖然としている。

翔平はこういうブラックな話には慣れているのか、落ち着いている。


「警察に届けたら学園の名に傷が付くうえ、学園が京極家に有利になる手札を失うことになるからな。秘密裏に奪い返したいんだろ」

「今回は、京極家の屋敷内の地図と金庫について詳しく書かれたものがあるわ。理事長の優しさかしら」

「…あまり気は乗らないけど、学園の大事なものが盗まれたとあってはつぼみとして取り返さないわけにはいかないのかな」


晴は苦笑いしながらも、覚悟を決めている。

双子も、腹をくくった。


「京極家といえば、資産家のごうつくじいさんがいる家だね」

「収集家で、結構強引な手を使ってでも欲しいものを手に入れてるって聞くよ」

「皐月くんと凪月くんは物知りね」


雫石が嬉しそうにしている。


「やるしかないと決まったところで…」


翔平は、机の中央に京極家の屋敷内の地図と金庫について詳しく書かれた紙を広げる。


「うわー、迷路みたいな家」

「偏屈な主人って分かるねー」


どうして他人の家の中の地図とその金庫についてここまで詳しいのか疑問には思うが、それを理事長に聞くほど愚かな者はここにはいない。

知らなくてもいいことに首を突っ込むと、面倒ごとに巻き込まれかねないのだ。



「一番の問題は、この金庫だが…」


翔平が眉間にシワを寄せて指を差す。


「ICカードが必要なやつだな。壊すわけにもいかないし、暗証番号だけじゃ開かない。ロックを解除できる機器がないと無理だな」

「それは私たちで用意しなければいけないということみたいね」

「でも、そんなものどうやって…」


そこで、晴が思い付いたように純を見る。


「純って、こういうの得意そうだよね。この前、純が用意してくれた偽物の楽器もすごかったし、勝手なイメージだけど一からでも作れそう…」


『『確かに…』』


その部屋にいる全員が納得した。

いつも通り本を読みながら話し合いを聞いていた純は、面倒くさそうに顔を上げる。


「わたしにだって得手不得手はある。機械系は苦手」


翔平は、すぐにそれが嘘だと分かった。

純に得手不得手などない。


「おい、じゅ――」


それを指摘しようとした時、純の鋭い視線と目が合った。


『…何だ?』


理由はよく分からないが、それを言うなということらしい。


雫石を見ると、同じように困惑している。

雫石も、純の言葉が嘘だと分かったのだろう。


しかし他の3人はそれで納得したらしく、純にも苦手なものがあるのかと驚いている。


「それじゃ、どうしようか…」


晴が困ったように悩んでいる。

翔平と雫石も何も言うことができず、その日は作戦が思い付かないまま保留ということで終わった。




「おい、さっきは何で嘘をついた」


帰りに晴と双子がいないことを確認すると、翔平は純にそう問い詰めた。

雫石も不思議そうにしている。


「お前ならそのくらいの機器を作るなんて簡単だろう。何で、すぐに解決できる方法をとらない」

「何か理由があるのね?」

「………」


純は2人を見ながらも、何も言わない。


「…何かあるのか?」


純は、小さくため息をつく。


「言わない。これを言うと翔平と雫石の言動に影響が出るから」

「…どういうことだ?」

「2人も、もうちょっと疑った方がいいよ」


「「?」」


よく分からないものの、それ以上は追及できない2人だった。




その次の日も方法は見つからず、つぼみの部屋に困惑と焦りが漂う。


外部の人間にその機器を作ってもらうという方法もあるが、その使い道を考えると信用できない相手に頼むわけにはいかない。

もし作ってもらったとしても、何故つぼみがそんなものが必要なのかと憶測が飛ぶだろう。

情報が洩れれば、つぼみが人の家に盗みに入ったことがバレてしまう。

つぼみの信用も落ちるし、理事長の権威も落ちる。

自分たちで何とかするのが一番なのだが、昨日から純は話し合いに参加すらしない。


純の真意を掴めない翔平と雫石は、純の真意が分からないうちは大きな行動に出るわけにもいかず、話し合いに結論は出なかった。




「ねぇ、皐月」

「…何?」


その日の夕方、自分たちの家に帰り、私室に入ってすぐに凪月は口を開いた。


「やっぱり、みんなに本当のことを言って手伝った方がいいんじゃない?」


凪月の不安そうな言葉に、皐月は首を横に振る。


「ダメだよ。誰かにバレたらどうするの?」

「でも、みんなはきっと誰にも言わないよ」

「それは…そうだけど…」


皐月は眉をひそめて俯く。

凪月は、正面から皐月を真っ直ぐに見つめる。


「ねぇ。僕らはつぼみになってから、何もしてないよ」


それは、皐月も分かっていることだ。


「純は僕らなんか及ばないくらい凄いし、翔平はいつもみんなをまとめてくれる。雫石も、晴も、みんな自分の力を生かして自分から進んで動いてる。自分から動いてないのは、僕らだけだ」

「…分かってるよ」


皐月は、ぐっと拳を握り締める。


「でも、また危ない目にあったらどうするの?」


凪月の瞳を見る。

自分と同じ茶色の色の瞳に、同じ顔が映っている。


「また、あの時みたいなことが起こるかもしれない。そんなのは…嫌だよ」

「分かってる。僕も嫌だよ」


同じ声が、自分を慰める。


「でも、このままじゃダメなんだよ。僕らのためにも、いつまでも隠してるのはきっとダメなんだ」

「………」


それは、皐月も分かっている。

凪月が分かっていることは、皐月も分かっている。

皐月が気付いていることは、凪月も気付いている。

2人は、双子だから。


それでも、皐月は首を縦には振らなかった。

そんな兄の姿に、凪月は眉を下げる。


「皐月が僕を心配してくれてるのは分かってる。でも、僕らはもうあの頃の子供じゃない。きっと、2人で乗り越えられるよ」

「………」

「皐月…」


凪月の必死な思いに観念したように、皐月は短く息を吐く。


「……分かった。でも、みんなには誰にも言わないようにお願いしよう。もし今回危ない目にあったら、僕はもうこんなことしたくないからね」

「…ありがとう、皐月」


2人は、互いの額をこつんと合わせた。


小さい頃、よくこうやって約束した。

お互いを分かり合えるのは、自分たちだけだから。

こうして額を合わせて、お互いの存在を確認した。


鏡合わせのように、同じ姿。

同じ色の髪。同じ色の瞳。

身長も、体重も同じ。

何もかも、同じ。

自分は皐月で、凪月でもある。

自分は凪月で、皐月でもある。


鏡合わせの世界には、2人だけしかいなかった。




次の日の放課後、皐月と凪月は他のつぼみのメンバーに、あることを提案した。


「金庫の鍵を解除できる機械、僕らが作るよ」


突然の提案に驚いているメンバーに、凪月は申し訳なさそうに眉を寄せる。


「ずっと黙っててごめんね。僕らはこういう機械を簡単に作れる。でも、そのことを隠したかったんだ」


どこか暗い表情でそのことを告白した2人に、翔平たちは驚き以外にも心配の気持ちがあった。


「いいのか?隠したいんだろ?」

「僕らもつぼみの一員だから。力になりたいんだ。だけど…」

「今回僕らがその機械を作ったことは誰にも言わないでほしい。僕らが得意だってことを、誰にも言わないでほしいんだ」

「それはいいけれど…どうして?」

「それは…」


凪月が言葉に詰まる。

それを見て、皐月が口を開いた。


「これについて話すのは今回の作戦が終わったらでいいかな…。ちゃんと、話すから」


翔平たちは顔を見合わせる。


「何か理由があるんだろ」

「おれたちは気にしないから、皐月と凪月のタイミングでいいよ」

「えぇ。それに、皐月くんと凪月くんに元気がないのは寂しいわ」


皐月と凪月の心に、3人の優しい言葉が染みた。

つぼみのメンバーはみんな優しくて、頼りになって、信頼できる。

だからこそ今回の指令に関わって成功させることが、自分たちの背中を押すことになると思った。


純は、いつも通り興味がないかのように長椅子で本を読んでいる。

それを、皐月と凪月は静かに見つめた。


あの日以来、純が2人に何か言ってくることはない。

他のメンバーに、何かを言った気配もない。

ただ、状況を静観しているようだった。



「作戦を練るか。まずは、いつ侵入するかだな」

「それなのだけれど…京極家の当主が屋敷にいないのは、最近だと明日なのよ…」


金庫の鍵を解除する方法が見つからない間は、それぞれ京極家のことを調べていた。

雫石は、当主の動向を調べていたのだ。


「明日か…それは厳しいね。ロックを解除する機械もできてないのに」


「できるよ、僕らなら」

「それくらいなら1日で作れる」


皐月と凪月は、自信ありげに頷いている。

そういった機器を作るにはそれなりに時間がかかると思っていたので、雫石たちは驚いた。

2人の言葉を疑っていたわけではないが、双子の能力は自分たちの想像以上なのかもしれない。



「よし。じゃあ決行は明日だな」


「学園の大事なものを盗み出そうか」

「明日は泥棒になれるのね。楽しみだわ」


相変わらず普通とは違うところに楽しさを感じている雫石に、少し緊張していた双子はずるりと肩の力が抜けた。


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