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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第二章 忍び寄るもの
51/181

51 同じ①


「この前の晴、かっこよかったね」

「ねー。相手と同じことをしないのも、晴らしかったね」


皐月と凪月は、2人揃って受けている授業の教室にいた。


まだ休憩時間なので、教室の隅の席に座りながらだらだらしている。

2人がつぼみになってから、他の生徒からは遠巻きにされることも多いので、双子の隣の席は空いている。


誰が聞いているか分からないので、もし聞かれたとしても大丈夫なように内容を隠しながら喋っている。

招待生であるアレックスがやったことが明らかになるのはまずいし、晴の過去も誰にでも言っていい話ではない。


普段は子供のように楽しいことや面白いことが好きな双子だが、その辺りはちゃんと弁えている。



「晴、変わったよね」

「そうだね」


つぼみになったばかりの、自信なさげな晴とはもう違っていた。

晴は高等部からの入学であったため、他のつぼみとは学園に対する知識や情報に差があった。

最初はそのことを気にしていたみたいだが、今はもう気にすることをやめ、自分にできることを考えて行動に移すようになった。

つぼみとしての覚悟を決め、過去にけりをつけた。

逃げることをやめ、アレックスに立ち向かう晴は、かっこよかった。


「…僕ら、このままでいいのかな」


凪月が、皐月に尋ねる。

皐月は、ただ複雑そうな表情のまま何も言わなかった。


皐月と凪月も、何もしてないわけではない。

自分たちの持つ情報網を使い、つぼみの活動に貢献できているとは思う。

しかし、凪月が言っているのはそのことではないと皐月は分かっていた。


「でも…」


皐月が口を開いた時、隣の椅子を引く音ではっと顔を上げた。


皐月の隣に座ったのは、純だった。



この教室で初めて見た顔に、2人は揃って首を傾げる。


「あれ、純ってこの授業とってたの?」

「うん」

「でも、ここで会うの初めてだよね?」

「うん」


「…最初の授業から1ヶ月経ってるのに?」

「ていうか、理系だったんだね」

「サボったり別の授業行ったりしてたから。文系と理系どっちもとってる」


皐月と凪月それぞれの質問に答えながら、純は教科書を適当なページで開く。

最近の授業内容と全く違うところを開いているのだが、純にとっては教科書を開くこと自体に意味があるのだろう。


「「え?どういうこと?」」


教科書に目をとられながらも、2人はさらに首を傾げる。

文系と理系の授業は重なっていることが多い。どちらもとるのは無理なはずなのだ。


「文系の授業行ったり理系の授業行ったり。試験さえクリアすれば最低限の出席で問題ないから。雫石もそうだよ」

「そうなんだ…」

「さすが、成績2トップ」


皐月と凪月もかなりの上位ではあるが、1位2位とそれ以下はかなり点差があるのだ。

それだけ純、と雫石が特異であることを示していた。



「あ、そうだ。ゲームに付き合ってよ、純」

「最近みんなにしてるんだけどね、正答率0%だよ」


純は2人を見ると、いいよ、と言った。


「僕が皐月ね」

「僕が凪月ね」


そう言うと、純に目を閉じるよう促す。

純が目を閉じたことを確認すると、その間に2人でグルグルと回る。

以前、ショッピングモールで迷子の女の子にもしていたゲームである。


「目を開けていいよー」

「どっちがどっちでしょー?」


純は目を開いて、同じ顔をして楽しそうに笑っている2人を見比べた。


明るいオレンジ色の髪に、人懐っこそうな目元。

お揃いの深紅の制服に、ネクタイには同じ向日葵の刺繍がしてある。


「左がさっき皐月って言ってた凪月。右がさっき凪月って言ってた皐月」


「「……え…?」」


純の答えに、2人は時が止まったように驚いて固まっている。

それは、純の言ったことが本当だったからだった。


今まで、どちらが皐月なのか、凪月なのかをちゃんと当てられた人はいなかった。

それなのに、見破られた。

皐月が凪月のふりをしていること、凪月が皐月のふりをしていること。


「…なん、で…?」


双子の片割れが口からこぼれた疑問に、純は2人の様子を気にすることもなく答える。


「見たら分かるでしょ」


当たり前と言わんばかりの純の言葉に、2人は互いの目を見合わせる。


同じ色の瞳が、同じように困惑と不安を映している。

まるで、鏡合わせのように。



純に皐月と言われた方が、覚悟を決めたように純に尋ねる。


「…今まで、ずっと分かってたの?」


純は、ただ頷く。


「…どうして、何も言わなかったの?」


凪月は、恐る恐るその疑問を口にする。


「わざと、分からないようにしてたでしょ。今回はどっちって聞かれたから、答えただけ」


純は何事もなかったかのように、いつもと表情が変わらない。

皐月と凪月は、純を見つめたまま動けなかった。


授業の開始を告げる鐘の音が鳴っているのが、頭のどこかで聞こえて過ぎていった。




幼い頃に約束したことが、頭の中にこだまする。


どっちがどっちか、分からないようにしよう。

何があっても、2人で一緒にいられるように。

もう離ればなれになれないように。

そのために、分からないようにしよう。


同じ仕草で、同じものが好きで、同じものが嫌いで。

同じ見た目で、同じ成績で、同じものが得意で。


そうすれば、誰もどっちがどっちか分からない。

僕らだけが、どっちがどっちか分かる。

だから、僕らを守れるのは僕らしかいない。


僕が凪月を守るよ。

僕が皐月を守るよ。


約束だよ。

約束だよ。




「また、理事長から指令が来たぞ」

「招待生の指令が終わったばかりなのに、はやいわね」

「体育祭の準備もあるのにー」

「理事長って、ほんと容赦ないねー」


静華学園の二大行事の1つである体育祭まで、あと1ヶ月を切っている。

つぼみは行事の実行委員も務めるので、今は体育祭の準備で忙しいのだ。

しかし理事長の指令も同じくらい大切なものであるので、忙しいからと後回しにするわけにはいかない。


「「なんて書いてあるのー?」」

「あの、その前に…」

「「どうしたの?晴」」

「純がいないんだけど…」

「あら」

「「あれ?」」


晴に言われて見てみると、百合の席にもいないし、いつもいる長椅子にもいない。


「いつもあんまり喋んないから気付かなかった…」

「まったく、あいつは…」


翔平はため息をつくと、席を立つ。


「翔平、どこ行くの?」

「あいつを探してくる」


そう言うと、翔平はつぼみの部屋を出ていってしまった。


「探してくるって…高等部ってけっこう広いけど、大丈夫かな?」

「翔平くんなら大丈夫よ」


心配そうな晴に、雫石が自信ありげに微笑む。


「純は昔からよく授業をさぼったりしてどこかに行ってしまうことが多いけれど、翔平くんはそんな純を探すことには慣れているの」

「…どっちもすごいね」


相変わらず授業をさぼっている純もすごいが、そんな純を探すことに慣れている翔平もすごい。



そんなことを話していると、翔平が出て行ってから5分も経たずに部屋の扉が開いた。


「お前な、つぼみの活動にはちゃんと参加しろって言ってるだろ」

「面倒くさい」

「つぼみが面倒くさいとか言うな。今後は最低限部屋にはいろ。いいな」

「はいはい」


翔平に怒られながら部屋に入ってきた純は、面倒くさそうにしている。


「悪いな。待たせた」

「いや…思ってたより早かったよ」


晴が驚いているのを見て、翔平は呆れたように腕を組む。


「11年間こいつを探していれば、こいつがいそうな所は検討がつくからな」

「お帰りなさい。今日はどこにいたの?」

「庭の木の上」


『『猿…?』』


「そういえば、つぼみに就任した日もこの上にいたよね」


晴が天井を指差す。

純はつぼみの発表をバックレたと思ったらこの塔の屋根の上で昼寝をしていたのである。

思い返せば、あの時に純の居場所が分かっていたのも翔平だった。


「こいつは、高い所にいることが多いんだ」


『『やっぱり猿…』』


口には出せないので、心の中で突っ込む双子だった。


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