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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第二章 忍び寄るもの
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49 心に響く音④


「晴、大丈夫だった?」

「何もなかった?」

「心配したわ。顔色が悪い気がするし…」

「ちゃんと純いたか?」


つぼみの部屋に戻ると、招待生の案内を終えた他のメンバーも集まっていた。

自分がそんなに分かりやすく動揺していたとは思わなかったので、みんなに心配されて驚いたと同時にとても嬉しかった。

たった1ヶ月しか一緒にいないくても、ここの友人たちは自分に優しい。


「ありがとう。純が助けてくれたから、大丈夫だったよ」


いつも通りに微笑む晴を見て、4人は安心する。


「それでも、何かあったんだな。何があった?」


翔平の言葉に頷きながら、晴は自分の心を落ち着かせる。


「…少し、話しておきたいことがあるんだ。この数日にも、関わることだと思うから」


やはり招待生と関わりがあるとみて、それぞれ頷いた。




雫石は、温かいミルクティーにクッキーを用意してくれた。

一口飲むと優しい甘さに心が落ち着き、温かさが体に染みた。

そのおかげか、晴は構えることなく自然に話し始めることができた。


「おれは、6歳までは日本で暮らしてたんだ。小学校に上がる時に、母さんの仕事の都合でイギリスに移り住んだんだ」


晴は話し始めるも、少し表情が暗い。

それを、純以外が心配そうに見つめる。

純は長椅子に寝転がり、目を瞑っている。

話を聞いているのか聞いていないのかは、分からない。


「中学の時に同じ学校にいたのが、今日いた黒髪の子で、アレックスっていうんだ」

「知り合いだっていうのは、本当だったんだね」


皐月が心配そうにしている。


「そう。それで…両親が有名だったからか、妬みとか恨みを受けやすかったみたいで…。アレックスを筆頭に、周囲から嫌がらせを受けてたんだ」

「………」


それは、いわゆる「いじめ」というやつだろう。

妬みや恨み、嫉妬から、人に嫌がらせをする人間はどこにでもいる。



1ヶ月ほど前に、いじめがあると嘘の投書をしてきた生徒がいた。

その時の晴は、親身になってその生徒のことをとても心配していた。

それは、自分の経験もあったからなのだろう。


「その嫌がらせの1つが、楽器を壊されることだったんだ。おれは小さい頃から音楽が好きで、よくコンクールで優勝してたから。アレックスは、それが気に食わなかったんだと思う」

「そんなこと…ひどいわ…」


雫石はとても悲しそうにしている。

晴は、雫石を安心させるように少し微笑む。


「アレックスは、おれの見た目も嫌いだったんだと思う。アレックスの好きな女の子が、おれのことを好きになっちゃったことがあったから」

「それは…」

「なんというか…」


何とも言えず、双子は曖昧な相槌を打つ。

晴の容姿を見ていれば、そういった過去は容易に想像できる。

しかし、生まれ持った容姿のせいでいろんなことに巻き込まれていたのだとしたら、本人はたまったものじゃないだろう。


「そういうこともあって、子供の時は自分の見た目があんまり好きじゃなかった。でも、雫石のおかげでこの見た目を武器にしていきたいと思えたから、今はそんなに嫌いじゃないんだ」

「晴くん…」


雫石は、申し訳なさそうに少し視線を下げる。


「ごめんなさい。そんなに大変な思いをしていたのを知らずに、偉そうなことを言ってしまって…」

「謝らないで、雫石」


晴の優しい声に、雫石は下げていた視線を上げる。


「おれは今まで、逃げてばかりだったんだ。自分の見た目からも、逃げてた。あの時雫石が言ってくれなかったら、おれはまだ自分から逃げていたと思う。つぼみとしての覚悟も足りずに、きっと理事長からも認めてもらえなかった。本当に、感謝してるんだ。謝らないで」


生まれ持った見た目で苦労をしてきたのは、雫石も同じなのだ。

だからこそ、晴の気持ちが分かった。

そのうえで、これからつぼみとして活動していく覚悟を、気付かせてくれたのだ。


「あの時は、本当にありがとう。雫石」


それは、裏表のない真っ直ぐな感謝だった。

晴の気持ちを受けて、雫石もあたたかく微笑み返す。


「どういたしまして。晴くん」


どうやら翔平と双子たちが知らない間に、雫石と晴の間でやり取りがあったらしい。



晴は一口だけミルクティーを飲んでから、また話を続ける。


「アレックスは、大人にばれないように嫌がらせするのが上手だったんだ。学校の先生も、母さんも気が付かなかっだ。でもそのうち、おれは楽器を壊されるのが嫌で演奏をしなくなった。それで母さんが異変に気付いて…事実を知ってアレックスの家を襲撃しようとしたんだけど…」

「「襲撃かぁ…」」


先日のやり取りを見ているせいか、その光景がやすやすと目に浮かぶ。


「そんなことをしたら父さんと母さんの名前に傷が付くから、やめてって言った。母さんは父さんに相談してくれて、高校は好きなところに行っていいって言ってくれたんだ。それでもうイギリスにはいたくなくて、日本に来たんだ」

「そうだったんだ…」

「そんなことがあったんだね」


いつも穏やかで優しい晴が、そんな辛い思いをしたから日本に来たとは知らなかった。


「母さんは、それ以来おれの近くにいる人をあまり信用できないらしくて。だから、使用人もすぐに変えちゃうんだ」

「そういうことだったのか」


晴の家で感じた違和感は、そういう理由からだったらしい。


「おれは…日本でも楽器を壊されるんじゃないかって思ってしまって、一度も楽器を触らなかった。だからびっくりしたよ。入学式の時、純にヴァイオリンを渡された時は」


その時を思い出して、力なく微笑む。


「あの時は緊急時だって自分に言い聞かせたのと、誰のものかもわからないヴァイオリンだったから弾けたのかもしれない。でも、自分では音も分からないほど楽器を弾くことが楽しく感じなくなってた」


そんな自分に失望したと同時に、安心した。

ずっと、自分が楽器を壊しているようだった。

自分が持てば、壊された。

どれも大切な、唯一のものだったのに。



「…ご、ごめん。僕、晴にヴァイオリン渡しちゃったよね…」


双子の片割れが、少し青ざめている。

吹奏楽部の元部長である前川に話を聞きに行った時にも一度ヴァイオリンを弾いたので、青ざめているのは皐月の方だろう。


「気にしないで。おれは、このことを誰にも言ってなかったから。皐月は悪くないよ」

「で、でも…」

「悪気はなかったって、分かってるから。本当に、気にしてないんだ」


あの時も、音は聞こえなかった。

音が外れているのは分かるのに、心には届かないのだ。

前川に言った言葉は、自分に向けた言葉でもあった。


「…ごめんね。晴」


いつも子供のように明るい皐月が、珍しくかなり落ち込んでいる。

悪気はなかったとはいえ、晴を傷付けたと思ったのだろう。


「僕からも謝るよ。悪気はなくても、人を傷付けちゃいけないから」


弟の凪月も、一緒に謝る。

心優しい2人の謝罪を、晴は受け入れた。

気にしていないのは本当だ。

それでも、晴のことを思って謝ってくれるのは、少し嬉しくもあった。



「…純は、どうしておれがヴァイオリンを弾くのが得意って知ってたの?」


それはずっと、純に聞いてみたいことだった。

でも聞くのが恐くて、逃げていた。

もう、逃げるのはやめたかった。


長椅子に寝転がったまま目を閉じていた純は、ゆっくり目を開いた。


「3年前、パリのコンクールで愛の挨拶を弾いたでしょ」

「…あの時、いたの?」

「お前がコンクールを聴きに行くのは珍しいな」


純は、そういったことにはあまり興味がないはずなのだ。


「お兄ちゃんに誘われたから」


どうやら、湊に誘われて渋々行ったコンクールで晴の演奏を聴いたことがあったらしい。


「楽器を問わず、ヨーロッパ中のコンクールで金賞を総なめにしてる男の子がいるから、面白いから見に行こうって言われた」


そこで、晴に視線が集まる。

晴は少し気まずそうにしながらも否定しないところを見ると、本当のことらしい。


「確かにめちゃめちゃ上手いとは思ってたけど…そんなに凄かったんだね」

「ヨーロッパのコンクールって、けっこうレベル高いよね…」


それらのコンクールで、ヴァイオリンに限らずいろんな楽器で金賞を取りまくっていたらしい。

晴がつぼみに選ばれた理由の1つは、間違いなくこれだろう。

常人にできることではない。


「日本で会った時の晴の手は、楽器を持つ人間の手じゃなかった。なのに、よく楽器を見てたから」


晴は、止まっていた息がもれるように笑ってしまった。


「そっか。それでおれがバイオリンを演奏するのが得意だって知ってたんだね」


晴は、自分の手を見た。

細い指に、つるりとした肌。

純の言う通り、楽器を持つ人間の手ではなくなっている。


「あの日が、楽器を弾いた最後の日だったんだ。コンクールで優勝したことが気に食わなかったアレックスに、そのヴァイオリンを壊されたから」


それが、最後だった。

壊れたヴァイオリンを見て、心の中で、何かがぷつりと切れた。


「…日本に来たのは、また演奏をすることが好きになるためだったんだ。アレックスと離れれば、また演奏ができるかもしれないと思って。でも、それは逃げてきたのと同じだった」


晴は、少しすっきりした表情をしている。


「すごいな。本当に、いろいろ知ってるんだね。本当にすごいんだね」


先日聴いたヴァイオリンは、晴でも聴いたことがないくらいうまかった。

でも、翔平の言う通り全く心の込もっていない演奏だった。

あの音を聴いて、自分の演奏を思い出した。


楽しいとも面白いとも、辛いとさえ思わず、まるで感情をどこかに落としてきたようだった。

心を込められなかった。

だから、自分の心に音が聴こえなかった。



「で、どうするの?」


さっきと同じ、選択を求める瞳で純が聞いてくる。

その瞳を、碧い瞳が真っすぐに見つめ返す。


「アレックスは、今回もおれの近くにあるものを何でも壊そうとすると思う。だから…」


晴は、他のメンバーを見る。

ここまで頼れる友人は、今までいなかった。

嫉妬以外を向けてくれる友人がいるとは、思わなかった。


リーダー性があって、とても頼れる翔平。

行動力があって、つぼみとしても尊敬できる雫石。

面白いことが好きで、それでも人を傷付けることはしない皐月と凪月。

天才的な能力を持ちながら、悪だくみが好きな純。


まだ1ヶ月しかいないのに、とても信頼できる友人たちだ。


「手伝ってほしいんだ。アレックスの思惑を、防ぐことを」


「あぁ。分かった」

「「もちろん」」

「やりましょう」


みんな、笑顔で頷いてくれる。


その中でただ1人だけ、面白そうな瞳を向けてくる。


「それだけ?」


本当に、純は人の心が読めるのではないかと思ってしまう。

晴はいつものように優しく微笑んだ。


「もちろん、今までの借りは全て返すよ。全てね」


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