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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第二章 忍び寄るもの
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48 心に響く音③


「招待生?」


放課後、つぼみの部屋に久しぶりに届いた指令書には、そんなことが書いてあった。


「イギリスの提携校から、数日間だけ何人か来るみたい。その学生をお願いねって書いてあるわ」

「相変わらず、指示が大雑把だね」


休暇で忘れていたが、理事長からの無茶振りはこの1ヶ月で身に染みていたはずだった。


「いつ来るの?」


双子の片割れに聞かれ、雫石は憂いをおびて頬に手を当てる。

それだけで、みんなは察した。


「明日か…」


しかし、雫石は困ったように首を横に振る。


「いいえ、違うの」

「え?」


少しは猶予があるのかと思い、雫石に期待の目が向けられる。

しかし、雫石はさらに困ったような顔をしている。


「…今日なの」


「「は?」」


「それも、あと1時間後に到着ですって」


「うそでしょー」

「人使い荒いよー」


双子は、机に顔を伏して脱力している。

翔平たちもそうしたい気分だった。


「多分、今日は出迎えて学内を案内すればいいだけだ。本格的には明日からなんだから大丈夫だろ」


もう放課後なので、部活のない生徒は下校している。

人が少ない時間帯に、一度案内をしておかなければならないのだろう。


「それはそうだけどさー」

「休暇ボケを許してくれないこの無慈悲さ…」


きっと、穏やかに微笑みながらこの指令書を書いたに違いない。

理事長は、それほどに容赦がないのだ。


「1時間だけでも、できることをやっておきましょう」


雫石がみんなを元気づけるために明るく微笑む。

それだけでなんとかなるような気がしてくるのだから不思議だ。


「純。今までに招待生なんてあったか?」

「定期的にある」

「資料は?」


純は本を読みながら、ものぐさそうに本棚の一ヵ所を指差す。


「あそこ」


他のメンバーも時間がある時にこの部屋のものを把握しようとしてはいるが、何せ本の量が膨大過ぎて全てに目を通せてはいなかった。

こういう時は、純の記憶力がとても役に立つ。


「じゃあ、始めるか」


この間、晴は一言も喋らなかった。




1時間後、時間になったので校門まで出迎えに行くと、ちょうど車が着いたようだった。

車から降りてきたのは、5人の男女だった。

どうやらつぼみの人数に合わせた人数が来るらしい。

今年は異例の6人だったため、こちらが1人多い。


招待生は自分たちと年齢は同じはずだが、外国人は見た目のせいかいくらか年上に見える。

同い年とは思えないほど大人っぽく、体つきも大人に近い。

男子3人と女子2人がこちらに向かってきており、つぼみもそれを出迎えに行く。


「……え…」


晴の口から消えそうな程の小さな声が出たのは、その時だった。

何かを恐れているような、怯えているような声だった。


『どうしたんだ?』


翔平はその異変に気付きながらも、聞く暇もなく招待生を迎える。



「ようこそお越しくださいました。俺たちが学園代表です。何かありましたら、気兼ねなく頼ってください」


翔平が一歩前に出て握手を求めると、それに背が高い茶髪の男子が応える。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


その男子と共に、後ろの4人も軽く会釈する。

1人の男子が頭を上げた時、何かに気付いたように目を見開いた。


「周防だよな」

「………」


「知り合いか?」


翔平は、いつもと雰囲気の違う晴を心配して声をかけた。

しかし、それに答えたのは黒髪の男子の方だった。


「イギリスにいた時のクラスメイトだったんだよ。こんなところで会えるとは思わなかった。元気だったか?」

「そうだね…元気だったよ」

「そうか。それは良かった」


黒髪の男子は久しぶりの再会に喜んでいるように見えるが、晴の瞳に感情はない。

いつもの王子様のような優しい雰囲気もなく、どこか仄暗い色を抱えている。


『これは、良くないな…』


晴が何を思っているのかは分からないが、普段の様子を見ている翔平から見れば普通ではない。

それは、他のメンバーも気付いていた。


「長旅でお疲れでしょうけれど、よろしければこれから学園内をご案内しようと思っています。いかがでしょうか?」


雫石の提案に、金髪の女子が嬉しそうに頷く。


「お願いします」

「では、早速行きましょうか」

「あー待って待って」


黒髪の男子が手をあげる。


「久しぶりに会ったから、俺は周防に案内してもらいたいな」

「案内は全員で行くつもりなんだけど」

「融通きかせてくれてもいいじゃん。心狭いな」


「「なっ…」」

「待て」


反論しそうになった双子を小声で抑え、翔平は晴の顔色を窺った。


「どうする?晴」


晴は相変わらず固い表情のままだ。

しかし、つぼみのメンバーにぎこちない笑顔を向ける。


「おれが案内するよ」

「……分かった」


そうして、2人は別行動でどこかに行ってしまった。




「大丈夫なの?翔平。どう見たって、あの2人友達じゃないじゃん」


雫石と凪月が他の招待生を案内している間に、皐月は小声で翔平に話しかけた。


「分かってる。だが、晴がああ言う限りあそこで止めるのは不自然だ」

「でも、晴の様子が普通じゃなかったし…」

「あぁ、だから…」


翔平は辺りを見る。


「さっき消えたあいつが、何とかしてくれる可能性にかけるしかない」

「え?あれ、本当だ。純がいない」


今まで全く気付いていなかったが、招待生を案内している中に純がいない。


「挨拶をしている時にはすでにいなかった。何を考えているのかは分からないが、向こうはこっちが5人だと思っている間は気付かれずに動けるからな」

「晴に何かあったら、助けてくれるかな…」


純は、基本的に何事にも無関心だ。

長年の付き合いがある翔平や雫石なら助けるだろうが、出会って1ヶ月の晴を助けてくれるかは分からない。


「それはあいつを信じるしかないが…この1ヶ月、純は晴に深くは関わってはいなかったが見えるところには現れてる。あいつは本当に関わりたくない時は姿すら見せないからな。大丈夫だと思う」

「そっか…でも、基準がおかしすぎて不安だよ…」

「まぁ、そうだよな…」


翔平は、純が何とかしてくれると信じている。恐らく、雫石も。


純は、翔平と雫石以外の友人をつくろうとはしてこなかった。

だから、2人とも心のどこかで晴たちと仲良くなってくれればいいと思っていた。

まだ「嫌いではない」くらいの認識だろうが、純は自分の近くにいる人間を簡単に見捨てることはしない。


『何かあったら頼んだぞ、純』




「いやー、それにしても久しぶりだな。2年ぶりか」

「そうだね」

「そういえば日本に住んでたんだもんな。忘れてたよ」

「そう」

「こっちは楽しいのか?」

「そっちよりはね」

「なぁ…」


晴の無表情に対し、黒髪の男子の口がにたりと歪み、目が笑う。


「楽器、なんか弾いてくれよ」

「………」


「得意だもんな」

「………」


「昔は、嫌味かってくらい弾いてたじゃん」

「………」


それでも晴の表情は変わらず、隣にいる男子を見ようともしない。

それにイラついたのか、笑っていた目はだんだんと晴を睨み付けるように鋭くなっていく。


「誰よりもうまいんだろ?有名な親を持ってさ。金にも困らなくてさ。それでいて音楽の才能が誰よりもあるってか。羨ましいなぁ、おい」

「………」


「また、お前のものを壊してやるよ」


やっと反応した晴は、感情のない瞳を黒髪の男子に向ける。


「せっかく会ったんだ。全部壊してから、イギリスに帰るよ」


それはまるで、子供が面白い遊びを見つけたかのような楽しげな声だった。


「あー楽しみだな。何から壊す?お前の好きなヴァイオリン?それともサックス?トランペット?」

「………」


晴はただ、その楽しそうな瞳を見たまま何も言わなかった。


「なんか言えよ!」

「話すのが無駄だって分からないの」


「「!」」


突然の声に、晴も驚く。

いつの間にか2人の行く先にある階段の手すりに、足をぶらぶらさせながら純が座っていた。


「誰だよ、お前」


邪魔されてムカついたらしい。

黒髪の男子が純に向かって歩いていく。

晴はそれを止めようと手を伸ばすも、純が手すりから飛び降りたので驚いてしまって手が止まってしまった。


深緑のスカートがふわりと揺れ、重力を感じさせない軽さで晴たちの前に着地する。

灰色がかった髪は夕陽が当たって銀髪にも見え、感情の見えない薄茶色の瞳が目の前の黒髪の男子を凝視する。


「な、何だお前…」


自分が近付いていたはずが急に目の前まで純がやってきたので、黒髪の男子もかなり驚いている。


「晴の知り合い」


友人とは言わず、素直に知り合いと言うあたりが純らしい。


「引っ込んでろよ」

「何で?」

「俺らは久々の再会を喜んでるんだよ」

「晴は喜んでない」

「放っておけよ」

「嫌」

「何でだよ」

「知り合いだから」

「俺は友達なんだよ」

「へぇ、面白いこと言うね」


薄茶色の瞳が、人が悪そうに笑う。


「晴、これ友達?」

「…え?」


純に話を振られるとは思っておらず、晴は驚いた。

薄茶色の瞳は、じっと晴の碧い瞳を見つめ返している。

初めて、純の目を真っ直ぐに見た気がした。


薄く口を開くも、何も言葉が出てこない。

薄茶色の瞳から逃げるように、視線が床に落ちた。


「また逃げるの?」


その言葉にハッとして純を見る。

薄茶色の瞳は、何を考えているのか分からない。

でも、いつもの面倒くさがっている瞳とは違った。

不機嫌な瞳とも、違う。真っ直ぐな、瞳だった。



「何の話してんだよ!」


純と晴の静寂を、黒髪の男子がいとも簡単に破る。

自分の分からない話をされるのがムカつくらしい。分かりやすいほどイライラしている。


「短気だな」


純がうるさそうに男子を冷たい目で見る。


「何なんだよお前!」


イライラが我慢できなくなったのか、純に近付き手を振り上げる。

純が口の端で笑った時、その手を止めたのは晴だった。


「なっ…」


晴に止められたのが信じられなかったのか、目を見開いて驚いている。

晴は黒髪の男子を見ることなく、純だけを見た。


「…友達じゃないよ。友達なんかじゃない」

「そう。わたしが代わりに殴ろうか?」


どこか面白そうにしている純に、晴は少し微笑む。

まだ1ヶ月しか一緒にいたことはないが、少しは純の性格を把握している。


「いや、いいよ。さっき言われたことくらい、気にしてないから」


晴は男子の手を離し、いつもの穏やかな瞳で振り返る。


「つぼみの一員として君を歓迎するけど、おれと君はただの知り合い。そこをわきまえて喋ってください」


晴にそう言われた男子は怒りで顔を赤くし拳を握りしめたが、ここにいるのが晴だけではないことを思い出したのか、何も言わずに去っていった。


晴は、体の力が抜けて息をついた。

無意識のうちに体が強張っていたらしい。


「ありがとう。助かったよ」

「わたしが殴り倒してもよかった」


純の無表情に近い目を見て、晴は微笑む。


「それじゃ、駄目だったんだよね?おれが純を頼ったら殴り倒してくれただろうけど、おれ自身で解決してないから」


この1ヶ月の間、純を見てきて分かったことがある。


純はかなり面倒くさがりで無関心だが、間違ったことは言わないし無駄なこともしない。

いたずら好きなところもあって、人を試すようなこともする。

そして、底の知れない能力を持っている。

自分ではまだ純の表情を正確に読み取ることはできないが、微かに笑った気がした。


「当人がどうするしかないことはある。でも、理解と助けを求めるかを決めるのも、当人だよ」

「…そっか。みんな、おれの助けを聞いてくれるかな?」

「聞いてくれるんじゃない」


投げやりだけど、それが優しさな気がした。


「そっか」


晴は、いつものように優しく微笑んだ。


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