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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第二章 忍び寄るもの
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44 自慢の妹④


「どう思う?」


兄に意見を求められた純は、持っていた袋をゴソゴソと漁ると、USBを取り出す。

それを見て、顔色を変えた人物がいた。


「このUSBの中に、わたしのデザイン画が入ってました。みんなで探すことになって、現物が見付かることを恐れたんでしょうね。データ化して、本物は切り刻んで捨てた」


「それは、誰のもの?」


純は、部屋の中で顔色を変えた人物を指差す。


「あなたのですよね。トムさん」


純が指差したのは、チームの中でも物分かりの良い男性だった。


「そうなのか?トム」


「違う。僕じゃない。それに、それが僕のものだという証拠はないだろう」

「あなたの机の中にありましたよ」

「誰かが、僕を嵌めたんだろう。本当の犯人とかが」


純はポケットから端末を取り出すと、動画を再生する。

トムは、それを見て驚く。


「あなたがデザイン画をデータ化するところを、動画に撮っておきました。これでも自分じゃないと言うんですか?」

「な、なぜ…」

「デザイン画を探す時のあなたの行動を監視していたからです。GPSを付けられていたと知って、焦って証拠隠滅するのは目に見えてましたから」


動画には、デザイン画を切り刻むところまで映っている。

もう、どんな言い訳も通じない。


トムは、観念したように俯いた。



「どうして、こんなことをしたんだ?トム」


湊に問われ、トムは深く息を吐く。


「シャルルが入院したと聞いた時、僕がリーダーに選ばれると思ったんだ。それが、来たのはこんな若い子供。気に入らなかったんだ」


「それだけじゃないだろう。トム」


湊の冷たい声に、俯いていたトムは顔を上げる。


「VERTのライバル社から、ヘッドハンティングされてるな?このデザイン画を持って、そっちの会社に移るつもりだったんだろう?デザインは、アイデアだ。先に世に出した方の勝ちになる。高校生とプロのデザイナーだったら、どっちが信用されるかは分かりきったことだもんな」


「…本当なの、トム」


エミリーが、拳を握りしめてトムを見つめている。

トムは、観念したように頷いた。


「…みんなで、今回のショーを成功させようって、言っていたじゃない。あの言葉は、嘘だったのね?」


エミリーは、怒りで声が震えている。


「子供の才能に嫉妬したですって?それを自分のものにして、VERTを裏切ろうとしていたですって?あなたに、デザイナーと名乗る資格なんてないわ。最低よ」

「…君だって、この子の才能に嫉妬していただろう」

「当たり前じゃない!」


エミリーは、純をキッと睨みつける。


「デザインの経験もない、私よりも年下の子供に負けて、悔しいわけがないじゃない!」


睨みつけられた純は、興味なさげにその視線を返す。

エミリーは、悔しそうに顔を歪める。


「…それでも、プロなら、プライドを持っているなら、そんな卑怯な真似はしないわ!ショーの成功のためなら、自分の感情なんて二の次よ。悔しいなら、次を頑張ればいいだけの話よ。何もしないで人のアイデアを盗むなんて、人間としてどうかしてるわ」

「エミリーの言う通りだな」


興奮しているエミリーを落ち着かせるように、湊はその肩に手を置く。


「安心しろ。トム。ヘッドハンティングされた会社には、こっちから丁重に断っておいた。もちろん、明日からうちには来なくていい」

「な……」


それは、クビ宣告である。


「社長は、このことを知ってる。この意味が、分かるな?」

「…そ、そんな……」

「VERTの社長は、自分を裏切った人間を許さない。それも、孫をダシにされたんだ。怒って当然だろう」


「……孫?」


絶望の中で、その言葉がトムの耳に引っかかる。

そして、いつの間にかパンを食べ始めている少女に視線が集まる。


「そういえば、言ってなかったな。俺の妹の、純だ」


湊が、自慢げに純を紹介する。

しかし、他の社員は驚きで開いた口がふさがらないようだった。


「湊の…妹?」

「いつも、自慢してる、あの…?」



それは、この会社にいれば聞いたことのある話だ。

湊は、暇さえあれば自分の妹のことを嬉しそうに話す。


「俺の妹はすごい」

「俺の妹は頭が良い」

「俺の妹は何でもできる」


何年も前から耳にタコができるほど、聞かされてきた言葉である。

湊の妹バカなところは社員全員が知っていたので、妹が可愛くてそう言っているのだろうと思っていた。

しかしあのデザイン画を見た後だと、それが身内ゆえの誇張ではなく、本当のことだと全員知った。


「妹…だと…?」


トムは、少し馬鹿にしたように湊を見る。


「こんなデザイン画を描ける妹がいて、嫉妬しないわけがないよな。湊」

「俺とお前を一緒にしないでくれ。トム」


湊は冷ややかに、トムの視線を受け流す。


「俺は、生まれてからこのかた純に嫉妬したことは一度もない」

「嘘だな。そんな才能を持つ人間がいて、嫉妬しないわけがない!」


それは、純の才能に嫉妬したトムだからこそ分かることだった。


「こんな才能を持つ人間が近くにいて、それも自分より年下の妹だぞ?嫉妬しない人間なんていないだろう。このデザインがあれば、VERTになんて留まっていられない、名実共に世界一のデザイナーになれるんだぞ!」


「それがどうした?」


「……は?」


予想外の反応だったのか、トムの間抜けな声が口からもれる。


「それに、何の意味があるんだ?」

「何のって…世界一のデザイナーになれば、金も入る。地位も名誉も、全てが手に入るんだぞ?」

「金に、地位、名誉ね」


湊は、息を小さく吐く。


「そのどれにも、興味はないな」

「嘘だろう」

「嘘じゃないさ」

「普通は、そのどれかに惹かれるものだ」

「俺は、普通じゃないのかもな」


湊は、隣でモグモグとパンを食べている妹の頭を優しく撫でる。


「金も、地位も、名誉も、そのどれもいらないな。俺が大切なのは、家族だ。大切な妹が頭が良いのは、嬉しいことだろう。何でもできるのは、凄いことだろう。愛おしく思う以外に、他の感情は湧かないよ」



湊が4歳の時に生まれた妹は、幼い時から天才だった。


物を掴めるようになってすぐに鉛筆を握り、漢字を書いていた。

目で見た景色をそのまま記憶し、写真のように正確な絵を描いていた。

母が弾くピアノを耳で覚え、初めて触った時には大人でも難しい曲を弾きこなしていた。

父が教えたカードゲームをすぐに理解し、その日のうちに両親を負かしていた。

3歳の頃には、大学入試の問題をすらすらと解いていた。



周りから優秀だと言われていた湊よりも、妹の方が何倍も優秀だった。

そんな妹を見ても、湊には嫉妬や怒りという感情は湧いてこなかった。


天才的な能力を持ちながらも兄である湊の後をついて歩き回る姿を見て、可愛いと思った。

兄である湊を頼ってきてくれることが、嬉しかった。

妹が新しい才能を見せるたび、自分のことのように喜んだ。

湊より幼いのに、湊のことを自分以上に愛してくれた。

そんな妹には、愛おしいという感情しかない。


普通ではないのかもしれない。

しかし、湊はそれでも構わない。


湊を見るトムの目には、恐れすら含んでいる。

理解できないものを見たような、どこか化け物を見るような目だった。


湊は、そんな視線を気にすることなくトムに微笑みかける。


「翠弥生は、身内を利用した人間を許さない。この会社にいて、社長の怒りを知らないとは言わないよな」


翠弥生は、あの穏やかな見た目からは考えられないほど、怒ると恐ろしい。そのことを、知らないわけではなかった。


「ちなみに、俺もお前を許さない」


湊の穏やかな微笑みの中に、明らかな敵意が見える。


「よくも、俺の妹のものを盗んだな。覚えておけよ」


それは、死刑宣告のようなものだった。

世界的ブランドの社長と、その孫であり若くして有能なデザイナーとして有名な湊。

その2人から睨まれれば、二度とこの世界に戻ってこれないのは確実である。


トムは、絶望しかない未来に恐怖でうなだれた。



『VERTにいてこんなことをやるなんて、馬鹿なのか』


純はパンをモグモグと食べながら、絶望しているトムを眺めた。

弥生と湊の恐ろしさを知っておいてこんなことをやらかすなど、馬鹿としか思えない。

弥生と湊は身内には甘いが、敵と見なしたものには容赦がない。

この男はこの先、弥生と湊から報復を受けるだろう。

純には、もうどうでもいいことである。


自分の役割が終わった純は、持っていた袋をゴソゴソと漁ると、2つ目のパンを取り出した。

証拠の動画を撮り終えた後に、近くのパン屋で買ってきたものだ。


『やっぱり、フランスのパンは食べ応えがあっていい』


そんなことを考えながら、絶望している男の前でパンを食べる純だった。


湊と純の年の差は5歳ですが、純が生まれた時は湊はまだ誕生日前でした。

そのため、4歳の時に生まれたと表現しています。

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