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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第二章 忍び寄るもの
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43 自慢の妹③


「ちょっと、聞いた?」

「シャルルの代わりに入った女の子でしょう?」

「他のデザイナーが何も文句を言えないほど完璧なデザイン画を、たった10分で20枚も描いたらしいわよ」

「シャルルのチームのメンバー、みんな唖然としていたわ」

「本当に、高校生なのか?」

「…一体、何者なんだ?」


そこで、ちらりと1人に視線が向けられる。

噂話に花を咲かせる社員を叱ることなく、にこにこと満面の笑みを浮かべている。


「凄いだろ?」

「………」


社員たちの疑問に対し、何一つ答えになっていない。

湊は、機嫌良く仕事を進めている。


「湊。あの子は一体何者なんだ?」

「気になるか?」

「そりゃ、気になるだろう。デザイン画を見たが、素人が描いたとは思えなかった」

「だよな」

「………」


どうやら、社員の疑問を解消させるつもりはないらしい。

それを見て、中年の女性がパンパンと手を叩く。


「そんなことを気にしている暇があるなら、手を動かしてちょうだい。ショーの準備は、まだたくさんあるのよ」


おしゃべりの時間は終わりと見て、他の社員も仕事を進めていく。



「ありがとう。ソフィア」


湊に笑顔を向けられた中年の女性社員は、やれやれとため息をつく。


「この感じだと、みんな浮ついてしまうわ。仕事は山ほどあるっていうのに」

「大丈夫だよ」


自信ありげに頷く湊に、ソフィアはうろんげな視線を向ける。

そんな視線にお構いなく、湊は穏やかに微笑む。


「俺が仕事を遅らせたことは、ないだろう?」



ソフィアは、湊の優秀さをよく知っている。


4年前から、湊はこの会社で働いている。

社長の孫として期待されながら、いつもその期待以上の結果を出してきた。

だからこそ、今回のショーでは22歳という若さでリーダーに抜擢された。

それを親の七光りという者もいるが、この会社で働いている者であれば湊が親の七光りではないことなど十分に分かっている。


デザイナーとしても優秀で、リーダーシップもある。

若さゆえの突っ走りや考え無しの行動はなく、いつでも思慮深く、相手を敬う。

祖母である社長の名を出して自分の意見を通そうとすることもなく、謙虚で、穏やか。

短所など、ないようなものだ。


そんな湊を見て、若手の社員はさすがあの社長の孫だと尊敬している。

しかし、ソフィアからしたらその若手一人一人の肩に手を置いて説明してあげたい。


『あの社長の孫が、ただ優秀なわけがあるか』、と。


しかしそんなことをして湊と社長に目を付けられたくないので、ソフィアは今回も若手を説き伏せることを諦め、仕事に戻った。


湊は穏やかな笑みを浮かべたまま、そんなソフィアを満足そうに見送った。




次の日も会社に行ってほしいと湊に頼まれたので、純はまた「ついて行きます」と粘るシロを何とか説得して家に置いてきた。



出社してみると、何となく社内がざわついている。社員の視線は純に向かっており、注目されているようだ。


デザイナーチームの部屋に行ってみると、どんよりとした空気と顔色の悪いチームメンバーが純を迎えた。


「何かありました?」

「あ…いや、その…」


どのメンバーも、気まずそうに視線を逸らしている。

その中で昨日の物分かりが良かったトムという男性が、申し訳なさそうに一歩前に出た。


「君が昨日描いたデザイン画が、今日見たら消えていて…盗まれたみたいなんだ」

「どうやって保管していたんですか?」

「鍵をかけて、その鍵は別の場所に保管していたんだが…壊して開けられたようだ」

「最後に鍵をかけたのは誰ですか?」

「…私よ」


昨日は元気だったエミリーは、どこか暗い表情をしている。


「その時には、ありました?」

「あったわ」

「それ、何時頃ですか?」

「…19時頃よ」

「ずいぶん遅くまで残っていたんですね」


フランスでの勤務時間は、週に35時間と決まっている。

1日7時間で、日本人と違って残業してまで会社に残る人は少ない。

17時を過ぎれば、会社からは人がいなくなっていく。

19時まで会社に残っていたというのは、珍しい。


ちなみに純は、20枚のデザイン画を描いた時点でやることはなくなったので、午前中に帰った。

社員ではないので、とやかく言われることもなかった。



「何か、やることでもあったんですか?」

「…仕事を、していただけよ」


エミリーはどこか言いづらそうにしているが、純は興味もないので話を進めた。


「デザイン画を盗んだのは、社内の人間でしょうね」


はっきりと言いきる純に他のメンバーは気まずそうにしながらも反対意見がないところを見ると、みんな気付いていたのだろう。


社員証がなければ、社内には入れない。

外部の人間が盗んでいれば、警備に引っかかっているはずである。

それがないということは、内部の人間が盗んだのだ。


「すまない…せっかく君が描いてくれた完璧なデザイン画だったのに、盗まれてしまって…。それも、身内が盗んだなんて…いまだに信じたくないよ」

「デザイン画は、まだ社内にありますよ」


「「え?」」


驚いた視線が、純に集まる。


「なぜ、分かるんだ?」

「GPSを付けていたからです」


純はそう言って、ポケットから端末を取り出す。

画面にはGPSから送信された位置情報が点滅しており、この会社の場所を示していた。


「まだ社内にあるみたいですね」

「…あのデザイン画に、そんなものは付いていなかったわ」

「最近の発信機は、小さいですから。見落としたんじゃないですか」


エミリーの言葉を、純は簡単に否定する。


「早く探さないと、まずいんじゃないんですか」


純の言葉に、他のメンバーがハッとする。

昨日、純の完璧なデザイン画を直接見ただけに、その価値を十分に理解している人たちである。

もし、あれが外部に流れでもしたら大変なことになる。


「手分けして探そう」


そう言って部屋を出て行ったチームメンバーの後に、純も部屋を出た。




1時間ほど経ってから純が再び部屋に戻ってくると、チームメンバーが勢ぞろいしていた。

それに加えて、湊もいる。


「デザイン画が盗まれたんだってな」

「うん」

「それも、社内の人間の仕業なんだって?」


湊は穏やかな笑みのままだが、目の奥がひやりと冷たい。

妹のものが盗まれて、どうやら怒っているらしい。

部屋の中にいるメンバーは普段穏やかな湊の怒りを初めて見たせいか、緊張が走っている。


「見つかったの?」


純の声に、湊の怒りが一瞬にしてどこかへ消える。


「どうやら、見つかったのは一部らしい」


湊が先を促すようにメンバーに目を向けると、トムが気まずそうに喋り出す。


「見つかったのは、これだけなんだ…」


そう言って純に見せたのは、紙きれだった。

どうやら、純が描いたデザイン画の一部らしい。


「多分、切り刻まれて捨てられてしまったんだと思う。すまない…」


他のメンバーも、申し訳なさそうに視線を落としている。


「それで、盗んだ人は分かったんですか?」

「いや、それはまだ分かっていないんだが…」


部屋の中の視線が、1人の人物に集まる。


「私じゃないわ!」


エミリーは、キッと他のメンバーを睨む。


「でも、僕らが帰った時にはデザイン画はちゃんとあった。それは、みんなが確認してる」

「私は、ちゃんと最後に鍵をかけて保管したわ」

「それを証明できるのか?」


エミリーは、ぐっと言葉に詰まっている。


「君が保管したところを、誰も見ていない」

「夜のうちに、盗まれたかもしれないじゃない」

「昨日の夜に社内に入った人は、いないよ」


穏やかな湊の声に、部屋の中の視線が集まる。


「記録を調べたからね。昨日、一番最後に退社したのはエミリーだよ。エミリーが嘘をついているか、今日の朝に出社してすぐに盗まれたかだろうね」

「でも、人の多い朝に盗むよりは…」

「私じゃないって言っているでしょう!」


ヒステリックに声を上げるエミリーに、他のメンバーの目が冷たくなる。


「どう思う?」


兄に意見を求められた純は、1つの紙袋を取り出した。


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