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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第二章 忍び寄るもの
37/181

37 兄妹②

本編とは少し離れたストーリーが続いています。

すみません。


「朝、すごかったね」

「久しぶりに見たね、あれ」


昼休みである。

つぼみの部屋で昼食をとっていると、その話題を話し出したのは双子だった。


「去年くらいからだっけ?純に、何かと勝負をふっかけてるの」

「純が相手にしてないから、1人相撲だけどね」


話題にされている純は、不機嫌そうにフレンチトーストを食べている。


愛園(あいぞの)さんは、向上心の高い方なの」


縦ロールの女子の名前は、愛園美波(みなみ)。高等部3年の生徒である。


「入学してからずっと学年2位の純に勝負を挑もうっていう気概は、すごいけどね」

「でも、勝てたことないよね。今回も負けてるし」


双子は、ローストビーフをもぐもぐと食べながら、容赦なく現実を口にする。


今年度最初の学力試験の結果は、今日発表されている。

ちなみに、つぼみの6人は誰一人として順位を落としていない。

1位は雫石、2位は純、3位は翔平、4位は晴、5位は同率で皐月と凪月である。



「愛園さんは、どうして純に勝ちたいんだろうね」


晴は、ナイフとフォークを置いて不思議そうに首を傾げる。


「お前は、知ってるのか?」

「興味ない」

「まぁ、だよな」


純はいつも面倒くさがってあの女子生徒から逃げているので、聞いてもいないだろう。

しかしこの学園で真正面から勝負を挑んでくるのは、珍しい存在ではあった。



この学園に通う生徒は、嘘と建て前が標準装備である。

同じ生徒同士でも少なからず上下関係が存在し、人を貶めようとする人間は少なくない。

そんな中で本音を話せば、いつ弱みを握られるか分からないのだ。

この学園で本物の友人をつくることは、意外と難しいのである。




「そういえばさー」

「明日からの休暇は、みんなどっか行くの?」


ローストビーフを食べ終わった双子が、他の4人に尋ねる。

明日から、連休なのである。


「そういう2人は、どこかに行くのか?」

「僕らは、ドイツに行くんだー」

「別荘があるから、2人で遊びに行くんだー」

「それは、楽しみね」


「雫石はー?」

「私は、優希流の公演が近いから、日本にいるわ」


この時期は、日本舞踊優希流の毎年恒例の公演があるのだ。

優希流の家元の娘として、連休中も稽古が忙しいらしい。


「翔平は?」

「俺も日本だな。仕事がある」


翔平は学生ながら父親の仕事を手伝っているので、休暇はないらしい。


「2人とも忙しいねー」

「晴はー?」

「おれは、アメリカかな。父さんに会いに行くんだ」


晴の父親は、ハリウッドで有名な映画監督である。

活動の拠点がアメリカなので普段は日本にいないのだが、連休中に晴から会いに行くらしい。


「純はー?」

「フランス」

「湊さんと一緒に行くのね?」

「うん」


日本に帰ってきている湊だが、そろそろフランスに帰らなければいけないらしい。

ちょうどいいので、純は休暇を利用してフランスに行くことにしたのだ。

そうすれば、休暇中はフランスで兄と過ごせる。


「純のお兄さん、かっこよかったよねー」

「イケメンだよねー」


つぼみ披露パーティーで見た湊は、すらりとした高身長に黒いスーツを着こなし、同性から見ても格好良かった。


「つぼみの頃も、すごい人気だったもんね」

「そうそう。僕らその時中等部だったけどさ、結構ファンの子いたよね」


中等部と高等部は校舎が違うのだが、そこまで人気が広まっていたのだ。


「それに、とても優秀な方だもの」


つぼみとして選ばれているのだから当然なのだが、その代のつぼみの中でも一番と言われているほど優秀だったのだ。


「純のお兄さんって、すごいんだね」


晴にそう言われ、純はこくりと頷く。


その表情がいつもの無表情ではなく少し嬉しそうだったので、晴は驚いた。

しかし、それも一瞬にして消える。


純はふと立ち上がると、バルコニーの方へ向かっていく。

外へ出るための扉を開けると、下を覗いている。


「どうした?」

「翔平。あれ」

「?」


純が外を指差しているので、翔平も見てみる。


「何かあっ――」


双子の片割れがそう聞き終える前に、翔平は顔色を変えると風のような速さでつぼみの部屋を出ていってしまった。


「…ほんとに何があったの?」


いつも冷静な翔平からは考えられないほどの、焦りようである。


「行ってみれば分かる」


ついて行こうという話らしい。

とりあえず純について部屋を出て、塔の階段を下りていった。




純は翔平がどこに行ったのか分かるらしく、迷うことなくどこかに向かっている。


少し歩くと、塔の近くの物陰に翔平がいるのが見えた。


「翔平。どうした…の?」


皐月は翔平に呼びかけたものの、目の前の光景に首を傾げてしまった。


翔平の後ろには、初等部の黒と白のセーラー服の制服を着た少女がいた。

少し色の薄い黒髪を背中で揺らし、くりっと丸い瞳は漆黒色をしている。

その瞳は涙ぐんでいるが、こちらを見ると目を輝かせて走ってきた。


「純お姉さま!」


そう言って、嬉しそうに純に飛び付く。


「…純お姉さま?」

「…純が、小さい子をちゃんと受け止めてる…」


双子は、それぞれ別のところに驚いた。

翔平はその状況に、深くため息をついている。


「俺の妹だ」

「翔平の妹?」

「翔平の妹なのに、純お姉さま?」

「悪い。混乱させて」


翔平は眉間にシワを寄せている。


「瑠璃。ちゃんと挨拶しろ」


兄の言葉に、純に抱きついていた少女はすぐに純の後ろに隠れる。


「…初等部2年、龍谷瑠璃(るり)です」


どうやら人見知りらしく、純と翔平以外とは目を合わせようとしない。


「どうして、翔平の妹がここにいるの?」


晴が、不思議そうに尋ねる。


初等部の校舎は、高等部とかなり距離が離れている。

静華学園の敷地は広大なので、同じ敷地内にあると言っても、徒歩だと30分はかかるのだ。


「それは、俺も今聞いていたところだ」


バルコニーから妹の姿を見つけた時は、心臓が止まるかと思った。


「何で高等部まで来たんだ。瑠璃」


瑠璃という名の少女は、純の後ろに隠れながら翔平の様子を窺っている。


「言わない。言ったら、お兄さま怒るもの」

「言わなくても怒ってるんだが」


翔平の少し怒った目つきに、ピュッとすぐに純の後ろに隠れる。


「初等部生が勝手に高等部に来るのは、駄目だと分かってるだろ」

「…分かってるわ」

「じゃあ、何で来たんだ」

「………」


だんまりを決め込んでしまった妹を見てキリがないと思ったのか、翔平は純に目配せをする。

純はその意図を汲みとり、瑠璃の頭に手をのせた。


「瑠璃。あっちに花が咲いてるから、おいで」


そう言って、少し離れたところの生垣を指差す。

純の言葉にキラキラと目を輝かせると、瑠璃は素直について行った。



「何で、高等部の敷地に来たんだろう」

「けっこう距離あるのにね」


双子は不思議そうに少女を見る。

見ている限り、大人しそうな少女である。


「体調は、大丈夫かしら」


雫石は、心配そうにしている。


「どこか悪いの?」


晴の問いに、翔平は少し息をつく。


「瑠璃は、体が弱いんだ。普段もあまり学校には来れていない。どうしてここに来たのかは分からないが、もし倒れでもしたら大変なことになる」


翔平はとても心配そうに、妹の背中を見つめている。

さっき妹に対して少し厳しい態度だったのも、その心配ゆえだろう。

今見ている限りでは体調は良さそうで、純と楽しそうに花を摘んでいる。


「どうして、純のことをお姉さまって呼んでるの?」


晴の疑問に、双子も頷く。


「純には悪いけど、年下に好かれてるのは意外かも」

「迷子の子が抱きついてきても、避けてたしね」

「まぁな。実際、瑠璃以外で純に懐いている子供はいない」


本人がいないので、言いたい放題である。


「瑠璃は、純に命を救われたことがあるんだ。それ以来、姉として慕ってる」


翔平は目を瞑り、その時のことを思い出した。


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