33 お出かけ②
車から降り、ショッピングモールに着く頃にはいつもの翔平に戻っていた。
雫石が来たいと言ったショッピングモールは、少し郊外にある、どこにでもあるようなありふれたショッピングモールだった。
大きな建物に広い駐車場があり、色んな種類の洋服店や飲食店が入っている。
日曜日ということもあり、たくさんの人で賑わっている。
「まずは、お買い物ね」
雫石は目の前の賑やかな景色に、遊園地に来た子供のようにワクワクしている。
「入るお店も違うと思うし、女の子と男の子に別れて行動しましょうか」
その提案に異論はなく、買い物が終わったら合流しようという話になった。
「翔平、もう大丈夫?」
「あぁ。悪いな、晴。驚かせたみたいで」
「いや、気にしないで…。大丈夫そうなら、良かった」
かなり驚いたのは確かだが、いつもクールで落ち着いている翔平の素の姿を見たようで少し面白かった。
今は誰が誰なのかちゃんと分かっているようなので、安心した。
「うわー人がたくさん!」
「いろんなお店が入ってるんだねー」
双子は2人の会話が耳に入っていないようで、周りをキョロキョロと見ては興奮している。
「こういうとこ、初めて来たよー」
「何があるんだろう?」
2人は興味のあるものに釣られて子供のようにあちこち行ってしまいそうなので、翔平は2人から目を離さないようにして歩いた。
このはしゃぎっぷりだと、迷子になってもおかしくない。リードが欲しくなってくる。
「わぁー!見て、あの4人。格好よくない?」
「高校生かしら」
「1人、外国人よね」
「ちょっと声かけてみる?」
そんな声がひそひそと聞こえてくる。
しかもどうやら女性だけではなく、周囲のほとんどの人の視線を集めている。
4人とも容姿が良いので、目立っているらしい。
それに今日は制服ではないので、みんな私服である。
おかしな服を着ているわけではないが、身に着けているものが当たり前のように高価なので、金持ちオーラのようなものが隠せていないらしい。
物珍しいものを見る視線を感じながら、動物園の動物の気分を味わいながら歩いていく。
客は家族連れやカップルが多く、その中には少しガラが悪そうなのもいる。
しかしこういったいろんな人が多く集まっている場所で自由に行動できるのは、貴重なことだった。
「おれも、こういう所に来るのは初め…」
周囲を楽しそうに見ていた晴が、突然何かに気が付いたように立ち止まった。
「どうした?」
急に立ち止まった晴は、不安そうな顔をしている。
「あのさ、向こうは女の子2人で歩いてるんだよね」
「?」
「そうだよ」
「あの2人が歩いていて、男の人に絡まれないかな?」
「「あ…」」
やっとそのことに気が付いた3人も焦る。
「いや、でもさ、純って強いんだよね。じゃあ、何があっても大丈夫じゃない?」
「あ、そうだよそうだよ」
しかし翔平は眉間にシワを寄せ、深刻そうな顔をしている。
「あいつの行動は気まぐれで自由だからな。もし絡まれたら、相手を煽って手を出させてから正当防衛とか言って打ちのめすと思う。つまり、騒ぎを起こす」
純は面倒くさがりなのだが、自分の敵と見なした相手には容赦ない。
面倒だからと言って、ぶちのめしてしまう可能性があるのだ。
「おれたちがここで騒ぎを起こすのってあんまり良くないんじゃ…」
「あんまりどころか、全然良くないよ…」
「家のこともあるけど、つぼみが暴力沙汰って…ヤバいよね」
4人は顔を見合わせ、さっそく手分けして2人を捜索することにした。
『何でこんな簡単なことに気が付かなかったんだ…』
寝起きでまだ頭がちゃんと働いていなかったらしい。純のやりそうな行動に気が回らなかった。
人混みをかき分けて捜していると、何やら人だかりができているのを見つけた。
『まさか、もう騒ぎを起こしてるんじゃないんだろうな』
その嫌な予感は的中した。
人だかりの中央に、20代くらいのガラの悪そうな男数人に囲まれている純と雫石がいた。
周りの人間は助けてやりたいがどうすることもできず、ただただ事の流れを見ている。
ちょうど純が相手を煽っている最中らしく、男たちの雰囲気が険悪ムードになっていっている。
『まったく…あいつは…』
ついに1人の男がキレたのか純に手を出そうとしたところを、すんでのところで間に入って男の手を受け止めた。
「すみません。俺の連れなんで」
男の手を押さえながらも、一応下手に出てみる。
こんな人混みの中で騒ぎを起こしたら、後々面倒なことになるだろう。
背後で、純がチッと舌打ちをしながら拳をしまっている気がする。
「多分いろいろ言ったと思いますけど、悪気はないんで許してやってください。すみません」
『悪気しかなかったとは思うが…』
男たちも別に騒ぎを起こすつもりではなかったらしく、翔平を見て諦めて去っていく。
恐らく、軽いナンパ目的で声をかけただけなのだろう。
何事もなくて良かったと思って後ろを見ると、純がふてくされていた。
「どうした。何かあったのか?」
「別に」
純は、ふてくされたまま翔平から視線を外した。
何かあったのは、昨日である。
会いたくもない相手に会わなくてはならなかったので、ストレスが溜まっているのだ。
昨日からのイライラを発散できる相手がせっかく現れたのに、翔平に阻まれてしまった。
「何があったかは知らないが、ストレスを知らない相手にぶつけるな。こんなところで騒ぎを起こすと、いろんなところに迷惑をかけるぞ」
純は何も言っていないのに、「別に」という返しだけでここまで察するのが翔平である。
「大丈夫よ、翔平くん。何かあっても私の護衛がいるから」
雫石はそう言って微笑んでいるが、そういうことではない。
今日ここに来ている雫石たちに護衛がついているのは知っていた。
少し離れたところからずっと監視しているのである。
静華学園に通う生徒は、少なからずその身を狙われる。
身代金目的だったり、金持ちの家同士のいざこざに巻き込まれると、狙われるのは決まって子供なのだ。
それ故、外出する時は常に護衛がいることが多い。
だから身の危険の心配はしていないのだが、騒ぎを起こすこととは別である。
その後、晴と双子に連絡をとって集合した。
結局は全員で行動するのが一番安全だろうという話になり、6人で歩くことにした。
しかし、やはり自分たちはかなり目立つ存在らしく、モーゼの十戒のように人混みが割れていく。
歩きやすくていいのだが、まるで珍獣でも現れたかのような扱いだった。
「ねぇ、一緒にお茶しない?」
「連れがいるんで」
「そんなこと言わないで」
「君たち双子よね。可愛い~」
「僕らって可愛いくくりに入るの?」
「いや、それ僕に聞かれても分かんないよ」
「あなたの瞳の色、素敵ね。どこの国から来たの?それともハーフ?」
「いや…おれは……」
「「あ~あ……純と雫石、早く帰ってこないかなぁ」」
さっきから、ずっとこの調子なのである。
買い物は基本的に女子の買い物に付き合っているので、必然的に男子は店の外で待つことになる。
そうなると、決まって女性に声をかけられるのである。
今ので知らない女性たちから声をかけられるのは3回目なので、4人とも辟易としていた。
「待たせてしまってごめんなさい」
4人に群がる女性たちの後ろから、雫石と純が現れる。
それを見ると、女性たちは波のように引いていった。
敵わない相手だと一瞬判断したのだろう。さっきからこれの繰り返しだった。
純は行く先々で雫石の着せ替え人形状態になっており、雫石は金にいとめをつけずに自分と純のために服やら靴やらを買っている。
「私たちのお買い物に付き合わせてばかりでごめんなさい。次は、翔平くんたちの行きたいところに行きましょう」
「俺はどこでもいい」
「おれもどこでも…というか、何があるのかよく分かんなくて」
「んー、なんか面白いとこないかなー」
「お店見るのも飽きちゃったしね」
「それなら、ここはどう?」
雫石が地図で指し示したところを見て、双子は目を輝かせた。




