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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第二章 忍び寄るもの
32/181

32 お出かけ①


それは、つぼみ披露パーティーの真っ最中だった。


雫石の母親に挨拶が終わった後、雫石は両手を合わせ、良いことを思いついたというように満面の笑みで話し出した。


「今度、みんなでお出かけしない?」

「「お出かけ?」」


何を言いたいのか分からない、というように双子が揃って首を傾げる。


「えぇ。お出かけよ。お買い物をしにデパートとか、ショッピングモールとかに行くのもいいわね」


あぁ、とやっと言いたいことは分かったが、また新しく疑問が生まれる。


「デパートとかショッピングモール?」

「ブランド店とかじゃなくて」


双子は困惑している。


それは、彼らにとっては当たり前の発想だった。

この国で有数のお金持ちの家の子供であるため、そういった場所で買い物をしたことがないのだ。

大体、店が家にやってくることの方が多い。


「そんなの、いつも通りすぎて楽しくないわ。人がたくさんいるところって、賑わっていてとても面白いのよ。ウィンドウショッピングをして、お洋服とかを買って、お茶をして。きっと楽しいわ、みんなで行ったら」


雫石の目は今まで見たことがないくらいキラキラと輝いている。


いち早くこの話にのったのは、双子だった。


「いいねー。僕らも、面白いこと好きだよ」

「それに、いつもの買い物なんて飽きたしね」


なんとも贅沢な悩みである。


雫石はキラキラした目で他の4人を見つめた。


「おれも行きたいな。日本に来てからそういうところには行ったことがないから」

「あのな…」


翔平は、雫石の楽しそうな姿にまた始まったかと呆れている。


「さっき釘を刺されたばかりだろ」


さっき雫石の母親が言っていた「振り回される」というのは、こういうことだ。


雫石はたまに、いつもの優等生姿からは考えられないような突飛な行動力を発揮するのである。


「あら、いいのよ?翔平くんは来なくても。純は来るわよね?」

「うん」


一番の難関かと思えた純は、雫石の提案とあってかすんなり頷いた。

雫石は嬉しそうに純の腕に抱きつき、意味ありげな微笑みを翔平に向ける。


「翔平くんは、どうする?」

「………」


翔平は、雫石の明らかな煽りに眉間にシワを寄せる。


「…朝から行くのか?」

「もちろんよ」


翔平は何故か少し悩んでいるようだったが、全員の顔を見ると、諦めたように首を縦に振った。


「良かった。楽しみだわ、みんなでお出かけするの」


雫石は、今にも小躍りしそうなほど喜んでいる。


「いつ行くの?」


双子の片割れに尋ねられ、雫石はにっこりと微笑んだ。


「今度の日曜日!」

「「え?」」


つまり、明日である。




みんな特に用事はなかったらしく、予定を空けることができたので本当に日曜日に行くことになった。



当日の朝、晴と双子は首を傾げて今の状況に疑問を抱いていた。


「なんで、集合が翔平の家の前なの?」


今5人がいるのは翔平の家、つまり龍谷家の門前である。


龍谷家は現代的な高層ビルのような家で、かなりの高さがある。

ぱっと見はオフィスビルのようだった。


「来れば分かる」


そう言って、純は何のためらいもなくインターホンを押す。


「はい」


出たのは、若い男の人だった。


「翔平迎えに来ました」

「………少々お待ちください」


少しの間無言だったのは気になるが、すぐに門が開いた。


敷地内は思っていたより広くて緑があり、整えられた芝生と遠くには高い木も見える。


家の中に入ると、玄関で待ち受けていたのは若い執事だった。

黒髪で眼鏡をかけ、神経質そうで目付きが険しい。恐らく、さっきの声の主だろう。


「翔平の部屋入りますね」


純はよく来ているのか、かなり慣れている。

しかし若い執事は何故か純を鋭い目付きで睨んでいる。


もしかして断られるのかとも思ったが、最終的には許可してくれた。

しかし、何故か嫌々仕方なくという感じだった。



翔平の部屋はかなり上の階にあるらしく、エレベーターで昇ることになった。


「ほんと現代的な家というか」

「生活感のない家だねー」


やはり、人の家というよりはオフィスビルと言われた方が納得できる。



エレベーターが止まった階に降りると、1つのフロアが全て私室になっているようだった。


廊下の先にある扉の前に着き、純が当たり前のようにそのまま部屋の扉を開けようとしているのを見て、男子陣は焦った。


「え?勝手に入っていいの?」

「男子の部屋だよ?」

「ノックして呼び出した方がいいんじゃ…」


皐月、凪月、晴の順番で動揺する。

しかし純はそんな3人の言葉もお構いなしに、ノックもせずに扉を開けた。


『『えぇー…』』


雫石も普通に入っていくのを見て、困惑しながらも3人もあとに続く。



部屋の中に入ると、そこには広々とした空間があった。

2つのフロアを突き抜けているらしく、天井がかなり高い。

2階部分の半分は違う部屋になっていて、1階からの階段で上れるようになっている。


5人が入った1階部分はそれこそオフィスのようで、机にパソコン、本棚にソファーくらいしかないような生活感のない部屋だった。

家具や照明もモノトーンなものが多く、落ち着いた雰囲気である。

翔平のイメージ通りといえばイメージ通りな部屋である。



しかしそこに翔平の姿はなく、どうやら2階部分が寝室となっているらしい。


部屋に入ってすぐに寝室という訳ではなかったのでちょっとほっとした男子3人だったが、純は部屋の中をどんどん進み、2階部分への階段を上ろうとしていた。


「え?純、そっちは寝室じゃないの?」


晴の動揺に、純は不思議そうにしている。


「そうだよ」


何を当たり前のことを言っているのか、という顔である。

雫石はさすがに寝室へは行かないのか、ソファーに座ってにこにこしている。


『いや、純を止めてよ…』


男子3人は、心の中で雫石に突っ込んだ。

しかしそんなことを思っているうちに純はどんどん階段を上っている。


さすがに1人で行かせてはいけないと思い、3人もついて行った。



2階部分の部屋は本当に寝室のようで、多少生活感があった。

といってもベッドにクローゼット、机に椅子といったようなものしかなく、物の少なさは1階部分とさほど変わらない。


翔平はまだ寝ているらしく、布団がこんもりと盛り上がっている。

しかし、何故か顔も手足も見えない。

どうやら、翔平は布団にくるまって寝る寝方をするらしい。



男子3人が止める間もなくスタスタと布団に近付いた純は、布団に向かって遠慮なくチョップした。

ゴンッと鈍い音がしている。かなり痛そうである。


「起きて」


それでも起きなかったのかもう一度チョップすると、やっと布団がモゾモゾと動いた。


少しすると、布団の中からのっそりと亀のように頭が出てくる。


「あ、おは……」


爽やかに朝の挨拶をしようとした晴だが、目の前の光景に思わず固まってしまった。


布団から出てきたのは、半眼でいつもの10倍は目付きが悪く、どす黒いオーラが立ち込めている翔平だった。

まるで、機嫌が悪い猛獣のようである。

普段は目付きが少々怖いものの常に冷静で感情をあまり表に出さない姿しか見ていなかったので、晴と双子は驚きと恐怖で固まってしまった。



純は見慣れているのか、いまだにはっきりと目が覚めていない翔平の脳天に3度目のチョップをくらわせている。


「あぁ?」


背筋をひやりとさせるそれは、まるで猛獣のうめき声のようである。


「朝」

「………」


まだ半眼のままだがやっと何となく朝だと分かったのか、ベッドからノロノロと起き上がる。

そして寒いのか毛布を1枚羽織った姿でふらふらと歩き、階段を下りていく。


雫石がそんな翔平を見て微笑みながら声をかけた。


「おはよう、翔平くん」


その声に、人を射殺せそうな目付きで雫石をじっと見ている。


「あぁ…晴か」

「「!?」」


晴と双子は、翔平の頭がおかしくなったのかと心配して近寄った。


「大丈夫?翔平」

「「頭打った?」」


翔平は、晴と双子を睨むような目付きで凝視している。


「優希と純か…。純…お前、いつの間に2人になった」


「「!?」」


「ど、どうしたの?翔平」

「大丈夫?」

「僕ら、純じゃないよ?」


寝ぼけて間違っているのだとしても、さっきから性別すら違う。


クスクスと笑う声がすると思ったら、純が口に手を当てて面白そうに笑っていた。




「寝起きが最悪なんだよ」


今日の目的地である、ショッピングモールに向かう車の中である。


「普段よく学校に来れてるなってくらい寝起きが悪い。しかも、寝ぼけて誰が誰だか分からない」


純はとても楽しそうだ。

しかも、よくあることらしい。


どうやら集合場所を翔平の家にしたのは、翔平の寝起きの悪さを鑑みた結果らしい。

ギリギリまで寝かせてあげようという優しさなのか、この状況を面白がっているのかは、五分五分である。



今現在翔平は身支度をして車の中にいるものの、まだ眠いのか目を瞑って椅子にもたれかかっている。

会話は聞こえているようだが、参加する気力はないらしい。眉間にシワが寄っている。


「平日は頑張って起きているからか、土日にその反動がくるみたいなの。私が誘った時に悩んでいたのは、そのせいなの」


雫石も楽しそうにしている。


「「面白いでしょ?」」


女子2人にそう言われる翔平に、3人は同情しかなかった。

どうやら、優しさではなかったらしい。


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