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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第二章 忍び寄るもの
30/181

30 家族④


つぼみの披露パーティーにサプライズ登場した純の兄の湊はいろんなところから引っ張りだこの人気で、すぐにつぼみからは離れていってしまった。

純は湊の側にいて注目の的になるのは嫌だったのか、翔平たちの側に残った。



パーティーが中盤に差しかかり会場がなかなか盛り上がっていた時、入口に近いところからまたざわめきが広がってきた。


また誰か来たのかと見てみると、そこには渋い藍色の着物に同じ色の羽織を着た黒髪の老人がいた。

年は70歳をいくつか過ぎたといったところで、杖をついているが威厳にあふれており、そこにいるだけで存在感のある人物だった。

その後ろには、付き人らしき壮年の男性がいる。


「あれは、久遠(くおん)財閥の会長じゃないか」

「久遠会長だと?」


どこからともなくそんな声が聞えてきて、客同士で囁き合っている。


(みどり)さんが呼んだのか?」

「いや、あそこはかなり仲が悪いはずだ」

「では、何故来たんだ?」


どよめきと困惑が会場内に流れる。

いち早く行動したのは、主催者である弥生(やよい)だった。


「あら、久遠会長。いらっしゃるとは思いませんでしたわ。大切なご用事があると伺っていたものですから」

「いやはや、招待されずに参った無礼をお許し願いたい。どうしても気になることがあって、その大切な用事を蹴ってきてしまった」

「まぁ、それはそれは。せっかく来てくださったのですから、どうぞお楽しみください」


2人のやり取りは互いに笑顔で穏やかそうに見えながらも、どこか違和感がある。お互いの腹の中を探りあっているようだった。



「どうしたんだろう…急に会場の雰囲気が変わったね」


つぼみのメンバーも、空気が変わったことに気付いていた。

それほど、会場の空気が異質だった。


「久遠財閥会長と理事長が何かとぶつかっているのは有名な話だ」

「どうして、いらしたのかしら?」

「分からないが…何かあるとしか考えられない」


『招待されていないと言っていた…なのに、わざわざ来たのか?』


「僕、あの人苦手だよ」

「怖いもん」


双子も不安そうに互いに体を寄せ合っている。



会場に入った久遠財閥会長は微笑みながら周囲の人に挨拶し、確実につぼみのメンバーの方に近付いてきていた。


「これは、挨拶するしかないな。影響力の強い人だ」


翔平の言葉に雫石たちも小さく頷く。



「これはこれは。本日の主役にご挨拶してもよろしいかな?」


老人は笑顔であるが、何を考えているのか分からない。


久遠財閥と言えば、幅広い分野で経営を進めながらもその強引なやり方からよく思われていないことも多い。

財閥のトップに長年君臨しているこの久遠栄太朗(えいたろう)は、なりふり構わずに財閥の地位を上げて富を得てきた。


そして原因は誰も知らないが、理事長である翠弥生とは長年犬猿の仲であることは有名だった。



翔平は久遠栄太朗の言い知れぬ圧を感じながらも、動揺を悟られないように平常心を保つ。


「菊の称号を頂いた、龍谷翔平と申します。以前パーティーでご一緒させていただきました」


翔平の顔に見覚えがあったのか、微笑みながら頷いている。


「龍谷グループの御曹子ですな。お父上とは昔からお付き合いをさせてもらっているよ」


「初めてお目にかかります。牡丹の称号を頂きました、優希雫石と申します」


雫石はドレスの端を持ち上げ、丁寧に挨拶する。それを見て満足そうに微笑んでいる。


「これは驚いた。お母上に似てとても美人だね」


ありがとうございます、と雫石は微笑む。


「僕も初めましてになります。桔梗の称号を頂きました、周防晴と申します。父は映画監督、母は女優をしています」

「ご両親のことは知っているよ。有名なご夫婦だからね」


「向日葵の称号を頂きました、蒼葉皐月です」

「同じく、弟の蒼葉凪月です」


双子はさっきまで不安がっていた気持ちを1ミリも見せずに、完璧に挨拶している。


「1つの称号に2人就任とは初めてのことだ。その2人に会えるとは嬉しく思うよ」



久遠栄太朗は挨拶の間もずっと変わらず微笑んでいたが、つぼみを見て片眉を上げる。


「おや、1人足りないようだね」


『は?』


その時始めて、純がいつの間にか姿を消していることに気付いた。


雫石たちも今気付いたようだが、その驚きと疑問は表情には出さないようにしている。


『あいつ…』


純は気配を消すのが上手いので、気を抜いているといついなくなったか分からないのだ。


翔平は何とか動揺を隠しながら、純のいない理由をでっち上げようと頭を回した。


「百合の者は、少し疲れたようでちょうど席を外しております。ご挨拶が出来ず申し訳ありません」


「…ほう」


どう反応が来るかと身構えたが、久遠栄太朗は小さく頷いただけだった。


「それは残念。次の機会にはお会いしたいものですな。では、失礼」



久遠栄太朗がいなくなると、全員大きく息をつく。


理事長と不仲である人物なので何を言われるかと身構えたが、何事もなくて安心した。


「まったく…純はどこに行ったんだ?」


それに答えられる人間は、ここにはいなかった。




その頃、純はパーティー会場から離れるようにして屋敷の中を歩いていた。


今日のパーティーは静華学園が所有している館で行われているので、建物自体はかなり広い。

壁には歴史を感じさせる優美な装飾があり、絵画が飾られている。

廊下には絨毯が敷かれており、ヒールの音は静かに消えていく。

人目につかないようにしながら会場から離れると、人の喧噪もなく静かだった。


ふと窓の外を見ると、夕方の空には雲がかかっている。薄く、月が見える。

窓を開けると、少し冷たい風が耳に着けているイヤリングを揺らした。

その心地よい涼しさに、目を瞑る。

背中に声をかけられるまで、そう長い時間はかからなかった。



「つぼみの百合の方ですな」


目を開けて振り返ると、微笑みを浮かべた老人が立っている。


「そうですが」


純は最初から外向き用の笑顔は被らなかった。


「何か用ですか」


「つぼみ就任のお祝いを是非お伝えしたくてね」

「そのためだけにわざわざこんなところまで来たわけじゃないでしょう」


老人は笑みを深くした。


「今日はつぼみ披露のためのパーティー。つぼみが確実に人前に出てくる機会。そして主催者は祖母。あなたが来ても、祖母は簡単に身動きがとれない」


純は再び問うた。


「何か用ですか」


「私は君のお祖母さんに嫌われているからね。なかなか君と話す機会がない。少し話したいことがあって来ただけだよ」

「あなたと話すことは何もありません。祖母も。わたしも」

「そう冷たいことを言われると困るね。つぼみ就任の祝いを言いに来たのは本当だ。それに、つぼみとなれば公の場に出る機会も多い。いろいろ大変なことも増えるだろうと思ってね。その労いも込めて」


純は無表情のまま、目尻に微笑みを絶やさない老人を見ていた。


「これから会う機会も増えるだろう。あぁ、あの2人も君に会うのを楽しみにしているようだよ」


老人が純に背を向けると、どこからか付き人の男が現れた。


「また、どこかでお会いしよう」

「遠慮します」


純のすげない返答に、老人が少しだけ振り向く。


「君がそれを望まなくても、何も変わらないよ」


そう言うと老人は去っていった。


純はその老人の姿が見えなくなるまで、その背中から目を離すことはなかった。




『帰ろ』


会場に戻ることはやめ、外で待っているであろう執事のもとに向かうことにした。


『また、どこかでお会いしよう』


『君がそれを望まなくても、何も変わらないよ』


微笑みを浮かべた老人の姿を思い出す。

目は笑っているのに、瞳の奥は笑っていなかった。

その瞳は何かを狙いすましているかのようだった。


老人の声が頭にこだまする。

思考がどこかにいき、自分の身体の中にぽっかりと穴が空いているような感じがする。

それを覗くと、そこには何があるのか。

純は、その正体を知っていた。


「!」


背後に人の気配を感じ、振り返りながら反射的に相手の首の急所を突こうとする。


「っおい!」


その声で手を止めると、ギリギリ首の直前で止まった。

急に急所を狙われた相手は、驚きながらもちゃんと首を腕で守っている。


「どうした」

「…翔平か」

「殺されそうになったんだが」

「ごめん。考え事してた」


首から手を離す。

急に攻撃されたというのに、翔平は全く気にしていないようだった。


「こんなところで何してるんだ?」

「体調悪くなったから帰ろうと思って」

「大丈夫か?」


翔平はいつもと雰囲気の違う純を心配そうに見る。


「大丈夫。人に酔っただけ」

「本当にそれだけか?」


純の様子は、どこかいつもと違う。気が立っている感じがするのだ。


しかしそれ以上を追求する前に、どこからともなく黒髪の若い執事が現れた。

純の執事の、シロである。


「お嬢様。お車をご用意致しました」

「分かった。ありがとう」


純は翔平の目を真っすぐ見て柔らかく微笑む。


「悪いけど、みんなに先に帰るって言っておいて。じゃ、また明日」


純は翔平の返事も待たずに、執事と共に翔平のもとから去っていった。


『…何か、違和感がある』


純は武術を身に付けているので、体術には長けている。

しかし、後ろにいるのが誰かも分からない状況で人の急所を狙うことは普通だったらしない。

それほどに周囲を警戒していたのか、余裕がなかったということだ。



純がパーティー会場から急に消えたことを不審に思い、その場を4人に任せて純を探しに行った。

昔からよく消える純を探すことには慣れているので、純が行きそうな人気のないところをしらみ潰しに探していたのだ。


純を見つけたのはいいのだが、話しかけようとしたら急に襲われそうになったのである。


「……」


翔平は純が去っていった方向を見つめ続けた。


何か違和感があるのに、その理由が分からなかった。


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