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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第一章 はじまり
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26 蕾⑧


扉が閉まり、部屋の中に純と理事長だけになる。


「今回、ちゃんと我慢したのね」


偉い偉いと言っているその表情は、先ほどまでの理事長としての顔ではなく、祖母としての顔である。


「それがおばあちゃんの狙いの1つでしょ」


純は面倒くさそうにため息をついた。


「みんながわたしを頼りすぎないように、わたしが力を貸し過ぎないようにするために」


祖母は、少し悲し気に微笑む。



弥生の孫は、いわゆる天才である。

何をやっても人並みを越えてしまい、化け物とさえ呼ばれる。神童や秀才が集まるこの静華学園の中でさえ、特出する存在である。

それがあまり多くに知られていないのは、本人が隠しているからだ。

今まで、純の能力を知って利用しようとしてきたり、自分の利益のために仲間に引き込もうとしてきた人間は、たくさんいた。


一度見たら全てを覚えられる記憶力。

初めて触った楽器を弾きこなす技術力。

人並み外れた運動神経。

6歳で海外の研究者並の問題を作ってしまう学力。


それらは、一部の者からしたら喉から手が出るほどに欲しいものだ。



「つぼみの子たちが、そんな子たちではないと分かってはいるのだけれどね」


純の能力を知り、畏れるか、利用しようとするか、そのどちらでもないか。

今回のつぼみは、そこも試されていたのだ。


「それより、今回の試練、いつもより多くない?」

「あら、やっぱり気付いちゃった?」


まるで悪気のない祖母の反応に、純は小さくため息をつく。


「どうせ今回、つぼみのための試練とか言いながら、半分はわたしのためだったんでしょ」

「あら。正解よ。他のみんなは気付いていないでしょうけれど」


ふふふ、といたずらっ子のように笑っている祖母に、純は呆れる。

弥生は理事長としては有能で容赦がないが、それ以上に孫に甘いのだ。


つぼみへの試練は毎年あるが、今回のようにいくつもの事柄が絡まった複雑なものではない。もう少し単純で易しいものだ。

弥生は純のために、純がこれから一緒にいる5人のことを試し、純が力を貸す場面と貸さない場面をしっかり見極められるよう、いつもより難しい試練を与えたのだ。

こんな私情を挟みまくりの裏事情を知ったら、翔平あたりが切れそうである。


「でも、ヒントは分かりやすく残したでしょう?」

「指示をわざわざメールで送るなんて、わざとらしくない?」


理事長の指令でさえ情報が漏れる可能性を考慮して古典的な方法を使っているのに、吉川への指示は証拠が残りやすいメールで行ったのだ。


「今年のつぼみの子たちは、個人的に気に入っているの。私からの優しさよ」


分かりづらい優しさである。


「つぼみの子たちとは、どう?」

「まぁまぁ」

「そう。悪くないのね。良かったわ」


「まぁまぁ」という一言だけで、そこまで読み取れるのは、さすが祖母である。


「皐月くんと凪月くんは?」

「楽しそう」

「それは良かったわ。でも、いたずらはほどほどにしないとね」

「振られた人の息子から向日葵を渡されたら、そりゃ青ざめるかもね」


皐月と凪月は知らなかったようだが、吉川が振られて今でも未練がある女性というのは、2人の母親のことだ。

吉川も相手の女性の名前は決して口にしないので誰も知らないことなのだが、弥生と純は知っていた。

人の弱みというのは、知っておいて損はない。


「そんなだから、私に弱みを握られるのよ」

「何て言って脅したの?」

「蒼葉夫人とお茶会はどうかしら?って聞いただけよ」


それは本人からしたら脅し以外の何ものでもないだろう。


「晴くんはどうかしら」

「いつか胃に穴開くんじゃない」

「優しい子だものね。最初は自信なさげだったけれど、今日見た感じだと、うまく自信をつけられたようね。入学式に雫石さんと演奏させたのは、そのためね?」


純は肩をすくめただけで、答えなかった。しかし、祖母はその反応だけで十分だったらしい。

晴は、自己評価が低い。能力は十分にあるのに、自分の使いどころをまだよく分かっていないところがある。

そのため、無理やり人前に出したのだろう。つぼみとしての覚悟を十分に持ち合わせている雫石と一緒に行動させることで、自信を付けさせた。


「雫石さんはどう?」

「頑張ってる」

「そうね。さっきの受け答えも完璧だし、一番つぼみとしての自覚がしっかりしているわ」


動揺を一切見せず、目上の者を立てながらも弱者にはならない。建前と本音をしっかりと分け、弥生からの圧にも負けない姿は、つぼみとしての覚悟があってこそだろう。


「翔平くんは?」

「いつも通り」


そこまで言って、そういえばと思い出す。


「わたしがあんまり喋ってないのに気付いてた」


今回、純は必要以上に喋らないようにしていた。関わり過ぎて力を貸し過ぎないようにするためだ。だから、入学式のボイコットを暴いてからは、基本的に大人しくしていた。


『なんで気付くんだろう。喋ってないのはいつもなのに』


純が首を傾げていると、弥生は微笑ましげに笑っている。


「みんな良い子のようで安心したわ。つぼみとしては大変なことも多いでしょうけれど、この6人ならきっと大丈夫よ」


傾げていた首を元に戻した純は、頷かずにそのまま弥生を見た。


「わたしは、わたしのやりたいようにやる」

「えぇ。それでいいわ」


小さく頷くと、純は弥生と今日の晩ご飯の話をしてから理事長室を出た。




つぼみの部屋に戻ると、何故かみんな心配して待っていた。


「何か言われたのか?」

「大丈夫だった?」


どうやら、1人だけ残されたので何か怒られたのではないかと気を揉んでいたらしい。どこまでもお人好しな人たちである。理事長の私情を知らなくて良かったのかもしれない。


「別に。今日の晩ご飯の話してた」

「なんだー」

「そんな話してたのー?」


良かった良かったと、双子は安心している。


「純1人だけ残ったから、何かあったんじゃないかって思ってたよ」


晴も、何もなかったと聞いて安心したようだ。


「本当に何もなかったのか?」

「1人だけに何かを言うような方ではないのは分かっているのだけれど…」


翔平からの疑いの視線と、雫石からの心配な視線が純に向けられる。

付き合いの長い2人は、こういう時の勘が鋭い。


「別に何もなかった」


あの理事長室での話を、他のつぼみにするつもりはない。だから、祖母も自分1人だけ残したのだ。

他のメンバーに聞かせてよい話なら、わざわざ退室させない。


「そうなのね。何もないのなら、良かったわ」


諦めたのか納得したのか、雫石はそれ以上聞いてこなかった。


「だが、晩ご飯の話をするためだけにお前1人をわざわざ残すか?」


ここで引かないのが、翔平である。

純は、ちっと舌を鳴らす。


「しつこい」

「お前な、舌を鳴らすな。それでも一応令嬢だろうが」

「翔平に言われたくない」

「俺は令嬢じゃない」

「眉間のシワ消えないくせに」

「それは…誰のせいだと思ってるんだ」

「誰のせい?」


本当に誰のせいか分かっていないのか首を傾げている純に、翔平こそ舌打ちをしそうになる。

翔平の眉間のシワが深くなる原因の9割は、純である。



そんな2人の言い合いをよそに、双子は晴れやかに伸び伸びとしている。


「いやーちゃんと理事長に認められて良かったね」

「ほんとにねー。まぁ、めちゃめちゃ怖かったけどね」


理事長の冷たい視線を思い出したのか、2人してぶるっと震える。


「見た目は優しそうなのにね」

「中身は怖いんだよねー」

「確かに、容赦のない感じだったね」


晴は、緊張から解放されて落ち着いたのか、いつもの穏やかな雰囲気に戻っている。


「これからも、容赦のない指令が来そうだね」


ほんわかと和んでいる晴の口から出た言葉に、ストレッチをするように体を伸ばしていた双子は、ピシッと固まる。


「…晴。それはもうちょっと忘れておこうよ」

「言っちゃうのはやいよ…」


それは、みんなが気付いていて気付かないようにしていた現実である。


「え?あ、ごめん…」

「それは仕方ないことだろ。つぼみを降りることはもうできないしな」

「え?嘘?」

「つぼみって自分から辞められないんだっけ?」


それは知らなかったのか、双子が驚いている。


「知らなかったのか。基本的に、死ぬか大怪我するか家が潰れるかしないと自分からは辞められないぞ」

「えぇ…それ、当たり前に言われても…」

「死ぬか大怪我か家が潰れるって…つぼみ以前に学園に通えないじゃん…」


噂話には詳しいがこのことは知らなかったらしい双子は、翔平のあけすけな言い方と衝撃な事実に呆れている。


「これから、楽しみね」

「…今の会話の流れでそうなるんだね」


何でも前向きな雫石には、晴も呆れるしかない。


これから先、自分たちは様々な困難にぶつかることだろう。

つぼみとして、静華学園のトップとして、それぞれの家名を背負った立場として、相応しい行動をしなければならない。

大輪の花を、咲かせなければならない。


菊の花を。

桔梗の花を。

向日葵の花を。

牡丹の花を。

百合の花を。


自分たちは、「つぼみ」なのだから。


「ね、純も楽しみよね?」


雫石は、純に微笑みかける。


薄茶色の瞳は、他の5人を見た。

そして、ただ小さく微笑んだ。



蕾が少しだけ開く音がした。


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