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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第一章 はじまり
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26 蕾⑥


放課後、翔平たちは6人揃って、ある場所へ向かった。


学園の最上階で、廊下の窓からも学園の景色がよく見える。

その突き当り、学園の校章が彫られた重厚な扉を、軽くノックする。


少し間を置いて内側から扉を開けたのは、黒い執事服に身を包んだ、老齢の執事だった。


「お待ちしておりました」


翔平たちに丁寧に礼をすると、部屋の中へ促す。


どこかつぼみの部屋と似た雰囲気のその部屋の奥に、1人の人物が座している。


なめらかなクリーム色の髪に、光に澄んだ薄茶色の瞳をした人物は、つぼみを見ると、その穏やかな表情に微笑みを浮かべる。


「皆さん、いらっしゃい」


静華学園理事長、(みどり)弥生(やよい)は、楽しげにつぼみを迎えた。



「急なお願いでしたのに、お時間をとっていただいてありがとうございます」


まずは急な訪問を了承してくれたことへの礼を告げる雫石に、理事長は微笑む。


「問題ないわ。ちょうど手が空いていたところだったの」


理事長は多忙な人なので、つぼみといえど簡単に会える存在ではない。

入学式や始業式にも出席していないので、理事長の顔を直接見たことのある生徒の方が少ないくらいだ。


しかし、その名前と存在は有名である。富裕層ばかり集まるこの学園の生徒を外敵から守り、一癖も二癖もある保護者たちを御しているのが、この理事長だからである。それはつまり、この国を支えるトップたちを御し、次代を担う存在を守っているということだ。

それ故、尊敬され、畏れられる人物でもあった。


「今回は、吉川先生のことについて報告に来ました」

「吉川先生ね。今日、またパソコンにウイルスが感染されて、あなたたちが助けてくれたことは聞いているわ。他に、何かあるのかしら」

「入学式の時に起きた吹奏楽部のボイコットの件と、女子生徒が嘘の投書をした件の2つに、吉川先生が関わっていたと考えられます」


変わらずに微笑みを浮かべたままなのに、春の日和のように穏やかだった声が、冬の冷気のような冷たさに変わる。


「説明してちょうだい」


その一瞬の変わりように、つぼみ側に緊張が走る。



「吹奏楽部の件については、周防と蒼葉皐月から」


理事長の迫力に少し気圧された様子の2人に、翔平は大丈夫だと頷く。

それを受け、2人も頷く。


最初に、晴が口を開く。


「吹奏楽部の部長だった生徒が入学式の演奏をボイコットした件については、すでに報告した通りです。ボイコットはその生徒が1人で計画し、実行したことであり、他の部員が関わった様子はありませんでした」

「えぇ。そう報告を受けているわ」

「ただ、その時点で他に協力者がいたのではないかという疑いはありました」

「どうしてかしら」

「全ての楽器を移動させるには、1人では難しいからです。友人か、他の生徒が関わっている可能性がありました」

「それではどうして、そのことをすぐにその生徒に追及しなかったのかしら」

「確かな証拠はなかったので、泳がせていました。もし協力した生徒がいたとしていても、ボイコットの件を知らなかったのであればつぼみとしては見逃すつもりでした」


知らなかった、ただ手伝っただけ、と言われれば、何も証拠がなければつぼみとしてはやれることは何もない。様子見ということで、前川の交友関係には注視していた。


「今回もう一度詳しく調べた時、協力者の可能性を生徒だけじゃなくて大人にも広げて、情報を集めました」


皐月は少しびくびくしながら、晴の話を引き継ぐ。


「その生徒が楽器を動かした日に学園にいて、その生徒に音楽室の鍵を貸したのは、吹奏楽部副顧問の吉川先生でした」

「それだけで、協力者と言えるかしら」


皐月はポケットからボイスレコーダーを取り出すと、机に置く。


「一応、その生徒からの証言は録音してあります。吉川先生から、つぼみが嫌いなのであれば協力すると言われて、楽器を運ぶのを手伝ってもらったそうです」


理事長は、机に置かれたボイスレコーダーに目を向ける。


「そう。それが本当なら、困ったことね。けれど、証拠としては弱いわ」


吹奏楽部の件では、状況証拠と、前川の証言しかない。これだけでは、吉川を追求することはできない。

それは、翔平たちも分かっていることだ。



「次に、女子生徒の虚偽の投書の件について、私たちから説明させていただきます」


雫石は理事長に臆した様子はなく、堂々としている。


「1年生の女子生徒が、クラスでいじめにあっているという内容の嘘の投書をしたことについては、すでに報告してある通りです」

「えぇ。聞いているわ。ただ、その子への罰則は保留にしてあるわね。虚偽の投書への罰則は、それほど重いものではないわ。学園内での数日間の清掃活動か、奉仕労働よね。もちろん、退学ではないわ。そうよね?」


そう。虚偽の投書をしたくらいで、学園は退学にはならない。

それはもちろん、雫石も分かっている。


「えぇ、もちろんです。ただ、数十年前に虚偽の告発をしたことで学園を危険に追い込み、退学になった生徒はいました。その話をしてしまったせいで、少し誤解を与えてしまったかもしれません」


雫石はあの女子生徒に、「虚偽の投書は退学」とは言ってはいない。「虚偽の告発をしたことによって退学になった生徒はいた」と言っただけである。

自分は退学になると勝手に誤解したのは、あの女子生徒だ。

雫石は、その誤解を訂正しなかっただけである。


「罰則内容は、理事長が仰った通り、清掃活動か奉仕労働を与えるつもりです」

「そう。なら良いのよ」


2人のやり取りにどきどきしていた凪月は、頃合いを見て机にボイスレコーダーを置く。


「投書のことは、吉川先生に教えてもらったみたいです。外部からの新入生は投書の存在を知らないことが多いですけど、吉川先生はわざわざこの子だけに教えたみたいです。投書をすればつぼみは動いてくれるだろうと言われたと、その子から証言は取れてます」


ちなみに、その証言がとれる前のやり取りは、録音していない。かなりの嘘が混じっていたからだ。


高等部1年生が入学から1ヶ月は投書をしてはいけないなんて決まりはないし、つぼみへの貢献から罰則が軽くなることもない。

全ては、女子生徒から証言をとるための嘘である。


それを知ってか知らずか、理事長は2つ目のボイスレコーダーを眺める。


「それでも、まだ証拠としては不十分ね。吉川先生が生徒に投書のことを教えたとして、何もおかしいことはないわ」


確かにどちらにも吉川が関わっているが、黒幕と呼べるレベルではない。


この2つの証言は、最終的な結論に必要な証拠なのだ。



ここから先は、翔平が引き継ぐ。


「この2人の証言もあって、吉川先生への疑いを深め、答案流出の件についても再度調べることにしました」

「あら。答案流出の件は、吉川先生は被害者ではなかったかしら」


つぼみから理事長への報告では、吉川に試験問題の再作成を依頼したことと、吉川への責任の取らせ方しか報告していない。


「どういうことか、説明してもらえるわね?」


また一段と下がった部屋の空気に、双子は思わず一歩下がる。


翔平は気圧されないように、ぐっと体に力を入れた。


「答案流出の件については、答案がどこに流出したのか、犯人が誰なのかは分かっていませんでした」

「えぇ。そこまでは聞いているわ」

「吉川先生のパソコンを調べさせてもらえなかったのが大きいのですが…」

それを聞いて、理事長はため息をついて頬に手をあてる。

「吉川先生にも困ったものね」


吉川がつぼみ嫌いなのは、理事長も把握しているらしい。


「今回、偶然にも吉川先生のパソコンを見ることができました」


理事長の視線が、翔平へ向く。


「今日、吉川先生のパソコンにウイルスが感染した時にたまたま近くにいたのでウイルスの駆除をお手伝いしたのですが、以前のウイルスが感染した時の痕跡が外部からのものではなく、USBからでした。そのUSBも、吉川先生のものであることを確認しています」


翔平は吉川から拝借したUSBをポケットから出し、机に乗せる。


「では、答案の流出は吉川先生の自作自演ということかしら」


理事長の微笑みは、変わらない。ただ薄茶色の瞳が、冷たくなっていく。


「つぼみとしては、そう考えています」


理事長は机に置かれた2つのボイスレコーダーと、1つのUSBを見る。


「吉川先生からの証言は、録音しなかったのかしら」


吹奏楽部の元部長と女子生徒からはしっかり証言を録音しているのに、吉川の件はUSB以外を出す気配がない。


「吉川先生の証言は証拠に残すべきではないと思い、録音していません」

「何故かしら」


「それは…」


普段、理事長への報告は文書で行っている。

今日、直接会いに来たのは、これを言うためだった。


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