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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第一章 はじまり
23/181

23 蕾⑤


昼休み、準備を終えた翔平と純は、職員室へ向かっていた。


「面倒くさがらずにちゃんと来るとは、珍しいな」

「来いって言ったのそっちでしょ」

「いつも言っても来ないだろうが」


基本的に何でも面倒くさがる純は、隙あらばさぼろうとする。

授業は最低限の出席しかしないし、人前に出るようなパーティーや体育祭などの行事ではさぼりの常習犯だ。

教師の呼び出しにも面倒くさがって姿を消すので、そんな純を探すのは昔から翔平の役目だった。


『つぼみになって変わったのならいいことだが…』


この天才過ぎる幼馴染は、気分屋で、面倒くさがりで、無駄なことをしない。

表情の変化も乏しいので何を考えているのか分からず、口数が少ないこともそれに拍車をかけている。



『そういえば…』


「お前、つぼみになってからさらに口数が減ってないか?」


無表情や無口なのはいつものことなのだが、最近はそれが顕著な気がするのだ。


「俺か優希といる時はそうでもないが、つぼみの部屋にいる時はいつも以上に喋らないだろ」

「別に」


純の返事はそっけないが、それはいつものことである。


『こいつが人見知りするわけもないしな…』


純の無関心と面倒くさがりは周囲の人間も対象である。

他人への興味も関心もないので自分から人に関わろうとせず、そのせいで交友関係はかなり狭い。長年の友人は翔平と雫石くらいである。

そしてそれを本人が全く気にしていないので、雫石が代わりに気にしている節がある。


『あの3人とも、慣れれば友人になれそうだが…』


晴と双子は、純の突飛な行動に驚きつつも、避けている様子はなかった。

つぼみの話し合いで純が何も発言しなくても、怒る様子もない。まだ様子見をしている部分はありつつも、純の自由さに寛容である。

誰かを卑下することもなく、相手を尊敬する気持ちを持ち、つぼみとして努力していこうという気概がある。


『自分がつぼみとしてやっていけるか正直不安なところはあったが…メンバーには恵まれたな』



そんなことを考えていると、職員室に着いた。

今は昼休みなのでほとんどの教師は食堂に行っているが、吉川と他数名の教師は残るように手を回してある。


「最終確認をするぞ」


職員室の扉を面倒くさそうに眺めている純に、翔平は事前に確認しておかなければならないことを言っておく。


「騒ぎは?」

「起こさない」

「暴力は?」

「しない」

「よし。行くか」


それだけ確認できれば十分である。



職員室の扉を開けると、職員室の中の目が、珍しそうに翔平と純を見る。まるで珍獣でも見つけたかのようなその反応に、翔平は心の中で納得する。


『純が職員室にいる姿は、驚きだろうな』


教師からの呼び出しさえすっぽかす人間である。職員室に真正面から来たことなどないだろう。

その純を連れた翔平が吉川のデスクに向かったことで、職員室の空気がざわりと動く。


「何の用だ」


つぼみ2人を迎えた吉川は、鬱陶(うっとう)しそうに純と翔平に目を向ける。


「休憩中にすみません。自作で問題を作ったので、一度見ていただきたいと思いまして」


そう言って翔平は、吉川にノートを差し出す。

それを見て、吉川は最大限に上げていた警戒心を少しだけ下げた。


試験が終わり大量の生徒が押し寄せることはなくなった吉川だが、数学マニアの生徒が自作の問題を持参してくることはいまだにある。


『つぼみが持ってくるとは思わなかったが…』


しかし、つぼみに選ばれるほどの生徒が持ってくる自作の数学問題に対する微かな好奇心に負け、そのノートを開いた。



そして読み進めていくうちに、吉川の表情が険しいものになっていく。


「これは、本当に龍谷が作ったのか?」


吉川に軽く睨まれるも、翔平はいつもの鉄仮面でさらりと返す。


「俺が作った、とは言っていません」


その言葉の意味を察し、翔平の隣を見る。

何を考えているのか分からない薄茶色の瞳と、目が合う。


『これを本当に櫻純が…?いや、しかしそうとしか…』


自作の問題を作ってくるような人間には見えない。しかし、高校生が考えたとは思えない高度な問題に、吉川の思考が揺れる。


この問題は、吉川でも解けない。証明する手立てが、全く分からないのだ。しかし、長年数学を学んできた人間として、この問題が問いとして成立していることは分かる。ちゃんと答えがある問いだ。しかし、その証明の方法が分からない。


『本当にこれを作ったとしたら…いや、待てよ』


吉川は、最近出されたばかりの論文を思い出した。

海外の有名な数学者が出したもので、その内容は、この問題文と似た形式だった。


『あれは、確か…』


吉川は自分のパソコンを使い、その論文を検索する。今は海外の論文でもネットで見ることができる時代である。

いつも論文を検索するのに使っているサイトを開き、その論文を検索しようとした時だった。


パソコンの画面いっぱいに「ウイルス感染」の文字が広がり、警告音が鳴り響く。


「な……」


突然のことに、吉川は驚きで言葉が出なかった。


いつも使っているサイトで、以前も見たことがある論文を検索しようとしただけである。

しかし、パソコンの警告音は鳴り響いている、これは、ウイルスに感染したとすぐに分かるように組み込まれている学園のセキュリティシステムだ。


ウイルスが学園の他のパソコンに二次感染するのはまずいと思い、すぐにネットワークの回線は切ったが、ウイルスの特定まではできない。

警告音は止んだが、このままではパソコンの中の情報が外に漏れてしまう。


「大丈夫ですか?」


その声にはっとしてそちらを見ると、つぼみの2人がこの騒ぎの中落ち着いた様子でこちらを見ていた。

瞬間、吉川は悟った。


「…()めたな」

「何のことですか?」

「そもそも、お前たち2人がここに来た時点で怪しいとは思った」


授業態度は真面目だが教師とは積極的に交流を持たない生徒と、そもそも職員室に姿を現さない生徒である。その2人が揃って自分のところへ来た時点で十分怪しんだが、自作の問題を持ってきたと言われれば、断りづらい。

他の生徒には対応している分、つぼみだからと追い返すわけにもいかない。職員室に自分しかいなければ追い返したかもしれないが、人目がある以上、吉川には大人の対応が求められる。


「この問題を見た時点で、私の負けは確定していたということか」

「何のことかは分かりませんが、このままではまた外部に情報が流出してしまうかもしれません。今度は試験の答案などではなく、学園に関する情報かもしれません」


吉川がぎろりと翔平を睨むが、翔平はどこ吹く風である。


「パソコン関係には強いと自負しています。手伝いしましょうか」

『…詰んだな』


さっき警告音が鳴り響いたことで、吉川のパソコンにウイルスが感染したことは職員室にいる人間に知られてしまっている。ここでこの申し出を受けなければ、学園の情報が外へ流出する。

今この状況にいる吉川には、この申し出は受けるしかないのだ。



は、と短く息を吐くと、吉川はパソコンから離れた。


「好きにしろ」


吉川の許可を得た翔平は、すぐにウイルスを特定し、駆除していく。


つぼみがすぐに対処してくれた姿を見て大きな問題にはならないと察したのか、職員室にいた教員たちはほっと安心している。


その誰も、これがつぼみが仕組んだことだとは考えないだろう。ウイルスを駆除していきながらパソコンの情報を盗んでいるなど、誰も気づかない。


『今年のつぼみは、随分とあくどい手を使うものだ』


そこまで考えて、ふっと苦笑いがこぼれる。


『今までのつぼみも、そう変わらないか』


つぼみは、学園の象徴である。全生徒の模範でなくてはならない。

そのイメージからまるで聖人君子の集まりのように考えている人間もいるが、実力主義のこの学園でトップを務めておいて、そんなわけがない。

それが学園のためならば、まだ咲かぬ花たちはあらゆる手段を講じることをいとわない。


小さくため息をついていると、薄茶色の瞳と目が合う。

まるで何を考えているのか分からない、ガラス玉のような瞳だ。


「1つだけ聞いておきたいのだが…」


このノートを手に取った時から、違和感は感じていた。

高校生が作ったにしては高レベルな問題文にそぐわない素朴なノートは、高校生が使っているとは思えないほどシンプルで、古いノートだった。


「この問題を作ったのは、いつだ?」


吉川に問われ、純は少し首をかしげる。


「6歳」


何故そんなことを聞かれるのか分からない、といった様子の純に、吉川は深いため息とともに天井を見上げた。



やはり深淵は、覗かないのが身のためだった。


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