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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第一章 はじまり
22/181

22 蕾④


晴と皐月が前川に会っていた頃、雫石と凪月は中庭にいた。


静華学園は広大な敷地面積を持っているので、学舎も広いが庭も広い。

散った桜の花びらは片付けられ、青々とした芝生と整えられた植木が庭を美しく保っている。


「ほんとにこんなところにいるの?」


学舎からどんどん離れて庭の奥に進む雫石に、凪月はちょっと不安な声を出す。


「純の情報だから、間違いはないわ」

「へぇ~。純って意外と人のこと見てるんだね」


いつも周りのことには一切無関心といった感じなので、意外な情報源に凪月は少し驚いた。


「純はいろんなことに無関心だけれど、周りのことはよく見ているわ。それに、純は学園にいる時は大体庭にいることが多いから、その時に見つけたのではないかしら」

「…教室じゃなくて庭にいるんだ」

「純は、授業をよくさぼるから」


国内でもかなりレベルの高いこの学園で授業をさぼるという、何度聞いても信じがたい話ではあるが、純なら本当に授業を受けなくても問題ないのだろなと最近納得してきた凪月である。


「まぁ、あの子はこのままじゃまずいだろうけどね」


目的の人物を見つけた凪月は、やれやれと肩をすくめた。


「クラスに居づらいのは分かるけど、自業自得だよ。このままじゃほんとに退学になるんじゃない?」


雫石と凪月の視線の先には、ベンチに1人で座ってぼうっとしている女子生徒がいる。


つぼみに嘘の告発をした、1年B組の佐久間という女子生徒である。

入学早々つぼみに嘘をつき、それをクラスメイト全員に知られてしまっているので、クラスに居づらいのだろう。


1年B組のクラスメイトはつぼみの言い付けを守ってか、興味がないのかその女子生徒のことは放っておいているようだが、自分がついた嘘を周囲の人に全て知られているというのは、居心地が悪くなって当然である。


「最近は授業をさぼることもあるみたいね。このままでは、すぐに授業に追いつけなくなるでしょうね」


静華学園の授業はかなり高レベルな内容なので、一度授業を休んだだけでもおいて行かれてしまう。この学園で授業をさぼっておきながら上位の成績を保っているのは、純くらいだ。

学年1位の雫石でさえ予習復習をかかさず行い、授業も毎回真面目に出ている。

外部からの進学でただでさえ静華の授業について行くのは大変だろうに、この時期からついていけなければ、先は明るくない。


弱い者は淘汰される。それがこの学園だ。



「こんにちは。少しお話、よろしいかしら」

「!!」


雫石が話しかけると、女子生徒は声にならない悲鳴を上げてベンチから飛び上がった。


『そりゃあそうだよなぁ』


雫石と女子生徒の会話を録音で聞いた凪月でさえ、この反応には納得である。

この女子生徒からすれば、今の雫石は恐怖の対象でしかないだろう。


「あまり時間はとらせないわ。もちろん、良いわよね?」

「え…ぁ……はい…」


今にも逃げ出そうとしていた女子生徒は、雫石の微笑みに恐怖を浮かべたまま頷く。


『今のは「逃がさないわよ?分かってるわよね?」って意味だなぁ』


一見、伺いを立てているようで相手を逃がすつもりのない雫石の言葉選びに感心しながら、凪月はしっかりと自分の役目を果たす。


「急にごめんねー。びっくりしたよね。僕ら君に聞きたいことがあってさ。別に、この前のことをとやかく言いに来たんじゃないんだよ」

「…ほ、本当ですか?」

「ほんとほんと。ちょっと聞きたいことがあってさ、それだけだよ」


雫石の方をチラチラと見ながらも、凪月の毒気のなさに少し安心したのか、女子生徒は逃げようとしていた足を一応引っ込める。


「き、聞きたいことって何ですか?」

「あのさ、吉川先生って知ってる?」


単刀直入に尋ねる凪月に、女子生徒は小さく頷く。


「…担任の先生です」

「話したことある?」

「何回か見たことはありますけど、話したことはないです」

「担任の先生なのに?」

「担任の仕事が嫌だから、副担任の先生に押し付けてるらしいって聞きました」

「ふぅん」


それは、皐月と凪月が集めた情報と一致する。


「じゃあさ、つぼみに投書ができるのって、どうやって知ったの?」

「それは…クラスメイトから聞きました」

「クラスメイトの、どなたから聞いたのかしら」


雫石に問われ、女子生徒の表情に緊張が走る。


「それは…みんな話してたので、誰からとかでは…」


ふぅ、と雫石がため息をこぼす。


「残念だわ。また嘘をつくのね、佐久間さん」

「わ、私、嘘ついてません!」

「本当に、クラスメイトが投書のことについて話していたの?」

「は、はい。本当です。嘘じゃありません」

「それはおかしいわ」

「…どうしてですか?」

「言っていなかったけれど、高等部に入学して1ヶ月の間は、1年生はまだ投書はできないのよ」

「え…?」


知らなかったのか、女子生徒の顔がさっと青くなる。


「入学したばかりの1年生からの投書を受け付けると、ファンレターのような内容ばかり届いてしまうの。だから、入学したばかりで学園に慣れていない4月の間は、原則禁止にしているのよ」


「そ、そんな…でも、クラスメイトが話していたのは本当です!何か困ったことがあれば、投書をすればつぼみが見てくれるって、本当に言ってたんです。だから――」


はっと口をつぐんだ女子生徒に、雫石は優しく微笑みかける。


「だから、嘘の投書をして私たちの気を惹こうとしたのね?」


痛いところを突かれ、女子生徒はぐっと押し黙る。



そんな様子の女子生徒を見て、雫石は少し困ったように眉を寄せる。


「私は、本当はあなたを信じたいわ。あなたが本当はいい子だと信じたいの。だから、前回は嘘をつかれてとても傷付いたわ。あなたはそんな人ではないと思っていたから」

「本当に…そう思ってくださっていたのですか?」

「えぇ。もちろんよ」


憧れの存在である雫石にそこまで信じられていたと知り、女子生徒は少し頬が紅潮している。


「もう一度、私にチャンスをくれないかしら」

「チャンス…ですか?」

「あなたを信じることができる、チャンスよ」

「…そんなこと、どうやって…」

「あなたの言っていることが、本当だと証明できれば良いのよ」

「証明?」

「えぇ。あなたが言っていることが本当だと、証明できる人はいるかしら?本当のことを言っていれば、誰もがあなたを証明してくれるわ」


「でも…もうみんな、私のこと嘘つきだって知ってます。そんなの、無理です」


どこか諦めきったような、少し苛ついた声で吐き捨てる。


「どうせもう退学になるんです。もう、誰も私の言うことなんて信じてくれません」


「あのね、佐久間さん。これは、あまり言ってはいけないことなのだけれど…」

「雫石、それは言わないって言ってたじゃん。だめだよ」


今まで会話を見守っていた凪月が、焦ったように雫石に待ったをかける。


「だけれど…やっぱり、何も言わないのは佐久間さんに悪いわ」

「いや、そうかもしれないけどさ…」


雫石のお願いに、凪月は困ったような声を出す。


「…何のことですか?」


自分に関わることなのかとつい気になってしまい、口を挟んでしまう。

しかし、雫石は少しも気を悪くした様子はなく、女子生徒に向き合う。


「虚偽の告発をしたことによって、退学を受けた人はいたわ。だけれど、退学しなかった人もいたの。あなたがどちらの同じ道を行くかは、あなた次第なの」

「…どういうことですか?」

「これは、本当は本人に言ってはいけないことなのだけれど…」


少し迷う素振りを見せながらも、雫石は口を開く。


「退学した人と退学しなかった人の違いは、罰則を受けるまでにつぼみに協力をしたかどうかなの」

「協力…ですか?」

「えぇ。自分の行いを反省するだけではなくて、自分からつぼみに協力をしたり、有益な情報をもたらした人は、退学を免れているわ。つぼみへの貢献を反省の証ととって、罰則を考え直すの。これを言ってしまうとあなたに協力を強要しているようになってしまうから、本当は言いたくなかったのだけれど…」

「…私も、退学しなくて済むかもしれないんですか?」

「それは、君次第って話だよ。この話だって、本当は本人にしちゃいけないんだ。雫石の優しさだからね。君はまぁ、ついてるかもね」


『私、ついてる…?』


その言葉に、かすかな希望が見える。

憧れのつぼみに、優しくされている。慈悲をかけてもらっている。それは、本当はないことだ。

本当だったら、何も教えらないまま退学になっていた。

自分だから、特別に教えてもらった。雫石が優しいから、教えてもらった。



「この話は、私が勝手にしてしまっただけだから、あなたには何の責任もないわ。私たちは、ただあなたにお話しを聞きにきただけだもの」


雫石は、にこりと微笑みかける。それは、優しくて、憧れた、女神のような美しい笑みだ。


「あなたの言うことを証明してくれる人がいれば、私はあなたを信じるわ」

「証明してくれる人…」

「クラスメイトではなくても良いのよ。あなたの言うことを本当だと証明してくれるのは、誰でも良いのだから」


あぁ、だけれど。と、雫石は続ける。


「生徒より、大人の方が証言の信ぴょう性は高いわ。地位のある大人は、簡単なことでは嘘をつかないから」


雫石は、優しく慈悲にあふれた微笑みを浮かべる。


まるで聖母か女神かのようなそれに、女子生徒は恍惚(こうこつ)として見入っている。

最初の雫石への恐怖はどこへ行ったのか、まるで救世主を見つめるかのような瞳だ。


「さぁ、私にあなたを信じることができるチャンスをください。あなたに投書のことを教えてくれたのは、どなた?」


うっとりとその美しさに頬を赤らめて、女子生徒はとろけた口を開いた。



女神の後ろでかすかに苦笑いを浮かべている人物のことなんて、気付かなかった。


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